見出し画像

4月15日(水)セーターの殉職

「一生モノの服」などというファッション的には聞こえの良いフレーズが完全なるまやかしであることに気付いたのは一体いつのことだっただろうか。せっかく買うのだから良いものを、ずっと着られるものを、そう思ってそれなりにちゃんとした服に財布の紐をゆるませてきたこともあったが、冷静になって考えれば、鋼鉄のローブや甲冑が日常着の人を除き、衣類が消耗品であることは揺るぎのない事実である。布や毛はどう頑張っても擦り切れる。デザイン云々以前に、そもそも一生着られる服なんてものは存在し得ないのである。


我が家では今日、一着のセーターが寿命を迎えようとしている。というか、一般的にはもうとっくに寿命を迎え済みのところを無理矢理着ている。身体の都合上このセーター以外に着られる服が本当にないのだ。ふわふわと毛羽立ったモヘアのカシミヤセーターなのだが、昨年の十一月頃から毎日朝昼晩と着続けて、来る日も来る日も毛玉を増産し続けていたのに、ある時期を境にパッタリと毛玉を出すのを止めてしまったことには驚いた。毛玉を出し尽くしたセーターは平坦かつ向こう側が透ける程薄く繊細で、暑くもなく寒くもないため春先の今頃にちょうど良く、新種のカシミヤとして売り出せそうなほどに着心地も最高なのだが、欠点としては普通にめちゃくちゃ破れている。それはもう、袖口とか、しかも両腕の袖口とか、肘とか、腕のとか、脇とか、全体的にいろいろなところがめちゃくちゃ破れているのだが、個人的な使用感としては「家の中にいるだけなので特に問題なく着られています」と言ったところで、愛用はとどまるところを知らない。


ところが今日、事件が起こった。このセーターの胸元にカレーを溢してしまったのだ。もともとベージュのセーターだったし、そもそもめちゃくちゃ破れているので見た目的にはなんにも気にならないのだが、さすがにこれはセーターとしてどうなのかというか、良くない兆候が見えてきた気がする。もしかしてもうとっくに寿命なのではないか。穴が空き倒した上にカレーの染みまで付いているなんて、服としては完全に殉職の領域に入っているのではないか。このセーターに今後も公務が務まるのであろうか。衣類としての最後を迎えつつあるセーターを胸に抱き、私は太陽にほえるのであった。



P.S. 洗濯が終わったらあと一ヶ月は着ます


この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく

HAPPY LUCKY LOVE SMILE PEACE DREAM !! (アンミカさんが寝る前に唱えている言葉)💞