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経営学におけるパーパスの特徴──学術論文の文献調査とKJ法を用いた整理

私が学位取得した北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)では、副テーマ研究が必修単位として課せられています。この記事では、私が博士前期課程在籍1年目に取り組んだ副テーマ研究の成果物をそのまま公開します。知識創造論の講義も担当されている由井薗隆也先生に副テーマ指導教員としてご指導いただき、2022年2月23日に提出しました。
当時の成果物をそのまま転記しているため拙い部分も多々あること、また、口頭発表や査読などを通じた学術的批判を乗り越えてはいないことはご承知おきください。

副テーマ研究の補足:履修案内によれば、「副テーマ指導教員から指導を受け、主テーマとは異なる、隣接又は関連分野についての基礎的な知識や能力等を修得し、又は協同で研究を行うことによって、学生が視野を広げながら複眼的視点を身につけるための研究」とされています。また、博士前期課程であれば「標準的な研究期間は2か月」で、「副テーマ終了の成果物を副テーマ指導教員及び教務係に提出」で完了となります。研究室によっては、この成果物で学会での口頭発表を目指すこともあるようです。


「経営学におけるパーパスの特徴──学術論文の文献調査とKJ法を用いた整理」

1 研究背景と目的

1.1 企業経営におけるパーパスへの注目

近年、企業経営においてパーパスへの注目が高まっている。英単語のpurposeを直訳すると「目的」であるが、企業経営の文脈で訳される際にはカタカタで「パーパス」、もしくは「存在意義」と意訳されることも多い。
日本経済新聞電子版で掲載されている記事において、パーパスのキーワード検索での該当数は2018年の掲載記事では0件であった。しかし、2019年10件、2020年29件、2021年69件と数年の間に急増している。また、表1に示すように、パーパスがタイトルに含まれるビジネス書も2018年1冊、2020年1冊、2021年6冊と急増している。
しかし、これらの記事や書籍においてパーパスの統一的な定義はなく、一部においてはミッション・ビジョンと混在しているような記載も散見されるのが実態である。

表1 パーパスがタイトルに含まれるビジネス書
著者・編者(出版年月)『タイトル』
丹羽真理(2018年8月)『パーパス・マネジメント──社員の幸せを大切にする経営』
ボストンコンサルティンググループ編(2020年8月)『BCG次の10年で勝つ経営──企業のパーパス(存在意義)に立ち還る』
名和高司(2021年4月)『パーパス経営──30年先の視点から現在を捉える』
長谷川直哉(2021年5月)『SDGsとパーパスで読み解く責任経営の系譜』
齊藤三希子(2021年7月)『パーパス・ブランディング──「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか?」から考える』
岩嵜博論・佐々木康裕(2021年8月)『パーパス──「意義化」する経済とその先』
藤平達之(2021年12月)『クリエイティブなマーケティング──パーパスを起点に新しい顧客体験をつくるPJMメソッド』
永井恒男・後藤照典(2021年12月)『パーパス・ドリブンな組織のつくり方──発見・共鳴・実装で会社を変える』

1.2 パーパスを扱う国内の論文

経営学におけるパーパスは、実学に資する論文の提供を掲げるDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューでも特集として複数回取り上げられている。初回は2019年 3月号特集「パーパス」、続いて2020年10月号特集「パーパス・ブランディング」、そして2021年10月号特集「ステークホルダー資本主義」においてもサブタイトルが「パーパス主導の経営で新たな未来をつくる」とされており、パーパスへの注目が続いていることが確認できる。
しかし、パーパスの学術的な論考は国外で先行しており、日本(語)ではまだ少ないのが現状である。企業経営の文脈でのパーパスがタイトルに含まれる国内の学術論文は、2022年1月末時点では表2の3篇しか管見の限り見当たらない。なお、森一彦(2020)はNIKEのプロモーション事例を調査対象としたパーパスとブランドの関係性、木原佑太・石岡賢(2020)はブランド・パーパス構築のための目的工学を援用した方法論について論じているが、パーパスそれ自体を明らかにすることに主眼はおかれていない。また、桜井徹(2021)については後に詳述するが、企業パーパス論と組織パーパス論のうち前者が主題となっているため、経営実務からは距離があるように思われる。

表2 パーパスがタイトルに含まれる国内の学術論文
著者(出版年)「論文タイト」雑誌名・学会報告
森一彦(2020年)「NIKEでのブランド概念の変遷とパーパスの役割──NIKEの時系列変遷を辿り,デジタルトランスフォー メーションでのブランド概念を論考する」ビジネス&アカウンティングレビュー25巻
木原佑太・石岡賢(2020年)「ブランド・パーパスの構築および運用手法に関する考察」経営情報学会2020年全国研究発表大会予稿原稿
桜井徹(2021年)「株主資本主義批判としての企業パーパス論──意義と限界」国士舘大学経営論叢10巻2号

