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我が愛しのスパイダーマン 1.地獄からの使者編


 皆さん、こんにちは。親愛もないし、隣人でもない木賃もくちんふくよし(芸名)です。
 いきなりですが、映画「スパイダーマン ノーウェイホーム」を観てきました。
 その感想を一言で表現するならば、


 ワタクシの憧れたヒーローの
 すべてが詰まっていました。


 しかし、たった一言でこの作品を語ることは不可能である。
 大袈裟に聞こえるかも知れないが、ワタクシは今、この映画の感想を吐き出さねば苦しくて死んでしまいそうなのだ。実際に死ぬ事はないだろうが、絶対に身動きのひとつも許されない式典で、2時間ずっと、あくびを我慢し続ける感じ。
 感想を書かねば、苦しくて死んでしまいそうなのだ。しかし、苦しみで悶絶する事も許されない状況。
 それ程までに素晴らしい作品だった。

 だが、この素晴らしさは、特別なモノなのだ。
 ハッキリ言ってしまうが、

 一本の映画としては、
 不完全に過ぎるのだ。


 誤解なきように言うと、何の前情報がなくとも、本作品は充分に楽しめる。充分に面白い。本作は単体シリーズでは3作目に当たるが、1、2を観ず、本作から見ても充分に楽しめるだろう。しかし、それはエンタテインメントとしての面白さでしかない。
 そして、エンタテインメントとしては、これまでのマーベル作品26本(MCU)を観ていないと成立しないギミックが山ほど乗っけられている。
 MCU作品だけではない。サム・ライミ版「スパイダーマン」アンドリューガー・フィールドの「アメイジング・スパイダーマン」、そして「スパイダーバース」を観ているほどに面白さが加算されていく。いや、乗算されると言っても過言ではない。

 それだけではない。スパイダーマンの原作コミックや、それ以外のアメコミ・ヒーローを知っていれば知っているほど、本作の面白さは加速度的になる。
 アメコミおたくのワタクシにとって、それは夢のように素晴らしい作品だった。
 この感動をどうやって伝えればいいのか。いや、別に誰も伝えて欲しいとは思ってないだろうが、ワタクシが吐き出さないと苦しいのだ。
 しかし、映画は公開したばかり。
 ネタバレを避けつつ、基礎情報を盛り込みつつ、噴き出る感情をブチまける方法は、コレしかない。

 語るしかないのだ。


 ワタクシとスパイダーマンの長い長い歴史を。

 それしか映画のネタバレを防ぎつつ、基礎情報を織り込みつつ、溢れるパトスを吐露する方法はない。

 と言うわけで、本日は1本目。

 ワタクシと、スパイダーマンとの出逢い編である。


 早速だが、前述のようにワタクシは、いわゆる「アメリカン・コミック」のファン、「アメコミおたく」である。
 思い起こせば、ワタクシのアメコミ好きは1978年にまで遡らなければならない。

 ワタクシは基本的にすべてのアメコミ、アメコミのヒーローを愛しているが、その中でもとりわけ好きなのが、スーパーマン(DC社)とスパイダーマン(マーベル社)なのである。
 この2大ヒーローは、対極であると言えるだろう。少なくとも、ワタクシにとっては正反対のヒーローだ。

 スーパーマン。クリプトン星から来た宇宙人。宇宙人であるがため、その力は地球人の何万倍にも及ぶ。ジャンプひとつで高層ビルを飛び越え、銃で撃たれても傷ひとつつかない。ジェット戦闘機より速く、タンカーさえも持ち上げる。一般人の力を1とするならスーパーマンの強さ20,000と言うところか。シリーズによっては200,000でも不思議ではない。
 その圧倒的なパワーが行使されるのは、正義のためにのみ。
 スーパーマンは揺るぎない正義の人であり、自らを育てたケント夫妻の優しさが、スーパーマンを正義のヒーローにした。人々を救うことにこそ、スーパーマンの力は発揮される。
 彼は自らを、クラーク・ケントという生真面目で冴えない新聞記者と偽り、人間の世界に溶け込んでいる。

 そして、それに対するのが、

 スパイダーマン。放射能蜘蛛に噛まれ、突然とスーパーパワーを背負ってしまった少年ピーター・パーカーが、正義のヒーローとしての責務を背負う姿。
 一般人からすれば圧倒的な力を持つが、スパイダーマンの力は200ほど。スーパーマンの1/100ぐらいだろうか。
 ピーターは自らが起こした軽率な行動で叔父を死なせてしまう。その呵責と叔父の遺した「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という言葉から、正義のヒーロー「スパイダーマン」として活動を始める。
 だが、ピーターの本質は優しくて弱い、ただの鈍臭い少年なのだ。
 力に翻弄され、恋に悩み、友人関係で揉め、貧乏に喘ぎ、悪に苦しめられ、正義に迷う。
 苦学生ピーターとして生活しながら、スパイダーマンとして活動する二重生活。

 超人が鈍才を演じるスーパーマンと、凡人がヒーローを演じるスパイダーマン。
 ワタクシはこの両極端なヒーローを愛してやまない。

 この2大ヒーローを、ワタクシがちゃんと認識したのは、なんと44年前。1978年にまで遡る。
 日本は幾度かアメコミを流行させようとしているが、概ね失敗に終わっていた。MCUの出現でアメコミの地位は大きく向上するが、それまでは残念ながら、爆発的人気には及ばなかったと言える。
 この1978年頃も、アメコミブームを起こそうとした年だったと言える。


