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【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(4)―停戦とポスト・ウクライナ危機への課題とは(柳澤協二氏)

 柳澤協二元内閣官房副長官補・防衛研究所所長から、ウクライナ危機についてリアルタイムで情勢分析・提言をいただく緊急寄稿の第四報をお寄せいただきました。

(第三報はこちら
『【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(3) -長期化する戦争の波紋』←Click)

 「戦争を終わらせることは、始めるよりはるかに難しい」
と考える柳澤さんの視点で、開戦から早1か月が経とうとするウクライナ危機を考察いただきます。
 膠着するキエフ周辺、包囲戦が進むマリウポリの窮状から予想される、プーチン・ロシア軍の今後の戦闘の展開とは。圧倒的な軍事力を誇るロシアとウクライナの間に、停戦の橋渡しをする障害とは何か。停戦実現に求められる国際環境はどういったものなのか。
 私たち市民が果たすべき役割とともに、綴っていただきます。

 戦争が始まってほぼ1か月になります。連日、悲惨な映像が流されています。3月といえば、10日の東京下町大空襲、11日の東北大震災、20日のイラク戦争開戦の記憶と重なり、不条理な悲劇への共感が強くなる時期かもしれません。あらためて、過去の悲劇が風化することはないし、させてはいけないと思います。

■”見せしめ”のマリウポリ ― 許し難いロシアの戦争プラン

 以前、首都キエフ陥落は時間の問題と書きましたが、キエフはまだ首都として機能し続けています。それは、ウクライナが組織的に抵抗していることを意味しています。一方、東部マリウポリなどいくつかの都市はロシア軍に包囲されながら頑強な抵抗を続けています。 

 全体として言えば、西側からの武器や情報の供与があり、ロシア軍に相当な被害を与えている。ロシア側の損失は、兵員1万人、戦車など1000両、航空機100機以上とも言われています。また、春を迎え凍結した地面が溶ければ、戦車は泥にはまって動けなくなるとも言われています。これらが、プーチンにとって誤算であったことは間違いない。

 しかし、ウクライナの”軍事的勝利”について、私はやはり悲観的です。ロシアの損失は、ロシア軍全体から見れば”軽微”であって、前線の士気を低下させても、全軍の戦闘能力を奪うものではない。また、地上戦で不利であれば、化学兵器を使う方法もあるし、ミサイルで首都の中枢を破壊し、ゼレンスキー政権を”排除”することもできる。イラク戦争で米国は、サダム・フセインの居場所とされる施設を何度か攻撃していました。ロシアが、ゼレンスキー大統領の居場所すらわからない、とは思えません。

 なぜそうしないのか、また、キエフを3方向から包囲していますが、南が開いていることも不思議です。黒海沿岸から軍を北上させるのは、ウクライナへの補給が続く限り不可能に近い。ゼレンスキーが南ルートで”逃亡”することを狙っているとしか思えません。

 ロシア軍は、民間施設を標的とする攻撃を激化しています。ロシアは、マリウポリに対して降伏を呼びかけ、ウクライナは拒否しています。包囲された都市は、外部からの補給や援軍がないわけですから、やがて”陥落”すると思います。ロシアの戦争プランは、複数の都市を陥落させ、民間人の犠牲を増大させることでウクライナの戦意を挫き、やがてウクライナに降伏を迫るもののようです。マウリポリは”見せしめ”ということです。そんな理由で民間人を殺すことに、改めて憤りを感じます。

ウクライナ 3月20日頃 マリウポリ ミサイルで破壊された住宅の消火活動を行う消防士 

 戦争は、政治目的達成の手段です。近代国家の戦争は、拡大の連鎖の中で、毒ガスや原爆、無差別爆撃という”戦法”を生みました。それらは、政治目的達成の手段としては過大な殺戮をもたらすことから、法的に禁止され、道義的にも使えない手段となってきました。政治目的が妥当で、自衛として適法な戦争であっても、”民間人を殺傷してはいけない”というのが、現代の戦争ルールです。

 米国もイラクなどで民間人を殺傷していますが、それは”誤爆”とされるものでした。いまウクライナで起きている殺害は”誤爆”ではない。プーチンの戦争は、政治目的の妥当性がないだけでなく、手法においても全く許しがたいものになっています。

■停戦の展望とMad Man Theory「狂人理論」の復活


 当事者による停戦交渉が継続していますが、私は停戦の成立に悲観的です。東部2州の”独立”クリミアの”割譲”については、妥協の余地があるかも知れません。2014年以来の”不条理な現実を受け入れる”という決断ですから。ただ、それには、残る”ウクライナ全土”からのロシア軍の撤退と、今回の戦争被害への補償が必要だと思います。また、それでプーチンが満足するだろうかという疑問が残ります。

