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二人して


 語尾矮小型というか、語尾になるにつれて音量が小さくなっていくのは自分達に気を使ってのことかも知れない、バタやんは優しいからなあ、と彼は思った。それか全然嘘を言っているかもしれないし、自信がない事柄なのかも知れない。なんというか自己顕示というか、そんなようなときにも語尾がちっちゃくなる、例えば昔はフォグランプええのつけとったんやでわし、とか、昔はちょっと呑んだくらいが運転うまなったんやとか、小林という警察官が鬼と言われててみんな知っていた、など、でも語尾はそのたびちっちゃくなるからそれはバタやんが優しいからだと思う。彼は免許の合宿で高砂市だった。
 レトルトのカレーをレンジで温めて、キャベツを載せてマルちゃんの一膳ご飯にかけて食べる。今日はボンカレーだけどボンカレーってこんなにシャバシャバだったか、ブラックジャックがよく好んで食べていたからと今日はボンカレーで、彼はひとりで「ふつう」と言った。共有のレンジの横でバタやんは「俺はどん底を何回も経験しているから、ふつう」とカレーを温めながら言った。「ふつうですか」と彼は言い、「うんふつう」とバタやんは咖喱屋カレーだった。昨日はラーメンとレトルトご飯と漬けもんだけと言っていたから、キャベツもカレーに載っていたからほっとした、なにかそんな食事をしていると、肌も粉末の出汁のような色になってしまう、とふと連想してしまったからだった。誰でもちょっとつやつやして欲しい。バタやんと明日もキャベツですねなど言って彼は部屋に戻ろうとした。「十日に現金が入る」とバタやんは言った。
「十日に現金が入る。十日に現金が警備員のが入って、それから今の会社の入社祝い金が三十万入るのが来月の二十五日。それでやっと家が借りれる。免許がなくなってからD社の工場勤務で免許はいらんと働いていたけど、借金ももう出来んくらいになってしまった。手取り八万もうたまらん。だから寮も引き払って、布団とちょろっと服だけもって、ここに来た。もう戻れん。来月まで車中泊や」テレビでは東京裁判のドキュメンタリー。「フンコロガシやわな。汚いもん汚いと思てないんやろ、なんぼでもどこどこ大きして大きして、あれ食べもんやろ、あの子らにとったらやで。ばばちい思てんのは人間やろ。借金なんか食べられへんもんなあ。まあ食べて大きくなったんやけどな。ははは。まあなんちゅうか、でもへっちゃらやわ。借金出来る言うことは自分にその価値があるっちゅことやろ。まあもうちょい大きして、そいからぽっと放るか、でもそんなんしょうむないなあ、いいや稼くでー、遊ぶでー、ほんで君は若いんやしもっと遊びやー」キャベツカレーは食べ終わるのがほとんど一緒で、バタやんと彼はポットに水を補充した後眠った。彼はそういえば語尾が気にならなかった、と思った。
 若い女性の尻の写真。絵で書いたように鼻の下が伸びてるバタやん。スクロールする写真のアルバムは殆んどその女性の写真で一杯で、チョットナニナニナニ、アラアラアラ、ヒャアエライコッチャという彼に、ホレホレホレ、ソヤソヤソヤ、ナンボデモアンデと言いながら、自分とのツーショットも見せてくれる。疑ってないですよお、そやけど一応証拠なあ、バタやん優しいですからねえ、ソヤンお互い詮索せんのがええてゆうてえ、など言う二人は演技チック。その二人に野太い声で、オカザキは「かつめし食いに行こうや」と言う。バタやんは痰を吐き、その痰は安全フェンスに引っ掛かったまま揺れて太陽に光った。オカザキの運転するランドクルーザーに借り物みたいに乗ったバタやんは口笛。同じく借り物みたいな彼はバタやんの痰を思い出して眼を瞑って窓を開けた。

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