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レジを挟んだ恋心


高校生のとき、アルバイトを生まれて初めてした私は、社会の動きを生でみていられるその職場にひどくのめり込んだ。

恥ずかしいことに、いろんな人と知り合ったりすることや、大人の人から仕事ぶりを褒められたりすることがとても嬉しくて、幼い私は健気にそれに応えるべく毎日アルバイトに励んだ。

けれど、ある日、一つしたの高校生の男の子に告白されてしまった。

コンビニでアルバイトしていた私は、朝の早いサラリーマンから高校生など、たくさんのお客さんとコミュニティを持ったが、まさかレジを挟んだ短い会話の中で生まれた恋心など、この世に本当にあるとは思えなかったのだった。

その男の子のことを好きにはなれなかった私は、いろんなお誘いを断った。一度だけ職場前でやっていた秋祭りに一緒にいったことはあったけれど、やっぱりこの人は違う、おかしいと感じしてしまった。

それ以来、お客さんからかけられる言葉に妙な引っかかりを感じるようになってしまって、アルバイトが苦しくなったっけ。

あんなに楽しいお仕事が、怖くなって、なんどもやめたいと思っても、忙しいコンビニというものは、実は裏では24時間働きっぱなしの人がいたり、働いているようで働いていない人、じゅうぶんな仕事をこなせない人、たくさんいた。

そんな中たかが高校生アルバイトの自分ひとりさえ、やめさせてもらえないような気持ちになり、ずるずると引き摺って泣きながら、高校三年生を卒業した三月末、辞めた。

大人のおとこのひとから、名刺をもらった。裏にはLINEID、メールアドレス、電話番号が書いてあった。そんなことが、二度、三度。

誕生日プレゼントに、たくさんのお菓子をもらった。
それ以外にも、大きな花束ももらった。

東京のお土産をもらったり、お客さんから奢ってもらったり、そんなことがなんどもあって、幼くて堅物の私はこれがいけないことだと思うより他なく、一人思い悩んでアルバイトなんかするものじゃなかったととても後悔したものだ。

でも、あのとき、その花束を心から嬉しく受け取れたらどんなによかっただろう。

名刺の裏の連絡先に笑顔で連絡して、良好な関係を築いて、自分によりおおきなコミュニティを広げられていたらどんなによかっただろう。

未だに捨てられないたくさんのプレゼントや名刺をみて思う。

一期一会というものを信じていなかった私が、どんなに愚かだったか。

もしそこで連絡をしたとしても、しなかったとしても、今の私に大きな影響があるとは思わないけど、なにか一つでも今と違うことがもしあったとするなら、その可能性を捨てることができないのだ。

もし次、私を少しでも、「良い」と思ってくれる人がいたのなら、その人を大事にしてお話してみようと本気で思う。

怖がったり、怖気付いたり、疑ったりしないで、一体私のなにがそんなに気に入ってくれたのか、そんなことでもいいから聞ける人になってみたいと、思うのだった。

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