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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter57

リトル・ダンサー ~ ローバーミニ MK-X 2000年式 ~
Billy Elliot ~ Rover Mini  MK X 2000 ~

11月8日は鞴祭り
~ 鍛冶屋のように火を扱う家では 稲荷神を詣でてお札を受ける
  鞴(ふいご)を清めて注連縄を張り お神酒や餅 ミカンなどを供える
  供え物は食すと 病にかからないと言われ
  夕方になると 門前には近所の子どもたちが大勢集まる ~

そんな伝統が 
この踏鞴(たたら)の街には 残っていた
わが家も 
午前中に 煙突掃除を行う
漆黒の雪を思わせる煤が 
一年分の悩みとともに 綺麗に払われた
あとは 日暮れとともに 暖炉に火を灯すだけだ
暖炉横に設置されたクリスマスツリーに鎮座する 
赤鼻のトナカイ人形が 呟く

「今年もサンタクロースの受入は万全だね いつも肩すかしだけど」
我が家のルドルフは にくらしいほど 饒舌だ
 
そうそう・・・
我が家には この日 もう一つ 儀式がある・・・
愛車のタイヤを スタッドレスに代えること

この辺りは 
11月に入ると 路面凍結が始まる 
車の ”トリプルアクセル” なんて経験したくない
Eva Cassidy - Autumn Leaves を聞きながら
軽快に 作業をこなす
筋肉が記憶しているためか 勝手に体が動いてくれる
年末に毎年行う 年賀状のあて名書き とは大違いだ・・・

♪ Eva Cassidy - Autumn Leaves ♪

愛車の冬支度が完了したころ 
時計は16:00を指していた 

「そろそろか・・・」

今年の11月8日は もう一つ イベントがあるんだ
僕は ルドルフに留守番を お願いした

「あんまり 期待するなよ!」
相変わらず 憎まれ口を 僕の背中に投げつけてきた

キーを回すと 軽快なエンジン音
MINIクーパー40周年モデル Rover最後のMINIは 
パワステすら装備していない 可愛らしい見た目とは裏腹の男の車
カスタマイズを繰り返し 
我が子のように育った こいつは
これから始まるイベントで 落ち着きを無くした僕を
ピストンの動きで 
和ませようとしてくれた

お菓子の家を彷彿させる ログハウス調の駅舎の
車寄せにMINIが停まった時・・・ 
10年前・・・
都会で暮らしていた頃の 記憶が蘇ってきた

「子供は 絶対に小学校から受験すべきよ」
シルバーのクロスを 
胸元につけたカノジョは
典型的な教育ママのように 持論を展開する

「そんな環境じゃ 子供が夢を見ることができない・・・」
一方の僕は 奔放スタイル

「理想だけじゃ ここ(都会)では 生きていけないわ」
デートの最後は 
大方カノジョの一言で 締めくくられた
まだ子供が いるわけでもなく 
結婚すら 約束しているわけでもない二人が 
当時新車だった この車の車内で 教育論を展開した 

結局・・・
僕たちは 別の道を歩むことになった  

「自分の夢ばかり追い続けて 私を全く見てくれない!」
小説家志望の僕を 
全否定したカノジョの一言が
MINIの狭い運転席と助手席を 
グランドキャニオンに変えてしまったから・・・

都会を離れ
生まれ育った 田舎町に戻った僕は
農作業の傍ら
細々ではあるが 物書きを続けた・・・

FaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN!

単線の2両編成列車が ホームに到着した

駅舎から出てきた 
濃緑のロングコートを纏った女性の胸元には 
シルバーのクロスがあった

「!!」
カノジョの背後には 10歳位の男の子がいた・・・

「フフッ 私の子よ」
MINIを見つけて 近づいてきたカノジョ

カノジョと少年を交互に見る・・・ 似てる・・・

ルーク・スカイウォーカーが
出生の秘密を知ってしまったときのような 
複雑な表情の僕を
いたずらっ子の様に 覗き込むカノジョ

「なんてね!・・・  実は 姉の子よ!」

5年前に急逝した 
お姉さんの子供を カノジョが 引き取っていたらしい 
大切な人のために 労を惜しまない カノジョらしい選択だ

「驚いた?」

「あぁ~ 君の子供にしては 可愛いすぎるなって・・・」

「Fun!! 相変わらずね」
そんなジョークを交わしていると 少年が叫んだ

「わぁ~ ママの大好きな MINIだよ!」
少しだけ 
カノジョの頬が 桃色に変化したように思えた
そのとき 空から 白いものが降ってきた

「見て! 見て! 今度は雪だ!」

少年は軽やかにステップを踏んで 
伸身開脚のジャンプを見せた

「バレエよ 誰かさんの言う通り・・・
 子供には 大きな夢が 必要だわ」

少年のステップに 
リトルダンサー(Billy Elliot)がオーバーラップした

「僕は・・・」 
「私は・・・」

都会に暮らすカノジョと 
田舎暮らしの僕のフィーリングが ようやく重なったようだ

「改めて Ichiroです」

「NaNaです」

僕と カノジョと バレエ少年 そしてMINI
 
これから始まる田舎生活に 不安はぬぐえない・・・
 
ただ これだけは感じた
この街で紡がれる 
僕たちの 心は 鞴で吹かれて 入れ槌で叩かれる
そして 固いはがねの絆に 生まれ変わると・・・


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