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島戸神楽(山瀬島戸神楽)

youtube宮崎民俗学会チャンネルに映像をアップしましたので、その説明をこちらに書き込んでおきます。

一 伝承地
 東臼杵郡西郷村大字山三ケ字島戸(昔は「柴戸」と書かれたという)
二 上演の時期及び場所
 現在は、十二月第一土曜日であるが、以前は旧暦十二月五日に行なわれた。場所は、公民館に横付けして増設された御神屋で舞が行なわれる。
三 演目(平成三年度)
 午後三時三〇分に、島戸神社で神事が行なわれる。面や太鼓などを神前に備え、ホリコが集まり、タユサンにお祓いをしてもらう。「宮神楽」として「當誓」の舞を舞う。
 夕方七時頃から神楽が始まる。

①御神屋(みこや)ほめ 二つ並べた膳から四品を紙に箸とともに包みそれを太鼓に併せて振る。
②當誓(とうせい) 二人舞・素面・鈴・扇(金色と黒)・鉢巻・烏帽子・舞衣

 「当誓の正行」
  やあ そうも そうも 神明の御前にまいり 鳥居をはるかにながむ れば 鳥居の形は紋字なりとて 一大天の空見れば 月日の光 あきら かにしてなりえの浄土 西の宮しろ 天の御宝殿とこそ ときおかれ給 ふなり

③鞘 二人舞・素面・鈴・刀・舞衣。白鉢巻・白毛笠がセンジ、青鉢巻・黒毛笠がゴンジ。刀の鞘を持ったまま舞う。
④地割の花 二人舞(平成四年は、練習のため森本早美が参加)。衣装等は③に同じ。右手に鈴を、左手に扇を閉じたまま持つ。
⑤襷 二人舞・素面。青鉢巻に赤襷、白鉢巻に青襷。襷を持たない手は二本指を立てる。舞衣は着ない。
⑥御大神の花 三人舞・素面・鈴・扇・鉢巻・烏帽子・舞衣
⑦地割 二人舞。衣装等は③に同じ。まず甲斐虎男氏の正行がはいる。右手に鈴を、左手に抜身の刀を持つ。
⑧太鼓廻し(地割の舞上げ) まず太鼓を四人が囲んで清めを行なう。刀を持って正行。二人舞・素面。右手に鈴を、左手に黒と金の扇を持つ。
⑨御大神 客が集まって「五豊」がある。これは願ほどきと願かけであって、神事は甲斐まなお氏が行なう。四方に向かって神歌をうたう。三人の祝子が膳を持つ。三人舞・素面・鉢巻・烏帽子・舞衣。右手に鈴を、左手に白い大きな幣を持つ。

 「御大神の拝み」
  豊年よりも東東方に 立ち向け立ち直れ 今夜の今宵は 先祖のため にとて 徳あればしくあろうと しくあれば徳あろうと 三三各々のた めにとて 一度の拝みを参らする 二度の拝みを参らする 今度が大事 で 三度の拝みを参らする 豊年よりも南南方に立ち向け 立ち直れ  豊年よりも西西方に立ち向け 立ち直れ 豊年よりも北北方に立ち向け  立ち直れ 豊年よりも中中央に立ち向け 立ち直れ

 「おろしうた」
  雨が降る高天原を通り来て 清めの雨にあふぞうれしき
 この舞が終わり、願ほどきが終わってから、御神酒を出して、騒ぎ始める。「御大神」までは神聖なもので、せり唄も歌ってはいけない。

 神事の後、この間に、弓を射る余興がはいる。
⑩幣舞 ⑨と同じ衣装・採り物。両手で一本の御幣を持ち、時に右手は二本指を立てる。この舞の途中に子供たちの「柴入れ」がはいる。
⑪荒神 荒神面に冠、右手に扇、左手に荒神棒を持った二人の荒神が太鼓に座る。神主が幣を持って問う。この途中に子供たちの「柴入れ」がはいる。二人の荒神に、二本の幣を持った二人が舞いに一部割り込む。
 この間に「ちょうし舞」の余興。一人舞・素面・鉢巻。「振り上げ」の脚運びで舞う。とっくり(右手)と杯(左手)を持つ。荒神の後の御神酒で舞う。客も参加し賑わう。
⑫七五三口(しめくち) 神歌が入る。四人舞・素面・鉢巻・烏帽子・舞衣。右手に鈴を、左手に閉じたまま扇を持つ。
 この間に森田久隆君のマシバリの披露がある。子供達が笛・太鼓を担当。
⑬ミクマ 三人舞・素面・鉢巻・烏帽子・舞衣。右手に鈴を、左手に膳を持つ。途中鈴を置き、片手が空くと二本指を立てる。
⑭大身先