 リンダ・カーター主演のドラマ「ワンダーウーマン」が'77年より日本放映。
 クリストファー・リーブ主演の映画「スーパーマン」公開。
 マーベル社と提携し、日本製作のドラマ「スパイダーマン」放映。
 ドラマ「超人ハルク」の日本放映は'79年より。
 ※ バットマンは映像化不遇の時期。アニメーションは米国で製作されるも、日本では遅れて放映。


 ワタクシにとって、最初にショックを受けたアメコミ・ヒーローは、このクリストファー・リーブ版「スーパーマン」だった。
 次元が違う強さ! わかりやすい悪役に、わかりやすい正しさ! カッコイイ! 惚れる!!

 ワタクシのアメコミ初のヒーロー、、、だと思っていた。


 違ったのである。


 ワタクシがスーパーマンを観たのは、劇場ではなく、翌年のTV放映(今で言う、地上波初放送)だった。つまり、ワタクシにとってのアメコミ初体験ヒーローは、


 東映版スパイダーマン
 だったのである。


 デーデデーン♪ デデデン♪ テレッテレー♪


 (´°Д°)」 ワーォ



 そう。東映版「スパイダーマン」とは、皆が物笑いの種にしている迷作。東映がマーベルと版権を交換する形で、スパイダーマンの設定だけを拝借し、日本の特撮ヒーロー要素をブチ込み、独自の作品に仕上げてしまったのである。

 これを多くの人は「ひどい作品」「笑える迷作」だと思っているだろうが、リアルタイム世代のワタクシに言わせりゃ、


 (´・Д・)」 誤解である。


 実は、普通にめちゃくちゃ面白いのである。
 基本的にアメコミの文法(敵を殺さない等)は一切無視され、スパイダーマンのテーマ性(大いなる力には大いなる責任が伴う)等もガン無視。
 姿形や特殊能力(壁登り等)、戦闘スタイルはスパイダーマンだが、まるで別物と思った方が早い。
 なにしろ、移動にウェブスリング(蜘蛛の糸)を使わず、スパイダーマシン(車)に乗る。
 倒した敵は何故か巨大化し、スパイダーマンは自らの秘密基地である宇宙戦艦「マーベラー(マーベル社への敬意?)」を呼び寄せ、巨大ロボット「レオパルドン」に変形! スパイダーマンはレオパルドンに乗り込み、敵を駆逐するのだ!!


 レオパルド、、、?

 (´°Д°)」 蜘蛛、どこいった?


 ヒョウじゃん!? 蜘蛛じゃないじゃん!? って子供心に思った。しかも、豹柄とかレオパルド要素ナシ。胸や脚に蜘蛛の巣の意匠があるので、なんでレオパルドなのか不明である。
 ついでにメインカラーは黒なので、どっちかと言うとレオパルドじゃなくてブラックパンサーだろ、と。
 ただ、このレオパルドンは、

 残念な事にカッコいい。


 東映ロボの中でも、初期にして屈指のデザインだと個人的には思っている。

 なお、この東映版スパイダーマンは「敵を倒す」→「巨大化する」→「巨大ロボで戦う」→「勝利」という東映ヒーローのテンプレを行った初作品である。

 また、脚本に大人向けドラマの脚本家を起用した事により、ストーリーは割と重厚。
 基本的に東映ヒーローの系譜なので、殺された父の仇を取ろうとしており、割と重たいストーリーが多い。また、主人公の本職が二輪レーサーという辺りも仮面ライダーを彷彿させる。

 そして、主題歌が死ぬほどかっこいい。


 主人公の名乗り口上時に、多数のカメラでカットを切り替える時代劇のような演出。
 これまでのヒーローにない、前傾姿勢の異形のクラウチング・スタイル。
 特殊撮影による人間離れしたアクション。



 ※ 特に前傾姿勢のアクションは、後年のスパイダーマン原作に影響を与えたとさえも言われる。実際、1967年版の米アニメや1970年池上遼一版コミックではクラウチング・スタイルは強調されていない。


 (´・Д・)」 しかも、映画「スーパーマン」は2時間の付き合いだったが、スパイダーマンは約1年の付き合いである。
 ワタクシはスパイダーマンにぞっこんだった。

 ある意味、アメコミとほぼ関係がないアメコミだが、ワタクシにとってのアメコミ導入は、スパイダーマン(東映版)が初だったのである。
 それが44年前。
 この時に抱いたスパイダーマンへの想いは、断続的に、燃え上がったり冷え込んだりを繰り返し、


 「スパイダーマン ノーウェイホーム」によって
 スパイダーマンを好きで良かったと昇華される。


 この記事はおそらく長きに渡って連載される。予測としては一週間ぐらいであろう。
 まず、その序曲としての「なめそれ編」は以上で終わりだ。

 明日は、「待ってました! サム・ライミ版スパイダーマン! アメコミ映画の歴史を変えた作品!」


 「サム・ライミ版スパイダーマン編」をお送りします。


 ※ この記事はすべて無料で読めますが、もう1回と言わず、もう2回ぐらい「ノーウェイホーム」を劇場で観たいので、投げ銭をお願いします。
 なお、この先には連載第1回なので、作品鑑賞には何の問題のないネタバレが書かれています。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。