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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter42

コーラスライン ~ ホンダ N-one JG1 2013年式 ~
A Chorus Line ~ Honda N-one JG1 2013 ~

納車から一か月 
新車の香りが漂うN-oneは
紅花の絨毯で覆われた山間のグーグルアースで見ると 
フワリと舞い降りた
オオムラサキの形をなした山村にある
コンビニエンスストア「BENIBANA」の前で 停まった

コンビニとは言っても
それは 店主の思いであって
どうみても 昭和を感じる 駄菓子屋そのものだ

「やっぱり 変わらないな・・・」
やさしい空気が 僕の身体をゆるりと取り巻いた

20年前・・・
この村から一人 東京に旅立った

A Chorus Line ”One”

都会は 変化の世界だった
そこに存在する人・物・すべてが
二度と同じ景色で現れることは無い
季節の移り変わり以外に
変化とは無縁の村で一生を終える・・・
そんな未来に 悲観した僕を 気まぐれに 東京は受け入れた

万華鏡のように変化する毎日は
それだけで僕を満足させた
只管 仕事だけの生活に 
本来求めていた未来など どこにもなかったのに・・・
気が付けば
東京に染まった僕は 生涯ローンを組んで
湾岸のタワーマンションに住み AMGに乗っていた
傍から見れば誰もが羨む 東京人だった

そんな僕が 
社員食堂のテレビ画面で 故郷の村を見た・・・
紅花の葉に溜まった朝露が 
ホロリと こぼれる瞬間に 
漆黒の髪がさらりとなびく 女性の後ろ姿が 蘇った・・・

その日から・・・
瞳に映る東京の景色が 灰色に見え始めた
空も海も空気も 出会う人も 何もかも・・・
僕は 東京から排除された

自称コンビニに入った僕は 
レジカウンターと思われる テーブルの上に置かれた 呼び鈴を鳴らした

Tyreeeeeeeeeeeeeeen

「はーい」

店の裏庭の はるか遠くから 
風に乗って 返事が聞こえた

暫くすると 
紅花の香りと共に 記憶の中の女性が現れた

20年ぶりの再会に
カノジョは 右目で微笑みを 左目で悲しみを浮かべた

「ここで 雇ってくれないか」
唐突な問いに 

「ここには あなたに必要なものはありません」

背を向けたままのカノジョ・・・
僕は 菊一文字の剣先を突き付けられたように感じた

「無報酬でいい・・・
 僕の知識で この店を繁盛させることができる」
笑顔で説得する

「あなたは ここを捨てたのでしょう」

山から流れる湧き水のように冷たい一言に
その日の僕は 白旗を上げた

それから毎日 
難攻不落のカルカソンヌのような カノジョを訪ねた・・・

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マンションとAMGを売って
生涯ローンを清算した 
残ったお金で購入したN-oneの フロントウィンドウに
この村にも拒否された 寂しい男がいた

再会から一ヶ月・・・
今日で終わりにしよう・・・

僕は 1枚のDVDを手に カノジョの店に入った 

気が付けば 
あの日以来 この店を訪ねるとカノジョは常に店にいた
今日も 僕から話しかける

「これ 覚えてるかい・・・」
カノジョと一緒に見た 
最初で最後の映画・・・ コーラスライン

「キャシー(Alyson Reed)は  
 努力と信念で 自分の居場所を勝ち取った
 僕にとって 君の隣こそが コーラスラインだったんだ!」

カノジョの視線が はじめて僕の瞳に向いていた

「20年前 君は笑顔で僕を見送ってくれた 
 でも・・・
 あの日の君の頬は 
 朝露が付いた紅花のように キラキラしていた・・・
 その意味に気づくのに 20年かかってしまった」

あの日と同じように カノジョの頬に 光のラインが流れた

「この間は 無報酬でいいと言ったけど 報酬は 君じゃダメかい?」

カノジョの耳たぶが ほんのり赤くなった
「それは 貴方の働き次第ね」

そういうカノジョは 
Oneを口ずさんだ
それは 僕がコーラスラインに立てた瞬間だった

駐車場で待つ N-oneのボンネットに
オオムラサキが止まっていた
どうやら 彼も この街に受け入れられたようだ

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1975年7月25日 
ニューヨーク ブロードウェイで『コーラスライン』初演がありました



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