 「大身先正行」(太鼓)
  やあ そうも そうも 東東方に六万六千六百六拾六人の青き身先神 のおよろこびの御神楽三度 三拝参らせる 南南方に七万七千七百七拾 七人の赤き身先神のおよろこびの御神楽三度 三拝参らせる 西西方に 八万八千八百八拾八人の白き身先神のおよろこびの御神楽三度 三拝参 らせる 北北方に九万九千九百九拾九人の黒き身先神のおよろこびの御 神楽三度 三拝参らせる 中中央に十万八千八百八十八人のおよろこび の身先神の御神楽三度 三拝参らせる これもこの御所の青き身先神  只今 四人のねぎが袂におりて遊びし給へや 我太子の御本地なり

⑭ー1 ネッダシ(練り出し) 四人舞・素面・鉢巻・宝冠。舞衣の上に赤い襷。背中には幣を腰に差している。右手に鈴、左手に抜身の刀の歯を握り、後に柄に握りかえる。
⑭ー2 替(替わりの舞) ネッダシに同じ。右手に鈴、左手に抜身の刀の柄を握る。
⑭ー3 振り ネッダシに同じ。
⑭ー4 くぐり ネッダシに同じ。四ー三ー二人と刀をくぐりながら減っていく。再び四人で舞う。
⑭ー5 振り上げ 一人舞・素面・鉢巻・宝冠・舞衣・襷。抜身の刀を右手に一本持って、左手は二本指をときどき立てて、片足飛びで舞う。途中刀を二本持って体の前で回す。
⑭ー6 舞い上げ 一人舞・素面・・鉢巻・宝冠・舞衣・襷。右手に鈴、左手に抜身の刀二本の柄を持って舞う。
⑮弓の花 正行 二人舞・素面・鈴・扇・鉢巻・舞衣。右手に鈴、左手に閉じた扇を持って舞う。腰に二本の矢を差す。
⑯弓 甲斐虎男氏の正行の後、二人に弓を渡す。二人舞・素面・鉢巻・柄物の舞衣・赤襷。右手に鈴、左手にかざりものの弓を持って舞う。大変激しく長い舞いである。
⑰矢 ⑯と同様の衣装等で、二本の矢をVの字に持って、⑯同様に舞う。
⑱さいわき 二人舞・素面・鈴・扇・鉢巻・烏帽子・舞衣

 「さいわき」正行
  ぼたらしくは まん権現功を抱き給ふ 月と日は東より出で 西へ西 へと急げ共なあれど 西山の星は我が所を知らずして 只今 日大星景 とこそ説きおかれ給ふなり

⑲おきえ まず甲斐虎男氏の正行と右手に鈴、左手に小さな御幣を二本持っての舞いがある。二人舞・素面・鉢巻・舞衣。右手に鈴、左手に二本の幣を持って舞う。途中鈴をおき、幣のみを持って、くぐりなどをする。
⑳年の神 黒面の男はお椀としゃもじ、すりこぎなどももって、白面の女に問答する。神話に基づく狂言の後、右手に鈴、左手に幣を持って賑やかに舞う。
㉑鬼神 素面一人が御幣二本を片手に持って舞うなか、鬼神が登場。鬼神面に冠。腰に刀を差し、鬼神棒を回しながら舞う。途中扇で舞う。
㉒五津の花 四人舞・素面・鉢巻・烏帽子・舞衣。右手に鈴、左手に扇。途中左手に幣二本にかえる。
㉓太刀男命 一人舞・太刀男命面・鈴・赤の御幣と緑の御幣・鉢巻・烏帽子・舞衣
㉔五津 四人舞・素面・鈴・二本の御幣・鉢巻・烏帽子・舞衣
㉕稲荷 二人舞・素面・鈴・扇・刀・鉢巻・烏帽子・舞衣

