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【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(6)―戦争犯罪に向き合う世界の行方と日本の役割 (柳澤協二氏)

 柳澤協二元内閣官房副長官補・防衛研究所所長から、ウクライナ危機についてリアルタイムで情勢分析・提言をいただく緊急寄稿の第六報をお寄せいただきました。

(第五報はこちら
【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(5) -見えてきた戦争の出口・見えない戦争の意味』←Click)

 首都攻略を諦めたかに見えるロシア軍の撤退は、占領下にあったキーウ周辺での残虐行為の数々を国際社会に明らかにしました。筆舌に尽くしがたい惨状に、柳澤さんも筆が進まなかったそうです。戦争が停戦をめぐる駆け引きから、戦争犯罪の処罰という妥協点を見つけにくい戦いへと変化しつつある国際情勢を分析いただき、日本自身の行動にも指針をご提示いただきます。(※4月13日寄稿)

■戦争犯罪をめぐって

 私はいま、ウクライナ戦争が始まって以来、最も落ち込んでいます。ロシア軍が撤退したキーウ(キエフ)近郊の街で、多数の民間人の殺害が明らかになったからです。
 実に正視に耐えない情景です。東京大空襲や被爆後の広島の情景と重なってしまいます。なぜ人間が、同じ人間に対してこうも残虐になれるのか。戦争や弾圧による犠牲と、自然災害の犠牲の違いはそこにあるのだと思います。いかなる正義があろうとも、自らの正義を満足させるために数万人の命を顧みない人々に、あらためて憤りを禁じ得ません。

ウクライナ 4月8日 ボロディアンカ ロシア占領下で破壊された建物

 ロシアは、自らの行為であることを認めていません。欧米や日本は、経済制裁を一段と強め、ロシア経済の破綻を明確に狙う展開になりました。国連総会は、ロシアを国連人権理事会から追放しました。国際刑事裁判所も、戦争犯罪の証拠集めに取り掛かっています。

 戦争を違法とし、戦争における残虐行為を禁止する流れは、第2次世界大戦の反省から生まれました。ナチスと日本の戦争犯罪を裁くニュルンベルク国際軍事裁判(ニュルンベルク裁判)と極東国際軍事裁判(東京裁判)の中で、侵略戦争を犯罪とする”平和に対する罪”、ジェノサイドなどの行為を犯罪とする”人道に対する罪”、現場の民間人虐待などに関する”戦争犯罪”への責任が問われました。戦争は国家の行為ですが、これによって、中央で戦争を決定し、現場で非人道的行為に関与した個人の責任が問われることになりました。

 これを皮切りに、”ジェノサイド禁止条約”、戦争における犠牲者や非戦闘員の保護などを目的とする”国際人道法”が作られていきます。21世紀に入ってからは、個人の人道犯罪を裁く国際刑事裁判所が活動を始めています。ただ、”誤爆”による民間の被害は後を絶ちません。なお、今回のロシアの行為は誤爆ではなくれっきとした作戦であり、意図的な行為です。

 ロシアの軍と政府の指導者を裁こうとしても、身柄を拘束することは不可能かもしれません。それでも有罪判決が出れば、彼らは捕まらないために国を出ることができず、指導者としての役割を果たせなくなる可能性があるなど、その政治的影響は無視できません。

 生物化学兵器、対人地雷やクラスター弾など残虐な兵器の使用を禁止する条約も存在します。こうした一連の条約のすべてについて軍事大国が批准しているわけではありませんが、これらの使用は、国際世論の厳しい批判にさらされることになります。

 こうした戦争のルールを、大国といえども無視できません。ロシアが自分の虐殺行為を認めようとしないのも、「やってはいけないことだ」という認識があるからです。しかし、事実はやがて明らかになる。それでも、彼らが自らの非を認めることはないでしょう。認めてしまえば、政策を決定・実行した個人の犯罪を訴追されるからです。

 ロシアの民間人虐殺は、恐怖によって人心を支配するという”軍事的合理性”がもたらした作戦かもしれません。しかしそれは、ウクライナの戦意を高め、世界からロシアの味方を減らすことでロシアを苦境に追い込んで行きます。ルールを無視した戦争は、戦争の成功を危うくするという意味で、”軍事的に非合理”になっている。こうして、人類の戦争の歴史のなかで、国際世論の力が戦争のやり方を変えていることも事実です。

ウクライナ 4月8日 ボロディアンカ ロシア占領下で破壊された乗用車

 この戦争には、二つのルール違反があります。一つは戦争そのものが国連憲章に反していることと、もう一つはその中で実行される破壊と殺害方法が国際人道法に反していることです。国家を対象とする国連憲章では、その違反には国家が責任を負うべきであり、国際人道法が対象とする残虐な行為については、戦争に関わった個人が責任を負うべきものです。国際社会は今後、長い時間をかけても、この責任を追及し続けることになると思います。

