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NFTアートで気づくインディーズ・マーケットの価値(デジタル絵の所有の喜びとは)【日経COMEMO連載】

「NFTアート」というキーワードを通して「絵を買う」行為に注目が集まっています。

デジタルの絵を、唯一の価値を持つものとして売買できる「NFTアート」。
アニメのフィールドでも、『竜とそばかすの姫』とファッションブランド・「アンリアレイジ」がコラボレーションして発表された作品が、NFT鳴門美術館に総額5000万円で落札されたことで認知度が高まりました。

「NFTアート」の人気は急速に高まっています。

一般的に、「絵を買う」ことに関して報じられるのは美術館や企業などが高額購入した時です。
ですが、高額でなくても「個人が作家の絵を買う」という行為は広く一般に根付いています。たとえば、好きな作家の個展で気に入った絵を購入するといったことです。

そして、アニメ・マンガファンには、
「作品」を購入し、「作家」を応援するといった行為も根付いています。

「作家からオリジナルの絵を買う」にとどまらず、
最近は「オーダーメイドのデジタル絵を所有する」ところまで身近になってきました。
インディーズならではの、小回りの利く「絵を買う」状況をお伝えさせてください。

■個人が直接作家の絵を買うマーケット

まず商業マンガ・アニメの世界について。公式が商品として出しているのが「複製原画」です。
マンガの場合はマンガ作品の原稿の複製。アニメの場合は、アニメ作品を作る際にアニメーターが描く一枚絵の「原画」が複製されて販売されています。

商業とは異なる形でもうひとつ、
作家とファンが直接売買するインディーズのマーケットが存在します。
今回はこのインディーズのマーケットにフォーカスしてみたいと思います。

インディーズのマーケットで歴史を持つひとつが「コミティア」という即売会です。(写真は コミティア一般待機列/2019年5月12日撮影)

出展する作品は作家のオリジナル作品に限られ、既存のマンガのパロディといった二次創作は販売することができません。
「同人誌」の即売会ではありますが、出展されているものは様々です。一枚絵のイラストや油絵、ランプや人形などが作家によって販売されています。
(商業で活躍する作家でも、即売会では「インディーズのひとり」として出展しています)

インディーズが「市場」と見たときに興味深いのは、作者ひとりの裁量で決められるため、値段や売り方が多様であり、かつ「オリジナル」「1点もの」が多いところです。
「NFTアート」とどこか近しいものを感じます。

先日行ったコミティアでも、あちこちの作家のブースに購入希望者の列ができていました。絵ではなかったけれども、1点ものの作品が1万円以上の価格で購入されていました。

■SNSが作家とファンを結びつけた

個人と個人がやりとりするアート系の即売会は全国の大都市で行われていますが、2000年代以降、規模の拡大がうかがえます

「コミティア」を例に挙げてみると、その規模は出展数(サークル数)で見ることができます。年に数回開催されていますが、年間で最も開催規模が大きい「ゴールデンウィーク(5月5日近辺)」に絞って調べてみました。

拡大にはターニングポイントとも呼べる年がありました。
ひとつは06年から07年にかけてです。
★06年コミティア76/1873サークル→→07年コミティア80/2627サークル

もうひとつは、11年から12年にかけてです。
★11年コミティア96/3597サークル→→12年コミティア100/5609サークル

00年代にコミティアが拡大した理由はこちらの記事に詳しくありました。

コミティア―マンガの未来のために今できること 第2回コミティアの歴史
2020年9月4日

「2009年11月の第90回では、コミティアとタイアップする形で同じ会場にてpixivマーケットが開催。(略)pixivに絵を投稿している若い描き手がコミティアに足を運ぶきっかけのひとつとなる」

また、「現在のコミティアでもっとも数の多い『イラスト本』の増加について、pixivの影響が大きい」ともありました。

コミティア出展者の増加の理由は以下になると考えられます。
・SNS投稿サイト「pixiv」
・「イラスト本」の増加

07年にサービスを開始した「Pixiv」は絵や小説など創作物の投稿サイトです。イラスト一枚から投稿できる手軽さが人気になり、作品を作っていた人にとどまらず、「自分も何か描いてみたい」という10代からの新規層も取り込みました。

現在は、「登録ユーザー数7100万人・累計投稿数1億作品を突破」とのことで、個人の創作したいという熱気が海外まで波及していることが伝わってきます。

かつて作家が商業媒体を通さずオリジナル作品を発表するには、手間と時間が多くかかりました。
即売会に出展し、自分で個人サイトを開設して告知する。そこに時間とスキルが必要でした。

pixivは創作物のファンにとっても、好きな作品を検索できる「タグ」などの機能があり、自分好みの作品を検索することが可能になりました。
また、SNS機能があるので、作家を「フォロー」することで好きな作家を継続して追うことができるようになりました。ファンも手軽に好みの作品を探せるようになったのです。
pixivは、作家とファンがダイレクトに結びつくツールとなったのです。