 「稲荷」正行
  やあ そうも そうも 稲荷大明神殿こそは 大日本大三千世界をか けめぐらせ給ふては 罪をほどき 法を広め給ふなり 稲荷権現殿の稲 荷大明神殿とこそ 説きおかれ給ふなり

㉖火の神 まず烏帽子の一人が右手に鈴、左手に「火の神」を持って舞う。そこに白い長い布につかまって客も祝子も全員が入ってくる。輪になって廻りながら、その布で人を巻き付ける所作をする。
 「火の神」とは、藁つとのようなもの。おかまさんに供えていたものを持ってでてくる。この中に、五穀を詰め、火の神の御幣を入れる。「御大神」のときに、五穀豊穣と家内安全の感謝と祈願。前日に、みんなで準備する。


四 大神楽
 現在は行なわれないが、以前は「大法綱神楽」といい、現在より八番多く舞う大神楽が行なわれていたという。その際には、「大法」と呼ばれる、孟宗竹を三本立て底に円形のシメをそれぞれ三本飾ったものを付ける。甲斐虎男氏は昭和十年頃初めて舞った。普通舞う神楽を「よざ」、大法綱神楽を「神ごと」と呼んでいる。神楽の一週間前に、「大法」を起こすが、そのときには襷・鉢巻姿で、「七五三口」を舞う。午後五時から翌日の午前十時までかかる。

 次に大法綱神楽の際に、増える分の番付を紹介する。
①御笠 田植え神事であり、子供十数人が参加する神事である。ここでは「七五三口」の唄が歌われる。
②とうせん 四人舞・素面・鈴・扇・鉢巻・烏帽子・舞衣。柴荒神と同様。
③すおうの手 一人舞・素面・刀二・鉢巻・烏帽子・舞衣。唖の神様による神事。
④はちおのいん(岩戸開き)
⑤伊勢の神祇 一人舞・素面・鈴・扇・鉢巻・烏帽子・舞衣。
⑥繰降ろし 八人舞・素面・鈴・扇・御幣・鉢巻・烏帽子・舞衣(本来は狩衣)。
⑦綱切り(大蛇切り) 全員。雌は必ず御神屋に保存する。
⑧マシバリ 「柴トリ」は榊、「笠トリ」は笠、「戸トリ」は戸。
⑨綱入り 十人舞
 恵後の崎では、ほかに「こみさき」という番付けが加わる。これは盆と刀を持って舞う。

五 御神屋・道具・楽器など
 御神屋の東側は、高天原と呼ばれ、黒の意味を持つ。祭壇となり、三島大明神・若宮八幡・落原権現の三神が祭られている。南側はセンジといい、青。西がヘヤといい、赤。北がゴンジで、白。「鞘」の時のみ、白鉢巻がセンジ、赤がゴンジ。また、當誓・サイワキ・稲荷の三つだけが、左がセンジ、右がゴンジ。
 御神屋の中心の天井に提げられた正方形の飾りを「雲」といい、そこからは四方の柱にハシリベ(走り幣)を飾り、雲の中心には「星」を飾る。「星」とは、麻苧・御幣(稲荷・水神・山の神)・お金(十二の倍数の金額)・椎の葉・イチイを下げたもの。献餞は猪ではなく、鶏を供える。
 太鼓は、四〇~五〇年ぐらいのトガの木をくり貫いて作ったもの。革はなめしてはいけない。縁のことは、ガクという。笛は、ゴク竹(ニガ竹でもよい)という竹で作る。本来は、常に太鼓・笛・チャンカラで演奏するが、今はほとんど太鼓のみである。
 面は、獅子・綱荒神・大荒神・小荒神・年の神(男)・年の神(女)・太刀男命・ましばり・天照御大神などがあるが、使わない物もある。