 ウクライナの”中立・武装解除”は、あり得ないと思います。”中立”のためには、ロシアと米国による安全の保証が必要です。そんな合意ができる状況ではありません。”武装解除”に至っては、現にロシアの侵攻を受けた以上、ウクライナは飲まないでしょう。

ウクライナ 3月19日 キエフにて戦闘員に勲章を授けるゼレンスキー大統領

 やはり戦争は、どちらかが完全に疲弊しないと止まらない。また仮に停戦しても、双方が条件に満足しないと、早晩、戦争が再開します。そこで、外部からの仲介・圧力が求められることになります。仲介は双方の妥協点を探ることですから、今その時期ではありません。

 圧力の面では、SWIFTを通じたドル決済からのロシア除外が発動されました。大々的な制裁発動直後の3月のロシア国債の利払いは、ルーブルで支払われる禁じ手が予想されていたのに反して、ドルで行われたことでデフォルトが回避されました。プーチンの面子をつぶすことへの遠慮があったのかもしれません。
 ロシアに対抗する国々にとってデフォルトは織り込み済みだったはずですが、それはプーチンによるNATOへの攻撃などさらなる負の連鎖反応を招き、第3次世界大戦の引き金になる可能性があると考えてもおかしくない状況です。戦争を決意しない制裁の限界が露わになります。
 だがこの戦争はそんな予測を差し置いて、本当に世界大戦になる可能性がある。厄介な状況です。
 
 ここに、停戦への圧力が働かない理由が見出せます。大国のパワーゲームにおいて、”何をするかわからない”ほうが有利だ、という“Mad Man Theory”です。ドナルド・トランプ前米大統領の得意技です(もっともトランプは、実際に戦争をしたくなかった大統領ですが)。核を持った「狂人」には、周囲が気を遣わざるを得ない。核の時代に、これは本当に危険なことです。ウクライナ問題を離れても、何とかしなければならない人類の危機です。

ウクライナ 3月10日 リヴィウ リヴィウ工科大学の体育館に設けられた難民キャンプ

 「狂人」を止めるのに戦争という手段がないのであれば、可能な手段は、世論による包囲しかありません。核の規制に向けた世論の盛り上がりが必要です。

 
いかなる指導者でも、恐れるのは自国の世論です。世論は、戦争となれば指導者を支持する傾向があります。プーチンへの支持も70%台です。これを可能にしているのは報道統制です。しかし、ネットの時代に、それは案外早く崩れるかもしれません。一方、そうなる前に決着をつけようという意識が働くでしょう。だから私は、楽観的にはなれないのです。

■ポスト・ウクライナ危機の課題―21世紀の戦争が突き付ける新たな現実

 さて、仮に停戦が成立した場合、我々はどうするのでしょうか。戦争が終わってよかったね、では済まないと思います。上述の通り停戦は、ウクライナ側の妥協を前提としています。それは、武力による既成事実を是認することです。ウクライナがそれを認めたとしても、不当であることに変わりはありません。国際社会は、不当な武力行使による不当な結果を見過ごすわけにはいかないと思います。これは、”第3次世界大戦を避ける”という問題とは切り離して考えなければなりません。

ウクライナ 3月20日 ハリコフ ロシア軍の砲撃により損傷したアパートのキッチン

 つまり、ロシアが利益を得ている限り、それを是認できないし、制裁や外交的対抗手段はとり続けることになるわけです。それが長引けば―長びくということはロシアが屈服しないことですからー、制裁する側に疲弊が生まれるでしょう。しかし、もう昔のような関係には戻れないのです。北方領土交渉はロシア側による交渉打ち切りにより、1956年の東京宣言(平和条約と2島返還合意)以前の状況に戻ってしまいました。

 この間、米中会談のニュースもありました。米国は、中国による軍事的支援を牽制しています。中国は、プーチンが制裁で窮地に陥ることを避けようとしています。多分それが両者に共有される”相場観”だと思います。やがて状況が落ち着いたとき、中国がロシアの轍を踏まないようにする方策が検討されるでしょう。それが軍拡競争を通じた抑止の強化になるのか、あるいは1996年の台湾海峡危機の後、クリントンが訪中して台湾独立の不支持を述べたような緊張緩和外交につながるのかに注目しています。

 いずれにしても世界は、ウクライナ戦争以前の昔には戻れないのですから、米中の指導者にそれだけの理性が残っていることを期待しましょう。期待しても、多分、無理かもしれません。私も、現役の官僚なら無理だと思ったことでしょう。しかし一市民としては、政府ができないことは世論によってしなければならない、と考えることに平和への望みを託しています。

ウクライナ 3月20日 キエフ 犬と歩く女性


【執筆者紹介】
柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
東京大学法学部卒。防衛庁(当時)に入庁し、運用局長、防衛研究所所長などを経て、2004年から09年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)。現在、国際地政学研究所理事長。


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