見出し画像

有次さんの左利き用花鋏。

左利きの人でも、文具バサミなどは右利き用を器用に使いこなしている人が大概ではないでしょうか。人によっては左利き用を使うとかえってうまく切れない、なんていう人もいるぐらいで。

うまいこと文字にするのは難しいけれど、右利き用のハサミを使う場合、右利きの人と左利きの人では、親指の力のかける向きがまるで逆になるのです。下に来る刃を親指で操るわけですが、この時、右利きの人は指先方向に向けて、逆に左利きの人は指の付け根方向に力を向けてハサミを操ることで、刃の合わせをコントロールしています。

当然、指先方向に力をかける方が動作としては自然で扱いやすいのですが、今ほど左利き用、が溢れてなかった時代を過ごした大概の左利きは、右利き用をうまいこと扱うために無意識のうちに付け根方向に力をかける方法を身につけたのだと思われ。だからこそ、左利き用を使う場合に指先方向に力をかける必要に気づかず、切りづらい、ということに陥るわけです。

また、この刃のつき方は研ぎにも影響します。右利き用につけられた刃を右手で持って研ぐ場合、力をかけるのは押す時、自分から離れていく時です。左利きが右利き用を研ぐ場合は引く時、自分に近づけてくる時。より意識を働かせず滑らかに動くのは体重を乗せられる押す方、ではないでしょうか。

これは花鋏に限らず、包丁などでも言えるかも知れません。和包丁のように硬さの違う地金を重ねて作られたものの場合、右利き用に仕立てられた包丁を左利き用にしようと思った場合は、取っ手の天地を逆にしてから、刃もつけ直す必要があるなどだいぶ効率の悪いことになるわけです。

話をハサミに戻しまして。機械で仕立てる分には、この点設定値を変えるだけで右用、左用と同等のものができるのではないかと推測されますが、職人の手仕事によるものとなると話は変わってきます。慣れ、がかたちに直結するからです。

慣れや場数が職人を職人たる存在、価値に位置付けています。生涯かけて右利き用の刃物を仕立ててきた職人は、右利き刃物職人と言えましょう。そんな職人に左利き用の刃物を仕立ててもらう場合、地金を叩くところまでは右と遜色なくこなしてもらえるかも知れません。しかしその先に刃をたて、ハサミとなれば合わせをする作業が残っており、しかもすべてが逆。この場数においては、頼る価値価格があるだろうかと疑問が残る花鋏は少なくありません。

ただでさえ、左利き用はニーズの少なさゆえに割高に販売され、右利き用の1.5倍程度の値がついていることが大概です。同じ右利き用で1.5倍の金額を出せば、週に1度しか使わない素人向けの鋏であれば機械生産から手仕事のものへ、日ごと無数に使われる玄人向けであっても1段も2段もクオリティの高い鋼を使ったものを買うことができます。

前段が長くなりましたが、ここからが本番です。

僕は日頃、有次さんの花鋏を使っています。池の坊、6寸、上製、左利き

先日、研ぎに出した花鋏【一】【二】と新調した【四】が届きました。左利き用の花鋏はこれまで他所の刃物屋さんや職人さんのものをいくつか使いましたが、先に挙げた理由か払う金額に見合う満足は得られず、有次さん(がお願いしている職人さん)のものが最もしっくりきてからは一丁、また一丁と買い足してきました。

きっと左利き用の仕立てに慣れてらっしゃる、左利きの刃物に於いても職人と呼ぶに相応しい場数を踏んでらっしゃるのだろうと信頼しておりまして。それゆえに少々割高でも研ぎ出しも先方に送ってお願いしておりました。

しかしながら2、3年ほど前から研ぎに出したハサミの合わせがどうもしっくりこない、端的に言って使いづらい状況にありました。今回、そんな感想をしたためた手紙を添えて研ぎに出し、合わせて一丁、新調したい旨伝えましたら、お電話にてこれまでお願いしていた職人さんが数年前に体調を崩された旨、今は別な職人に仕立てをお願いしている旨、ご回答くださいました。新しい職人さんは右利き用のみ作られているそうで、左利き用は在庫を切らしている、とのこと。

「こんなにしっくりきた、価格相応の価値のある花鋏は初めてでした。これまで購入した三丁を大切に使います」なんて感想も伝えました。他の入り用もあったのでその後もやり取りを重ねていましたら、どうも先に諦めた左利き用の在庫を方々当たって下すったよう一丁見つけてくださいました。いやぁ、有り難い。しかしながら今回の刃物屋さんを取り巻く状況、職人の置かれた立場など、思うことがむくむくと湧き出てきました。この話はまた別の機会にさせてください。

上の鋏は左よりそれぞれ4回ずつ研ぎに出した【一】【二】、2回研ぎに出した使用中の【三】、新調した【四】です。蕨手部分が脆いのもこの職人さんの仕立ての特徴なのか、と今では愛おしいポイントです。

ありがたくいただき、世界のどこかにタネを撒こうと思います。