六 由来
 島戸神社の祭神は、三島大明神・若宮八幡・落原権現である。落原権現に関して、詳細は不明であるが、島戸神社下に墓のある甲斐金十郎という人物と関係があると思われる。「カルイ神」とも呼ばれ、戦に敗れて、清水峠を渡ってきた。「霧の印」を切って、神門にいつも霧がかかるようになったという。甲斐金次郎が「三島大明神」で「カルイ神」ともいう。甲斐金次郎の弟の墓が南郷村神門の寺の近くにあること、南郷村神門には落原という字名があること、これらの伝承から「落原権現」という神格が生まれたのではと推測される。

七 伝承経路
 島戸神楽の別名は「山瀬島戸神楽」ということから分かるように、山瀬からの伝承である。もともと、島戸にも伝承されていたが、一度途絶えてしまった。大正期に入って山瀬の人に習い受け、昭和十年に島戸が単独で初めて「大法綱神楽」を舞った。山瀬の神楽は戦後廃れた。
 山瀬から伝承を受けた地域は多く、奈須善三郎氏が中心となって指導した。恵後の崎は昭和二十六年頃に途絶えたが、山瀬から習い受け、さらに恵後の崎から尾佐渡に指導した。尾佐渡は昭和五十年代後半まで舞われていた。栗之尾(椎葉村)も山瀬から習い受けたという。

八 古文書
①「綱荒神問テ曰神主」「明治九年子旧一月廿八日吉日」
 奥書には、「宮崎県東臼杵郡西郷村山三ヶ村島戸 所有者奈須五八郎」と書かれている。
②「柴荒神歌本」「昭和六年神無月」
 表紙の左肩には、「奈須所蔵」と記されている。
③「神小屋讃句」(年月不明)
 左肩には、「奈須所有」と記されている。
④「神小屋讃句 本番・太鼓・高天原」「昭和廿九年」
 左肩に、「奈須」「附 弓矢正行」と記されている。
⑤「御神楽正行」(年代不詳)

 ◎降し唄 大神楽
 ・天よりも御花給へて 我れ来たよ
   御花の主とは 我れをこそ言ふ
 ・伊勢の国 山田ヶ原の榊葉を
   心のしめに かける日もなし
 ・あれを見よ 八重の潮路をおし分けて
   今こそ 入り来る 神の御座舟
  『押返せ 千代の神楽』 四方の連華 
 ・思ふかよ 松に掛りし 雪をこそ
   冬の花と 拝み申さず
 ・大空やしろの川原となる神の
   千代にまします 社とはなる

  神 唄
 ・伊勢の国 山田ヶ原の榊原を
   心のしめにかけぬ日もなし
 ・心だに誠の道かないなば
   祈らぬとても神は守らむ
 ・天の原ふりさき見れば春日なる
   みかさの山に出し月かも
 ・かささぎの渡せる橋におく霜の
   白きを見れば夜ぞふけにけり
 ・日向なる あいそめ川の谷間より
   現われ出し 住吉の神
 ・あれやこれ行くも帰るも別れては
   あふもあわぬも あふ板の関
 ・手早ふる神代の鏡明けて見よ
   何時も鏡は明けて見よ
 ・ここはどこ こここそ福寿のたまり水
   いざさらこめて 福寿とはなる
 ・手早ふる神のみたけの弓神楽
   つる音聞かば あくましりぞけ


  ◎〆口の唄
 ・八重立つや 出雲八重垣 つまごめて
   八重いつも その八重垣を
 ・つくしなる あをきが原の波間より
   現われ出る 住吉の神
 ・我れを知れ 釈迦牟尼仏の世にいでて
   さやけき月の よをも 照らすに
 ・空は面 月日は眼 風は息
   海山共に 我身なりけり
 ・ふり立つる天の羽衣 ふりわけて
   海辺の松こそ くらかけの松

  ◎大鼓まわし
  この宝 誰にゆずろう 御宝を
  宝求めて 家主にゆずろう
  宝とる ねぎが 七折目
  八重の折目に 黄金 花咲く
  しょうじ王城 舞下ろす

