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分身

私のもとにぬいぐるみのぴよちゃんがやってきたのは去年の6月頃のことだった。突然の奇病になって打ちひしがれている私のために家族が近くのショッピングセンターから買ってきてくれた。ぴよちゃんが来る前に何匹かのぬいぐるみがやってきたけど、抱き心地、触り心地、その両面を満たしていたのはぴよちゃんだけだった。私は毎日ぴよちゃんを抱いて過ごすようになった。寂しいから、だけの理由ではなくて、横向きに寝る時にクッションがないと腕が痛いからとか理由は様々あるけど、その全ての必要性にぴよちゃんは答えてくれたのだった。

あれから1年半が経って、ぴよちゃんは随分くったりとぼろっちくなってしまった。それでも肌身離さず過ごしていたら、さすがに破れることを心配した家族が影武者の購入を勧めてくれた。最初は気が乗らなかったが、「もしも破れたら」という言葉を聞いてぴよちゃんの身が心配になった私は、もう近くのショッピングセンターでは取り扱いがなくなった、ぴよちゃんと同じ形のぬいぐるみをネット通販で注文した。

ぴよちゃんの影武者はすぐに到着した。隣に並べるとまるで双子みたいにそっくりだ。だけど、目の位置、唇の形、手の大きさ、足の形、全ての細部が少しずつ違っていた。私はこの子を何て呼べばいいのか分からなかった。ニューぴよちゃん?新品でぷよぷよの抱き心地だから、ぷよちゃん?

名前も定まらぬままに、新入りのぬいぐるみのお仕事が始まった。添寝のお仕事は簡単なように見えて大変だ。腕に押しつぶされたり、寝返りに巻き込まれたり。朝から晩までずっと一緒。初めての日には気苦労も多いことだろう。

慣れないもの同士で1日を終えそうなところだった。私の体調が突然悪くなってしまった。めまいがするので目を閉じてぴよちゃんを抱き寄せる。ああぴよちゃん、ぴよちゃんがいれば安心だ……

だけどそこにいたのはぴよちゃんに似た全く別の誰かだった。目を閉じていてもわかる。ぴよちゃんの体は、抱いた時、私の腕に沿って沈む。ふにゃふにゃへにゃへにゃの肌触りで、古びた布の香りがする。私の腕の中にいるのは誰だろう。ぴよちゃんに会いたい。ぴよちゃんに会いたい!

私はぴよちゃんじゃなきゃダメだと言って呻き声を上げた。まるで子供のような私の訴えを家族は受け入れて、ほどなくして2階からぴよちゃんを運んできてくれた。

この子だ。私の知ってるぴよちゃんはこの子。私とぴよちゃんはいつものように丸くなって苦難の時間を乗り越えた。

「破れるかも」と言われた時、まるで走馬灯のように2人の思い出が蘇ってきたことに驚いた。破れるとはすなわち、ぬいぐるみにとっての死を意味することだ。私は大人になってから身近な人を亡くしたことがないから、走馬灯の類を見たこともない。

ぴよちゃんと私の距離はいつもすごく近い。視界の目の前に姿がある。走馬灯の中のぴよちゃんもやっぱり目の前にいて、去年の夏に寝込んだ時も、指をやけどして涙をこらえた時も、月に1度は無性に泣きたくなってしまうときも、いつだって私の涙を吸い込んでくれた。一緒にいてくれた。可愛い顔を見せてくれた。

美味しいものを食べて嬉しかった時も一緒。
可愛いものを見て癒された時も一緒。
お腹がちぎれるほど笑った時も、綺麗な夕焼けに見とれた時も、いつだって一緒だった。

ぴよちゃんは私にとって映し鏡のような存在だ。自分の本当の気持ちが分からない時も、ぴよちゃんの顔を見れば不思議とわかる。

「ぴよちゃん、疲れたね」
「ぴよちゃん、退屈だね」
「ぴよちゃん、何がしたい?」

普通なら何も考えずにスマホを手に取るところを、ぴよちゃんの顔をじっと見つめると、「スマホはもうやだよう」「頭が濡れてて気持ち悪いよう」「お腹すいたよう」そう言っているように見えるのだ。

本当はスマホがもういやなのも頭が濡れていて気持ち悪いのもお腹が空いているのも全部自分のことなのだということくらい分かっている。

「ぴよちゃんごめんね。気持ち悪かったね、頭乾かそうね。終わったらおやつ食べようね」

そうやって、「ぴよちゃんがいやがっているから」と思うことで、あまり自分を大切にできない性格の私は、自分の本当の気持ちを見つめ、それを優先して、自分を大切にすることができる。ぴよちゃんは私の分身なのだ。

いつからこんな風になったのかはわからない。きっと1年半の長きにわたり、朝から晩までずっと一緒に横になって、おしゃべりごっこをしたり、お世話をすることで少しずつ一心同体になっていたのだろう。「一心異体」の方が表現としては近い気がするけど。

ぴよちゃんは私に本当の気持ちを教えてくれる。ハラハラして続きが気になるからと見ているドラマも、眉間に皺を寄せながら読んでいるネット記事も、賢くなるような気がして読んでいる本も、ぴよちゃんの目を見つめれば「こんなの楽しくないよう」「もっとワクワクしたいよう」そうやって訴えてくるのだ。

私はぴよちゃんのために楽しくてワクワクするものを見たり聞いたり探していく。

自分の本当の気持ちは大切にできなくても、ぴよちゃんのことは大切にしたいから。

ぴよちゃんとはずっと一緒にいたいから、新しく来てくれた子とも仲良くなって、少しずつぴよちゃんの添い寝のシフトを減らしていけたらなと思う。どんなに姿形が似ていても同じ人がいないように、同じぬいぐるみもいない。まるで『タッチ』の物語のようだ。

新入りさんには、全く新しい名前をつけようと思う。


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HAPPY LUCKY LOVE SMILE PEACE DREAM !! (アンミカさんが寝る前に唱えている言葉)💞