袋小路コウジ

日常にある小さな物語を書いています。 #だいたい週刊 #気まぐれ

袋小路コウジ

日常にある小さな物語を書いています。 #だいたい週刊 #気まぐれ

最近の記事

完全版、もしくは野暮な話

いつもしらないところへ たびするきぶんだった この言葉を口にするところから1日は始まる。それは、祈りの言葉でもあり無機質なチャイムかサイレンのようなものでもあった。 船は穏やかな海を漂っている。視界は良好。頭上には、目玉焼き、と名づけた太陽が燦燦と輝いている。やっとの思いで難を逃れ、得た安息も長く続くとさすがに飽きてくる。あらゆるものに名前をつけたなかの1つが、目玉焼き。 「今日はなにするー?」 マストの上にいる相棒(こっそり「たぬき」と名付けた)から声が掛かっても、すぐ

    • ミックスジュース(2)

      「ちょっと飲ませて」「ん」 ラジオのチューニングが合うように、隣の席に座っているカップルの会話が、唐突に耳に入ってきた。女の子が自分の飲み物を男の子に渡す。店の入り口に大きなポスターが貼られている夏季限定のジュース。ピンクから黄色へのグラデーションが南国の夕暮れを彷彿とさせる飲み物。ポスターには、商品が大きく写し出され、その上に、夏の刹那を具現化したような手書き風のフォントで、商品名が書かれている。「華やか」に分類される飲み物だ。 「これ何味?」「わかんない」 「ピーチとかレ

      • ミックスジュース(1)

        自動ドアが開くと、あっという間に冷気が全身を包み込んだ。 店内を見渡して、空いている席を探す。喫煙ルームのすぐ横の席しか空いていなかったけれど、別の店まで歩く気になれず、そこで手を打つことにした。カバンを置いてレジカウンターに向かう。アイスコーヒーをカウンターで受け取って席に戻る。一口飲んだとき、やっぱりもっと甘い飲み物にすれば良かった、と小さく後悔した。フローズン、フラペチーノ、スワークル、といった類の、「甘い」というより「スウィート」といったほうが、よりしっくりくるような

        • チン、と甲高い音がして、エレベーターが止まる。 甲高い音は、耳から入ったことを感じさせない速さで頭の真ん中に届く。扉が開いて、何人か乗ってくる。「荷物や肌が触れ合うほどではない」くらいに混み合っている。エレベーターは、それ専用のエアコンが付いていないのか、フロアに比べると温度が高く、「人工的な寒さ」は緩和されているけれど、そのぶん「人工的な」部分が強調されている。無機質だ。こんなに近くにひとがいても。 目の前に、前に立つひとのうなじが見える。お互い身動きが取れない状況で、それ

        完全版、もしくは野暮な話

          共鳴と雷鳴(後編)

          テンポが上がりそうな会話をペースダウンさせるように、レイはゆっくりと雑誌から視線を外して、中空を見つめた。何度も見た横顔だった。静かな音楽が、僕とレイの間を通り過ぎていく。決して冷たいわけではないけれど、ひんやりとした温度で、障害物をうまく避けながら低空飛行を続けている。耳から入ってくるというよりも、体の表面が、皮膚が音に触れている感覚だった。音楽が鳴っていること以外に、時間が流れていることを認識できるものはなかった。夜から切り離された時間は、孤独でもあり、自由でもあった。目

          共鳴と雷鳴(後編)

          共鳴と雷鳴(前編)

          「ねえ、久しぶりにあれ聴きたい」 そう言ってレイが口にしたのは、ニューヨークのバンドのセカンドアルバムだった。 「良いね。ちょっと待ってね」そう言って僕はCDを入れ替える。 代わりにステレオから出したCDは、曲調に比べてずいぶん派手なデザインで、停止されたことを不服に思っているみたいだった。なんとなく申し訳ないことをしたような気になりながらケースにしまう。 トトトトトト・・と、規則的に鳴る音が、胸の鼓動のようで心地良い。ありがとう、とレイは小さく言う。ん、と喉の奥で返事をする

          共鳴と雷鳴(前編)

          スイカ(2)

          「あ、植木等だ」サヤが言う。誰かがレコードをかけたようだ。集まったみんなから歓声が上がり、手拍子が始まった。 「やっぱりこういうときは植木等なんだよなー」サヤは悔しそうに言う。 ミドリの置いてったレコードだよ、今度は少し寂しそうに。 サヤが生まれたとき、お父さんはコルトレーンのレコードを買ってきた。その2年後、ミドリのときは植木等。大きくなってからは、植木等のレコードのカッコよさにも気づいたし、親戚が集まると盛り上がるのでよく聴いた。 でも、小学生のミドリには(というか、ほと

          スイカ(2)

          スイカ(1)

          「人生なんてさ、スイカみたいなものなんだから」 そう言ってサヤは、ぷぷっとスイカの種を飛ばした。種は部屋からの光に押し出されるように飛んで、庭に落ちた。ミドリとサヤは、宴の席を抜けて縁側でスイカを食べている。 「がぶっと勢いよくかぶりつくとさ、種も一緒に口に入ってくるし、調子にのって食べ進めると、いつの間にか白くなっておいしくなくなっちゃうし」 また、ぷぷっと飛ばす。がぶっとかぶりついて器用に種だけを飛ばす。見事な食べっぷりは昔から変わっていない。ミドリは隣で見ながらついつい

