見出し画像

映画と車が紡ぐ世界chapter72

怒りの葡萄 ~ クライスラー クロスファイヤー 2004年式 ~
The Grapes of Wrath ~ Chrysler Crossfire 2004 ~

Crossfireを降りると 目の前には たわわに実った石垣いちご

「ここだ・・・」

この地でイチゴを生産していた一郎叔父さんは
僕が中学生のとき 
交通事故を起こした
路地から飛び出してきた男の子を 咄嗟に避けた車は 
対岸の石垣に激突した 
子供に怪我はなかったが
運が悪いことに 石垣と車の間には イチゴだけでなく歩行者がいた・・・

小さな村で起こった事故は 
退屈な村人にとって格好のゴシップとなり
肥大化した流言が 一郎叔父さんを死神と定義付た

人でなしとなった叔父は 
心血を注いで育ててきた いちご農園を捨てて この地を去った

怒りの葡萄のトム・ジョード(Henry Fonda)が感じた 
社会による弱者への鞭と同じだ

怒りのイチゴだ・・・ 
当時 一郎叔父さんは そう語っていたらしい
それから四半世紀 
一ヶ月前に息を引き取った叔父の手紙を見て 僕はここに来た 

「今日は 休みです!」
石垣イチゴのハウスから 
イチゴに負けないくらい 真っ赤な頬をした女性が声をかけてきた
健康的な笑顔と 甘いイチゴの香りが僕のハートを包み込む

どうやら カノジョは 
僕を『イチゴ摘み体験』の希望者だと思ったらしい
 
「残念だな・・・ ここのイチゴは おいしいって噂を聞いたから 
 東京から来たんだけど・・・」

カノジョの会話に合わせるように 残念な顔を装い つぶやいた

「そぅ 東京から来たの・・・ 
 じゃいいか! あっ!お金は いらないから 摘まんでいって!」

お金なんてって・・・

カノジョの気風の良さに圧倒されながら 
イチゴを一つ頬張った

Kyuuuuuuuuu!

「噂以上に おいしいね! 
 君の気持ちが たっぷり入っているからかな?」

ほんのりした甘さに パンチの効いた酸味!
遠い昔 叔父にもらった イチゴと同じ味がした

「お世辞がうまいのね でも お生憎さま!!
 このイチゴは叔母が 育てたのよ! ほら あそこが叔母の家!」

石垣の上に 
ぽつんと立つ真っ赤な巨大なイチゴのような家・・・ あの家は・・・

♪Brother, Can You Spare A Dime by Judy Collins ♪


「実はね・・・
 この石垣イチゴも そしてあの家も 叔母の彼のものだったの・・・
 二人は 結婚を誓っていたの でも・・・ 25年前・・・ 
 彼は 私のおじいちゃんを車ではねてしまってね・・・
 
 かなり重症だったけど おじいちゃん 命に別状はなかったのよ でも・・・
 村の人たちの心無いうわさに押しつぶされて 
 彼は この地を捨ててしまった・・・」

カノジョも 一つイチゴを頬張った

「ん~ 酸っぱい! けど これが病みつきになるのよね!」
陽気な声とは裏腹に 
濡れていた瞳のカノジョを見て 鼓動が踊る・・・ 

「叔母は 彼のことが忘れられなかったみたい
 だから 彼がいなくなった後も ずっといちごを 世話してきたの 独身のままで・・・
 

 そんな 衣千子(いちこ)叔母さんは 一週間前に亡くなったわ・・・」

Crossfireの V6エンジンが高らかに吠える
ドイツ生まれのアメ車と言う強烈な個性の塊
メルセデスSLKと同じエンジンそしてサスペンションが 
僕の思いを具現化する

Gurururururur!

U字カーブが続く山道を ドリフト気味に 一気に駆け上ったそこには
海が一望できる山頂があった

車を降りた僕は 
身体いっぱいにため込んだ
自分と 叔父の思いを 海に向かって 放出した

「バカヤロー!」

そして土産に買ったイチゴを一粒 口に放り込んだ

1956年 2月28日・・・
吉田茂が 「バカヤロー」と言って 内閣を解散させた日

僕は 天にいる叔父に もう一度叫んだ

「バカヤロー」

叔父の手紙を読み返した

 ~ イチゴ園はまだあるのだろうか あるなら一口 頬張りたい!
   衣千子は元気だろうか 元気ならもう一度 抱きしめたい ~

「叔父さん! カノジョと逢えたよね!
 僕は・・・ 行くよ! 
 後悔したくないから!」

脳裏に浮かぶ イチゴ園のカノジョの笑顔・・・

Crossfireは 今 来た道を 引き返した

その姿を
大空から眺めていたのは
手紙とイチゴの包み紙を重ねて折られた 紙飛行機だった

”イチローイチコ農園”と翼に書かれた紙飛行機は
上昇気流に乗って
どこまでも 高く高く舞い上がった 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?