修学旅行で赤沼が同部屋になったとき、少しだけ大人になった気がする


修学旅行の夜というのはおおよそ好きな異性の話で盛り上がるものと相場が決まっている。その為、修学旅行の部屋決めというのは修学旅行の成否を決める重要な要素になる。

当時中学生の私は今と同様に根暗でクラスでも目立たないタイプでクラスの女の子どころかクラスで目立つ男子と話すのすら緊張した。彼女どころか友達すら少ない、学校に居場所のない暗い学生時代だった。

中学3年生になると私の中学校では京都に修学旅行に行くことになっている。根暗な私にとっては修学旅行は罰ゲームに近い修行だった。特に部屋決めが苦痛だった。

当時のクラスでは私が心を許せていた人は2人しかおらず出来ればその2人と同じ部屋になりたかった。2人は小学生の頃から仲の良かった鷲谷と、塾が同じだった松本。鷲谷は私が辞めた野球部のメンバーと早い段階で同部屋になっており望みが断たれた。

当時、鷲谷は学校一の名ツッコミとして野球部のヤンキー連中から気に入られており、即座にヤンキーグループに迎え入れられた。鷲谷も鷲谷で修学旅行中部屋でずっとツッコミをし続けなければいけない地獄を味わうことになると思うと可哀想とも思えた。もう一人の松本は「部屋一緒にならん?」と一世一代のお願いをしたところ「あっ、いいよ!」と2つ返事でオッケーを出してくれた。

松本は肌が白いのが特徴で周りから白、白といじられていた。イジられていても「ちょっと辞めろよ〜」とニコニコしながら返す穏やかな性格だった。根暗な私でも仲良くしてくれて本当に性格のいい男だった。当時は塾でもクラスでも松本としか話さないことが多かったので松本に断られると好きではないグループに入れられる可能性があった。非常にありがたかった。

修学旅行の部屋は3人から4人でなければならず最低でもあと1人必要だった。松本も私同様クラス内のカーストで言えば低い方だったので私らに誰かをスカウトする権利はなかった。上位カースト軍のおこぼれを拾う形となる。

私は人畜無害の阿部に来てほしいと願っていたが、阿部は所属する卓球部集団に吸収されてしまっていた。どんどん部屋が決まっていく。

部屋の人数の関係でヤンキーが1人溢れそうになり、「オマエ、根暗なグループも1人空いてるからそこ行けよw」などとイジられていた。部屋決めの瞬間も自尊心を削られることがあるのだ。繊細さを持ち合わせないヤンキーたちには永遠に理解されない苦しみだろう。どんどん決まっていくが、やはり人気のないやつは残っていってしまう。カースト上位の集団であれば、最後まで残るなんて可哀想だなwと高みの見物が出来るのだろうが、残りの人間が私達と同部屋になるので余裕をかますことは出来ない。

残りはテニス部集団に入ろうかヤンキー集団に入ろうか迷っているカースト上位のイケメンと嘘で塗り固められた自慢話で他者にマウントを取り続けるおっさん顔の赤沼の2人だけになった。

松本も私も赤沼と話すことは問題なかったものの、性格に難があるためあまり乗り気ではなかった。赤沼としても絶対絶命のピンチだったはずだが、「おれどこに入ろうかなw」などと平静を装っている。
私達も2人しかいなかったため、誰かを誘わねばならない。

カースト上位のイケメンを誘う度胸とコミュニケーション能力を持ち合わせていなかったため、消去法で赤沼を誘うことにした。私が赤沼であれば自分を拾ってくれた神として松本と私に感謝すると思うが、おっさん顔のマウンティング赤沼は一味違った。

「おw入ってやるよ」と何故か上から目線で加入してきた。何様だと思っているのだろう。自分がカーストの底辺にいることを理解していない赤沼に羞恥心と怒りを覚えた。だが、ここで赤沼との仲を悪くしても当日困るだけだ。私は怒りたい気持ちをグッと堪えて赤沼を受け入れた。

なんだか大人に一歩近づいたような気がした。おわり。

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