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子どもが障害だと親が決めつけるな(と言われた話)

タイトルのそれが起きたのは、およそ3年前です。
隣保の集まりに子連れで参加したときのことでした。
その時点では既に、長男も次男も発達障害の診断を受け、療育・発達外来に通っていました。(前提)

隣保の集まり…私はひとり親なので幼児を置いて参加する事はできません。そのため、いつも子連れ参加していました。
決まって言われるのは「落ち着きないなぁ」「言葉がまだ分からへんねんなぁ」でした。

それらを言われることには慣れていました。
ただ、これからも数年は付き合っていく隣保の方に、今まで言ってこなかった「子どもの発達障害」について伝えることにしました。
伝えた相手は、当時40代、50代の男性2人。
(ここでは、特に多動の激しい次男について話しました)

・発達障害と診断を受けていること
・特性として落ち着きのなさ(多動)があること
・まだ薬の飲める年齢ではないこと
・発達自体も2年程度の遅滞があること
・病院や療育で支援を受けていること

すると、返ってきた言葉は

親がそうやって病気だ障害だと決めつけるから、病院やら療育やら連れて行かれて子どもが可哀想だ

このくらいの年齢なら落ち着き無くても言葉が遅くても当たり前

子どもを障害者にしたいのか

お前の育て方の問題やろう、親が悪いからそうなるんや

等といったものでした。

私は、仕事の時間も自分の時間も削り、色々な手間もお金もかけて、子どもたちが将来的に困りごとの少ない日々が送れるために、小さな年齢から発達を気にし、色々なところへ相談し、心ない言葉を掛けられても「お騒がせしてすみません🙂」って過ごしてきました。

それが全部否定された気持ちになりました。

その寄り合いでは、お酒も多少入っていましたし、そのくらいの年代の方に発達障害を理解してもらえるつもりもなかったのですが、さすがに20も30も年下の私に対してだとしても失礼だと思いました。

発達障害と診断を受けていること
(私が勝手に決めつけているわけではないこと)

発達障害は生まれつきの障害であり、病気ではないため根治するものではないこと

将来のことを考えたときに、できるだけ早い段階で気づき、適切な支援を行う必要性を感じて今の行動に至ること

を伝えました。

しかし、相手も譲りませんでした。
私はその席を離れ、寄り合いの場所の真っ暗なキッチンスペースで一人過ごしました。

3年ほど前の話ですが、未だに忘れることができません。
許すこともできません。
理解のない方が多いことも体験として実感してるし、心ない言葉を掛けられたことも数知れず。
スルーすればいいのに、気にしなければいいのに、私は3年経っても根に持っていました。

そして、先日、その時の50代の方とお話していた際に、当時の40代の方の話題が相手から出てきて当時のことをまた思い出し、あの一件以降苦手意識があること・私はあなたたちに言われたことを一生忘れられないと言ってしまいました。

(言わなくてもいいのに、言ってしまう。だから上手くいかないことをたくさん経験してきたはずなのに、言ってしまったわけです)

そしたら、その50代の男性が「ちょっと家に来い」と。

近所なので行きました。
(普段もよく会うし、よく話す、どちらかと言うと仲のいい方です)

そうすると、色々といただき、
「俺のこれまでの失言を忘れてくれ、すまんかった。」
と言われました。

その方はとてもプライドが高く、普段から自分の意見を変えることがほとんどありません。人生経験が豊富で多くの実績のある自分が正義、というような方です。

その言葉に私は驚きました。

現在は、当時診断されていた発達障害(ASD・ADHD・軽度知的障害)に加え、次男については、てんかん・吃音症も加わっており、それも含めて支援や通院を繰り返しています。

ほんとは、会社に子どもの体調不良や通院で休みをもらったり療育のために毎週半休をもらったりしている中でいつも頭を下げて、申し訳無さすぎて辞めたいと思ったことも百万回以上ありました。

それでも、子どもたちの将来の生きやすさのためと思って、心に鞭打って現在もやっています。

でもその3年ほど前に否定された言葉がどうしても抜けなくて。

診断され、特別児童扶養手当も中度で受給しており、この度は長男と次男の療育手帳の交付申請にもやっと乗りだそうとしてます。

それでも、どうしても言われた言葉を消化できなくて。

ほんとは「これが普通やと思うか?」「普通の子どもはこんなんか?」と私が逆に周りに訴えたいんです。
普通の、個性の幅を超えているからこそ専門的な支援や理解や配慮が必要なのだと、見てわからないのか!!!と声を大にしてずっと言いたかった。

それを言ったわけではないですが、その50代の男性が、自分の発言を「失言」であったと思ってくれたことが、一つ嬉しかったです。

40代の男性については、今後関わることもない方なので、根に持ったまま生きていきます。

そして、実母(現役保育士・歴30年以上・3人子育て済)に、子どもが発達障害と診断されたと報告したときに言われた言葉も一生忘れません。

あんたの育て方が悪いんやろ

実母は、確かに発達障害の専門家ではありません。
でも、社会人初めての仕事は児童発達支援施設での仕事(約8年)で、そこから専業主婦をし、父との死別を機に、現在の保育園へ保育士として就職し約30年勤めています。(管理職にまでなっています)

そういった経歴からも、正直、一番理解してくれると思っていました。
もちろん発達に難を抱えた子や様々なハンディキャップを負った子やグレーゾーンで発達の問題を見過ごされてきた子、そしてその子たちを育てる親を見てきてるからです。

しかし、その実母から出た言葉が前述の言葉でした。

一生忘れません。根に持ちます。
期待した私が馬鹿だったのかもしれないけれど、実家から県をまたいでひとりで子育てしてて、周りに発達障害についての理解のある人もいなくて、なんなら住んで浅いため友だちや知り合いと呼べる人すら居ない環境で相談できる相手もいない中、唯一理解してもらえると期待してしまった。

ご近所の50代男性からの3年ほど前の言葉については、消化できないけれど、もう責める気持ちはありません。

でも、これからもそういった言葉を周りから聞いて、消化できない気持ちが蓄積していくのだと思います。

つらいな、って時々思うし、療育や病院に行くから発達障害と言われるなら、行かなければいいんやと思ったこともあります。

でも、自分が所謂、大人の発達障害と26歳で診断され、自身の発達障害の特性との向き合い方も付き合い方も、今までの生きづらさも現在の生きづらさも何も理解できず、人間関係も昔から難しくて、大人になってから子どもたちがこんな思いをしなくても済むなら、今ある心ない言葉の矛先が親の私である内にできることはしていこうと思います。

いくら傷つく経験をしても心は強くなりません。

諦めることが得意になるだけです。
諦めたからと言って、消化できるわけではありません。

それでも、こんな生き方しか選ぶことができないのです。

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