■落としどころのない戦争へ

 今回の民間人虐殺は、戦争を新たな局面に導いています。これまで西欧からは、ウクライナという”緩衝地帯”を舞台とするロシアとのパワーゲームと見られていた戦争(したがって、どこかに”落としどころ”を求めて終わらせるべき戦争)が、人権を守り戦争犯罪者を処罰するという”落としどころのない”戦争に変わりつつあります。欧米は、ロシアを国際社会から除外し、ロシア経済を破綻させるところに目標を定めたようです。ロシアのドル建て国債は、すでに債務不履行となりました。

 プーチンに停戦を促すには、彼の面子を立てる何らかの妥協が必要です。ウクライナが出した停戦提案も、前報で触れたように、東部2州やクリミアに関する何らかの妥協の含みがありました。いまや、そうした妥協を善しとする雰囲気ではなくなっていると思います。

 この状況で、中国がロシア側に立ってロシアの軍事侵攻の支援をすれば中国経済も制裁の標的となり、世界を2大ブロックに分断した”経済世界大戦”とも言える状況が出現します。直ちにそうはならないとしても、世界は今後、塀の上を歩くような状況が続くことになると思います。政治交渉をしようにも、今回の戦争犯罪の少なくとも”容疑者”であるプーチンを交渉相手にできないでしょう。本当にコントロールが難しい世界が到来します。

 NATOは、軍事支援のレベルをあげました。旧ソ連製の戦車や対空ミサイルシステムに加え、自爆型のドローンがウクライナに供与されました。しかし、これらがロシアの支配する東部や黒海沿岸で威力を発揮するのは難しいかもしれません。前線への接近経路が限定されるため、ロシア軍の妨害にあうことになります。ウクライナ軍は、かつてキエフに向かって進軍するロシア軍と同じ状況におかれ、防勢作戦に存在していた優位性が失われるからです。

 仮にウクライナがロシア軍の包囲を突破する勢いになれば、ロシアが化学兵器の使用に踏み切るかもしれません。そのとき欧米は、ウクライナがかねて切望していた戦闘機の供与に踏み切るのでしょうか。あるいは、自らウクライナ領内にいるロシア軍をミサイルで攻撃する選択肢を考えるかもしれません。それは軍事的にも、ロシアと欧米の戦争に発展し、今度は戦術核の使用が心配される事態となります。

 いまこの時点(4月13日)で、包囲されたマリウポリでは補給が続かず、ウクライナ軍の”敗色”が濃厚です。ロシア軍が化学兵器を使った疑惑も出てきました。欧米は、化学兵器使用の事実について慎重に確認する姿勢です。シリア・アサド政権が反体制派に化学兵器を使用したときは、米国は、懲罰として巡航ミサイルでシリア軍の拠点を攻撃しましたが、シリアに駐留するロシア軍への攻撃を避けてきました。今回、化学兵器使用が確認された場合にどう対応するか不明ですが、何らかの軍事的措置をとることになると思います。それはロシア軍への措置ですから、戦争の拡大につながる可能性もある。報復感情だけでは決められない悩ましさがあると思います。

 プーチンは、5月9日の対独戦勝記念日までに東部2州などの攻略を終わらせて”勝利宣言”することを目標にしていると言われています。その”戦果”をウクライナに認めさせて停戦することになるのですが、そのためには、従来以上に多くの犠牲や残虐な行為が予想されます。そうなれば、ウクライナも容易に停戦するわけにはいきません。仮に東部でいくつかの街が占領されても、戦争は長期化していくことになりそうです。

■問われる日本の対応~「国際協調」の論理でいいのか?

 日本政府はG7と歩調を合わせて、対ロシア制裁を強めています。しかし、戦争犯罪への非難は国際協調、すなわち「みんながそうしているから」という態度に終始してはいけない。それは、日本自身の問題でもあるからです。

 いわゆる東京裁判には、勝者が事後法によって敗者を裁くのは不公正だという批判が根強くあります。しかし、日本が中国大陸などの占領地で残虐な行為をした事実は消せません。国際社会で発言するためには、裁判によらずとも、本当に真摯な反省が必要でした。
 また、日本は東京大空襲や原爆投下といった残虐行為の被害者でもありました。防衛力強化など勇ましいことを主張する前に、そういう負の歴史の当事者として自らの言葉で発信する義務が、日本にはあると思います。なぜ、過去の自分が今のロシアと同じ誤りを犯したのか。なぜ、空爆によって多くの命を奪った米国と仲良くなれたのか。それを語れない日本の言葉に説得力は生まれません。

広島 原爆ドーム

 では何と言えばいいのか、私にもよくわかりません。それを、皆さんと模索したいと思います。今の時点で一つ言えるとすれば、「他者を傷つけるものは、決して幸福にはなれない」ということです。 (4月13日)

東京都慰霊堂 東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑

【執筆者紹介】
柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
東京大学法学部卒。防衛庁(当時)に入庁し、運用局長、防衛研究所所長などを経て、2004年から09年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)。現在、国際地政学研究所理事長。

【★画像出典】
ウクライナで今起きていることを伝えようと、現地のロシア侵攻後の写真がこちらで無料で公開されています。本記事の画像もすべてこちらからダウンロードしたものです。

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上記のプロジェクト詳細は、こちらで説明されています。

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