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症例報告をSNSで掲載していいのか?

twitter、もといXでちょっと話題になったpost。
少し考えたい問題です。(画像は私が黒塗りにしただけで、元post内では内視鏡とレントゲンが見える状態でした。)

当該postのスクリーンショット(個人を特定しうる情報を可能な限り黒塗りしています)

誰とは言いませんが、13万フォロワーの医師アカウントです。
患者の特定は難しいとしても、当事者が見れば明らかにわかるような内容。

この方は普段、医学的に問題のあるエビデンスのない医療(いわゆる「詐欺医療」)などについて言及していますが、私はこのpostはそれらの医療と同等レベルに有害であると考えます。

今回は問題点を、ちゃんと論点を整理しておきたいと思います。
この1つのpostで3つの問題を起こしています。「著作権」「個人情報・プライバシー」「二次被害」です。

①著作権の問題

このpostは「引用」の範囲を超えた「転載」であり、かつ許諾を得ていないのであれば「無断転載」として、著作権・また学会誌の転載ルールを侵害しています。
(引用と転載の違い:https://www.soubun.com/journal/学術誌や学会誌の「引用」「転載」に関する注意/)
論文は著作物です。そこに掲載されている文章・画像は著作物であり、引用・転載は一定のルールに従って行われるべきです。もちろん医療職の勉強会などにおいて、適正な付記と共に引用するのであれば問題ありません。画像は転載になり、本来著者の許諾が必要ですが、論文本来の意義である知見の共有の範囲においてであれば、慣例的には行われることはあります。

しかしSNSでの投稿はこの範囲を逸脱していることは明らかであり、この点からまず問題と言えるでしょう。

②個人情報・プライバシーの問題

今回、著作権より深刻な問題がこれです。個人の、しかも非常に羞恥を感じうる画像を、当然に許可もなくSNSであげる行為は、(はっきり言いますが)倫理観を強く疑う行為です。

さて、「個人情報」の定義からさらいますが、患者個人をこのpost・論文から特定する事は困難です。このため、本画像は厳密な意味での個人情報ではありません。医療画像については、匿名化が行われれば個人情報とは取られないとされています。
しかしプライバシーの面で考えれば、大きな問題があります。

例えばコロナ感染した方の肺炎のCT画像と、この画像は何が違うのでしょうか。
肺炎のCT画像は、同様の状況になっている方が複数いる可能性が高く、またそれから推定される背景は「この方がコロナに感染した」ということです。感染は医療機関でしたのか、それとも密室での酒盛りでしたのかは誰にもわかりません。
しかし、このレントゲン・内視鏡画像は、「腟/直腸内にスプレー缶がある」という、比較的特異性が高いものです。当然に性的嗜好や性加害/被害が推定されます。
このような情報は「個人の私生活上の秘密」というプライバシーを侵害しうる可能性があり、その取扱にはより慎重を期すべきでしょう。

更に、既に消されていますが、このpostに対し、診療関係者と思しき人が、論文にも掲載されていない(かなりsensitiveな)個人情報に言及しました。問題あるpostは問題あるreplyを呼ぶものだと思いますが、もし本人が見たらどうでしょうか。
当然に、元のpostが誘導した個人情報であり、その責は免れないでしょう。

③二次被害

まずはこの症例該当者がこのpostを見ていないこと、それを一番に祈ります。
さて、このpostでは年齢・シチュエーションが少なくとも単一のpostで特定可能です。しかも手術回数も書いてありますから、概ねこの情報だけでごく少数まで絞られるでしょう。

この時点で、「あ、私の情報だ」と思わせることが重大な二次被害を生みかねません。
ただでさえ受診には大きな決意が必要だったでしょう。今でもこの治療の痕はあるでしょう。この方にとって、この論文に書いてある経過は、重たい事実として今でものしかかっているはずです。
それを、名前はなくとも、公にさらされる。学術のためと思って報告を承諾したはずが、医療職以外にも見られ、話題にされる。どんな心情でしょうか。
もはや患者への加害行為とも言えるのではないでしょうか。

論文にも複数種類あります。例えば10000人の肺がんの発生と喫煙の関係を調べた論文であれば、その論文の内容を見ることで「あ、私だ!」と思う人はいないでしょう。
しかし、「症例報告」といわれる、単一もしくは数個の症例をまとめたレポートについては、上記の様に年齢や詳細が記され、内容を見れば「私だ」と気付く人が出る可能性はあります。
この点から、症例報告を共有する時は強く注意が必要です。「こういう報告がありました」と、「⚫︎歳の⚫︎性がこういう症例で」というのは、話が違うのです。

また、SNSで画像を切り抜いて掲載する事は、検索性をあげるという意味でも問題です。確かに本学会誌は適切に検索すれば探すことができ、一般人でも見ることができます。しかし、当然pdf内の画像はGoogleの画像検索には引っかかりません。論文を読まなければ、このような画像が見られることもないのです。
しかし、このように「SNSで公に見える状態にすること」を行えば、Google等の画像検索でも出てきます。(もう既に複数見える状態になってしまいました。)
つまり特定ワードで興味本位で探した方が、この画像にたどり着く可能性があるわけです。

もはやこのpostは、患者へのデジタルタトゥーをわざわざ作り上げた行為なのです。「傷害行為」と言えるレベルでしょう。

まとめ

我々は医師として、このような行為に対して明確に「NO」を言わなければなりません。
医師はその免許に対し、適切な守秘義務と、高い職業倫理を持つことが求められています。
このようなpostをすることで、インプレッションや受け、ないしX(twitter)であれば収益にすらつながるというのは、認められてはなりません。
そのpostをすることで、悲しむ人がいるかもしれない、当たり前のことに気を配れない方が、こうして医師SNSの代表のようになってしまうことは、大きな影響を及ぼします。

おそらくこの事例を見た非医療者の中には、「晒されたくないので研究協力しません」と言う方も出てくるでしょう。結局は医学の発展にも有害です。

だからこそ、最初に「このような行為は、がんなどで詐欺に近い有害な医療を提供することと、同レベルに患者に害悪を与える」と述べました。

確かにSNSで論文などの情報を周知するのは有用ですし、学会誌は一般の方が探すのも難しく、意義はあります。
特に最新の知見などを適切に引用・解説するのは良いと考えます。
しかし、それで誰かを苦しめないか、そもそも適切な引用なのか、という「基礎」の上にあるべきことでしょう。
改めて、個人の情報の取り扱いについて考えると同時に、学問を面白半分で取り扱うことの危険性を考えて頂きたいところです。

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