          スイカ(1)

          木魚

          「カナの手ってさ、米倉涼子みたいだよね」 唐突に、木魚にそう言われた。夕食を食べ終え、みかんを食べているときだった。米倉涼子と言われて気を悪くする女はそうはいないだろう。アタシもそうだ。 「あ、そうなんだ。ありがとう。米倉涼子の手、よく知ってたね」 みかんの白いのがある程度取れたところで口に入れる。甘酸っぱさが口に広がる。 「米倉涼子の手は知らないよ。なんで?」 そんなこと関係なくない?と言わんばかりに、木魚がそう応えた。 木魚は、みかんの白いのを取り続けている。きっちり取り

          キャッチフレーズ(15)

          各教室から出された段ボールや、木の端切れが校庭の真ん中に集められ、やぐらのように組まれていく。毎年、後夜祭と称して、これらを燃やしてキャンプファイヤーをするのがこの学校の伝統となっている。少しずつ空が、青色から藍色、さらに濃い藍色へと変化していく。西の空は、ママレードみたいなオレンジ色だ。白く輝く金星も見える。 「この時間の空って、スマホで撮る写真みたいに縦長の印象なんだよなー」 声がするほうを見ると杏奈がいた。俺が声を出す前に、杏奈が続ける。 「みたいなこと思ってんでしょ?

          キャッチフレーズ(15)

          キャッチフレーズ(14)

          結論から言おう。 本番当日、無事20組の出囃子はお披露目され、大盛況の中、お笑いライブは終わった。俺の考えた出囃子が良かったかどうかは分からない。出囃子に注目している観客はいないし、それによって盛り上がりが変わったとも思えない(この点は、後で啓太に文句を言おう)。ただ、何組かにお礼を言われたので、演者のほうは、無いよりはあったほうが良かったんだと思う。そういう意味で、無駄ではなかったわけだ。お礼を言ってくれた奴らの中に、瀬戸田西畑がいたので、ちょっと話してみると、途中でネタを

          キャッチフレーズ(14)

          キャッチフレーズ(13)

          いつもの教室に着くと、杏奈は先に着いていた。俺に気づいた杏奈が駆け寄ってくる。 「ちょっと遅いよ。みんな待ってんだから」「わるいわるい」 そばに来た杏奈が小声で続ける。 「昨日何かあった?みんなさ、潤と話がしたいって」 思い当たるものはなかった。何かあったかと言われても、昨日は途中で帰ってしまったし、その後のことは分からない。 「途中で帰ったし、その先のことは・・。もしかして、もう任せられないってことかな?」 「いや、そんな感じじゃないんだよね。潤に協力したいって」 二人で顔

          キャッチフレーズ(13)

          キャッチフレーズ(12)

          文化祭前日。いつもより早めに目が覚めた。そりゃそうだ。昨日、学校から帰った後、夕食も食べず、風呂も入らず、そのまま寝てしまったのだから。おかげですっかり体調も良い。シャワーを浴びて、早めに家を出ることにした。 学校に着くと、昨日と同じように杏奈に肩を叩かれた。 「よっ」「おっ」 昨日と違って杏奈の表情は明るい。「調子どうよ?」 20組中、残り9組。はっきり言って逃げ出したい。すっきりと目覚め、気持ちよく家を出たのは良いが、学校が近づくにつれて、足が重たくて仕方なかった。 「

          キャッチフレーズ(12)

          キャッチフレーズ(11)

          「ネタが滞留するところあるだろ?あの前から、俺のツッコみがちょっとずつ早いのかもしれない。西畑は何となく感じ取って、テンポを落とそうとしてんじゃないかな」 「そこで滞留した感じになるってこと?」 瀬戸田が頷く。 「『テンポ良く』って意識して、焦り過ぎて、ツッコみが早かったのかも。西畑がどうボケるか知ってるから、聞いている人が消化するより前にツッコんでしまってるのかもしれない」 なんかこいつらすげえなあ、俺はそう思った。同時に、もう大丈夫だろうと思った。俺は元の席に戻ることにし

          キャッチフレーズ(11)

          キャッチフレーズ(10)

          「サッカーに興味ない奴がいる前で、サッカーの話をするような?」西畑が聞いてくる。 俺と西畑は、瀬戸田が考え込んでいる間、2人で答えを探っていた。 「うーん。それよりもっと深い感じかな。サッカーのあるある話をされているみたいな。しかもさ、どんどんマニアックなところに入っていくの」俺が答える。 「ああ。ありますね、そういうこと。知っている奴らだけが話に着いていって、最後はグループ内の予定調和的な感じで終わっちゃうっていう」「そんな感じかな」 2人で滞留の原因、もっと言うと、なぜ面

          キャッチフレーズ(10)

          キャッチフレーズ(9)

          俺は結局、また2人に声を掛けることにした。キーワードと想像だけでは限界があると思ったからだ。特にこの2人については。 「あのさ、邪魔して悪いんだけどさ、やっぱりもう一度話し聞かせてくれないかな」 さっきまでとは違い、瀬戸田が受け取った。 「僕らもちょうど話があって」「え、何?」カウンターパンチをくらう。構わず瀬戸田が続ける。 「さっき、ネタの途中で流れが止まるっていう話をしたと思うんですけど」「ああ」 「ちょっと俺らのネタ見てもらえませんか。それで、何か気づいたことがあれば、

          キャッチフレーズ(9)