コミティアで「マンガだけでなくイラスト本も頒布OK」になったのは、pixivでイラストの投稿者が増えたためです。
また「イラストに注力したい」作家が可視化されたためだと言えます。

キャラクターと言えば「マンガ」だった時代から、多くの作家がデジタルツールを使って創作し始めた00年代。発色が美しい一枚絵がインターネットに上がることで、新たな価値と評価が生まれました。
また、ファンにとっても「デバイスの画面上で美しい一枚絵を鑑賞する」という新たな楽しみが誕生した契機になりました。

総人口の増加には、「場」の拡大、プラットフォームの充実が欠かせません。
即売会というリアルの場のみならず、pixivのようなバーチャルの場が整備されたことにより、「画面の中のバーチャル絵に思い入れを持つファン」が育っていくことになります。

■作家の発信と、デジタル絵の販売

さて、Pixivと「絵の売買」が結びつくためには、幾つかのステップがありました。
pixivの誕生により、作家が気軽に作品を発表する場ができました。
そして作品を知ってもらう「告知」の場となったのが、2009年頃から日本でも普及し始めた「Twitter」です

作家がTwitterに作品画像を上げてテキストで告知をし、リツイートなどで拡散されることにより新たなファンを獲得。リアルの場であるコミティアなどの同人誌即売会で作品を販売する。作品のファンが即売会に足を運び、作品を購入する。
2010年代にはそうした導線ができました。

2013年、「pixiv」は、作家が自分の作品を通販できるショップ作成サービス「BOOTH」を開始します。

作家は、TwitterにBOOTHのリンクを貼ることで、即売会などのリアルの場を通さずとも作品を通販できるようになりました。

BOOTHにより、作家にとって作品を販売するハードルが下がっただけでなく、即売会に行けないファンにとっても作品を購入するハードルが下がったと言えます。

■推し作家を応援する

新たな段階に突入したと感じたのは、2016年「pixiv FANBOX」の登場です。

FANBOXは、ファンがクリエイターを定期的に支援する仕組み。1ヶ月に一回、好きな作家に100円なり500円なりの少額から支援できるシステムです。作家は支援者に対して、制作過程や支援者だけが閲覧できる作品を上げるなどのリターンをすることが多いです。

作家にとって収益になることはもちろん、作家を応援したいファンにとっても良いシステムです。
これまでファンは、応援したい作家がいても、作品が上がらないと購入という支援ができませんでした。作家がスランプのときにこそ応援したい。そんなファン心理を満たすサービスだと思います。

「直接的な作品の売買ではない」という点で、作家を支援する「タニマチ」とも言えるファンが育っていることがうかがえます。

■「自分だけの1点もの」を愛する

2017年頃に日本の作家に広まったのが、海外の文化「COMMISSION(コミッション)」です。

ファンが作家にオリジナルの絵をリクエストし、対価を支払うシステムです。作家が「その人のためだけに」絵を描くので、オーダーメイドですね。

それまで即売会には、ファンが作家にその場でスケッチブックを渡して絵をリクエストする「スケブ」文化がありましたが、それは作家が無償で販売の合間をぬって行うものだったため、作家側の負担が大きいものでした(もっとも、スケブを頼まれると嬉しい作家さんも多いです)。

その後「コミッション」はオリジナル作品を中心に、作家とファンに根付きました。
現在はweb上でも行えるサービス「Skeb(スケブ)」も人気を博しています。手描きのほか、デジタル絵もリクエストできるメリットがあります。

作家がデジタル絵のリクエストを受け付けることも多いです。
ファンにとっては、デジタル絵でも自分だけのオリジナルの絵を所有する感覚は変わらないようです。
作家はすでに作画環境をデジタルツールに移行しています。ファンもPixiv以降、デジタル絵に親しんできました。
さらに言えば、画面の中のデジタル絵に「課金」することが、アプリゲームの「推しを引くガチャ」によって浸透してきたという背景もあるのではないか、と思います。

実は私が「絵を買う」ことに関心ができたのは、画家の方の個展で絵を購入したことがきっかけです。
買ってみると、1点ものは「自分だけのもの」という感覚が強いです。

「オリジナルの1点ものを購入する」「作家の日常を知る」といった行為は、「自分だけの物語」として機能します。
「物語消費」という言葉が根付いて久しいですが、
そこに「自分だけの」という付加価値がついたのが今という時代です。

デジタルアートに唯一無二の価値を持たせるNFTを巡る状況は過熱気味ですが、「社会的な価値」ではなく、「自分だけの価値」に重きを置く無数のタニマチの存在も、興味深い経済圏として映るのではないでしょうか。

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