  高天原
  天竺よりも よろこび 御箸を給へて
  我れ来たよ 御箸の主とはわれこそ言ふ
  天竺よりも よろこび 御かさを給へて
  我れ来たよ 御かさの主とはわれこそ言ふ
  天竺よりも よろこび 御かさの山を通り来て
  通ろう通らじは様々に通ろう通らじは
  ああ其の人の身こそ知る
  物召す神の物召すは目の元よりと 
  鼻の元まで こういただきて 召せばなるを
  ぞや やれやっと
  あいばも相そえそばも相そえ
  あいそだて召せばなるぞえやれやっと
  西の京から来る鳥はあっとり ひよどり
  つばくろめ羽は十六身一ツ稲田に降りて
  は飯を召す。
  かい田に降りては貝を召す。水田に降り
  ては水を召す。


  七宝連華の木の元にたたみこんじょ、のた
  まわく興がる女房を相そえて玉のあの
  子を今見たよ
  ひえいの山に参らせて学問せんと、のたま
  わく興がる女房を先に立て歩み給へば
  後事に七宝連華の花開く
  めぐれやまわれや城田のからはし
  まわれやめぐれやしし程にあえろく浄土
  でめぐり合ふ
  まわるか岡をめぐるか島を
  海を尋ねて海めぐる
  島を尋ねて島めぐる
 (おろしうた)
  天が降る高天原を通り来て
  清めの雨にあふぞ うれしき

 ◎御太神の拝み
  豊年よりも。東東方に。
  立ち向け 立ち直れ
  今夜の今宵は。先祖のためにとて。
  徳 あれば。しくあろうと。しくあれば
  徳 あろうと 三三 各々 ためにとて
  一度の拝みを参らする
  二度に拝みを参らする
  今度が大事で 三度の拝みを参らする
  豊年よりも南南方に立ち向け
           立ち直れ
  豊年よりも西西方に立ち向け立ち直れ
  豊年よりも北北方に立ち向け立ち直れ
  豊年よりも中中央に立ち向け立ち直れ
  (おろしうた)
  雨が降る 高天原を通り来て
    清めの雨にあふぞ うれしき

 ◎太鼓の清めの唄
  しめひけば ここも 高天原となる
    集まり給へや よろずよの神
  雨が降る 高天原を通り来て
    清めの雨にあふぞ うれしき
  御小屋に参りて拝めば おもしろや
    いつも太子の御神楽の音

 ◎太神楽始め
  アイヨー
  あれを見よ 八重のしおじを 
               ヨー
   押しわけて今こそ入りくる 神のござ舟
  アイヨー
  思ふかよ 松にかかりし雪をこそ
        ヨー
   冬の花とは 拝み申さず
  アイヨー
  立ちやねぎ ねぎがたもとに「立てばこそ
        ヨー
   姿もよけれ 舞の手もよし」

 (太鼓)
 ◎当誓の正行
  やあ そうも そうも 神明の御前にまいり。
  鳥居をはるかに ながむれば 鳥居の形は
  紋字なりとて 一大天の空見れば
  月日の光。あきらかにして なりえの浄土
  西の宮しろ 天の御宝殿とこそときおかれ
                 給ふなり

 ◎さいわき正行
  ぼたらしくは まん權現功を抱き給ふ
  月と日は東より出で西へ西へと急げ共
  なあれど西山の星は我が所を知らずして
  只今、日大星景とこそ説きおかれ給ふなり

 ◎稲荷正行
  やあ そうも そうも 稲荷大明神殿こそは
  大日本大三千世界をかけめぐらせ給
  ふては。罪をほどき。法を広め給ふなり
  稲荷權現殿の稲荷大明神殿と
  こそ説きおかれ給ふなり

 (大鼓)
  大身先正行
   やあ そうも そうも
  東東方に六万六千六百六拾六人の青き
   身先神のおよろこびの御神楽三度 
   三拝参らせる 
  南南方に七万七千七百七拾七人の赤き
   身先神のおよろこびの御神楽三度
   三拝参らせる
  西西方に八万八千八百八拾八人の白き
   身先神のおよろこびの御神楽三度
   三拝参らせる
  北北方に九万九千九百九拾給人の黒き
   身先神のおよろこびの御神楽三度
   三拝参らせる
  中中央に拾万八千八百八十八人のおよろこび
   の身先神の三度三拝参らせる
   これもこの御所の青き身先神只今
   四人のねぎが袂におりてあそびし給へや
   我大子の御本地なり。

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