1.3 本研究の目的

本研究では、国外で先行しているパーパスを扱う学術論文の文献調査を行い、創造技法であるKJ法を用いて「企業の掲げるパーパスは、どのような特徴があり、いかに位置付けられ、何が期待されているのか」を明らかにする。
以下、本稿は下記の構成で展開する。第2章では、先行研究から企業パーパス論と組織パーパス論の違いに触れた後に、組織パーパス論についての国外の先行研究を6篇取り上げる。第3章では、研究方法として採用するKJ法の説明と本研究の手続きを述べる。第4章では、KJ法によって作成した図解を叙述化し、企業の掲げるパーパスの特徴・位置付け・期待について言及する。第5章では図解化・叙述化した内容の考察を行い、最後に第6章では総括に加えて学術的意義、実務的意義、本研究の限界と今後の研究への示唆を述べる。

2 先行研究

2.1 企業パーパス論と組織パーパス論

桜井(2021)は、厳密な区別はないと前置きをしたうえで、パーパスの論考を「企業パーパス(corporate purpose)論」と「組織パーパス(organizational purpose)論」に大別している。
企業パーパス論とは、「株主第一主義ないしは株主資本主義批判を含めて利益の追求が企業パーパスでないとする立論」(桜井 2021: 30)である。桜井(2021)では、この企業パーパス論に主眼をおき、経済界や英国学士院などの発信内容を参照しながら、価値と使用価値の矛盾としてパーパス論の把握を試みている。
一方、組織パーパス論は、「体内的には、管理者や従業員を統合し、対外的、とくに対顧客向けに、ブランディングやマーケティングの手段として、パーパスの役割を重視している立論」(桜井 2021: 30)とされる。桜井(2021)の暫定的なパーパス論の分類表でも示されているように、組織パーパス論は個別企業やコンサルタント会社に所属する実務者の発信が多数あるものの、研究者やその先行研究の数は企業パーパス論よりも少ない。この点は、「パーパスは経営者の日々のマネジメントから生み出されてきた実践知」(岩嵜・佐々木 2021: 41)という指摘とも合致している。そのため、パーパスの統一的な理解がないままに実務者個人の解釈で発信されている現状を生み出していると考えられる。
本研究では、組織パーパス論の文脈でパーパスを取り扱っていく。以下、組織パーパス論の先行研究として、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文3篇、Harvard Business Reviewに掲載された論文1篇、経営学分野のトップジャーナルであるJournal of ManagementおよびAcademy of Management Journalに掲載された論文1篇ずつの計6篇を取り上げる。

2.2 Kenny(2014=2019)「ビジョン、ミッション、バリューとはどう違うのか」

この論文はDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2019年 3月号特集「パーパス」に含まれており、原典は2014年にHBR.orgで掲載された“Your Company’s Purpose Is Not Its Vision, Mission, or Values”である。Graham Kennyはコンサルタント会社を率いる実務家であり、原典もWeb上の記事として掲載されている内容のため、学術的な論文とは言い難い。しかし、原典の被引用数(2022年1月時点、以下同様)はGoogle Scholar上で63となっており、以降の研究に影響を与えていると考えられる。
論文の内容は、混在されている用語の差異を明らかにすることを目的に、ビジョン・ステートメント、ミッション、バリュー、プリンシパルの定義を示した上で、パーパスによる効果について言及している。しかし、他の用語とは異なり、パーパスについては企業事例を取り上げているが、パーパスそれ自体の定義については触れられていない。

2.3 Quinn and Thakor(2018=2019)「パーパス・ドリブンの組織をつくる8つのステップ──仕事に意味を見出した従業員の圧倒的パワーを活用せよ」

この論文はDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2019年 3月号特集「パーパス」に含まれており、原典は2018年のHarvard Business Reviewに掲載された “Creating a Purpose-Driven Organization”である。Robert E. Quinnはミシガン大学ロススクール・オブ・ビジネスで、Anjan V. Thakorはセントルイス・ワシントン大学オーリン・ビジネス・スクールで教鞭を取る研究者である。原典の被引用数はScopus上で26となっている(Google Scholar上では当該論文は未掲載)。
論文の内容は、パーパス・ドリブンな組織をつくるためのフレームワークとして、マネージャーの実践を想定した8つのステップを提唱している。そのステップは下記の通りである。
⑴触発された従業員の姿を想像する
⑵パーパスを見つけ出す
⑶根拠の必要性を認識する
⑷信頼できるメッセージを一貫性あるメッセージに変換する
⑸個人の学びを奨励する
⑹中間管理職をパーパス主導のリーダーに変える
⑺従業員をパーパスに結びつける
⑻ポジティブ・エネジャイザーを活躍させる
このように、パーパスを組織内で浸透させるための具体的なステップが示されているが、パーパスそれ自体の特徴や位置付けはまとめられていない。

2.4 Malnight et al.(2019=2020)「パーパスを戦略に実装する方法」

この論文はDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2020年 3月号に含まれており、原典は2019年のHarvard Business Reviewに掲載された “Put Purpose at the Core of Your Strategy”である。筆頭著者のThomas W. MalnightはIMDで教鞭を取る研究者である。原典の被引用数はGoogle Scholar上で38となっている。邦訳も原典の出版から半年ほどでなされており、ここからも日本におけるパーパスの注目度の高まりがうかがえる。
論文の内容は、高成長企業の多くがパーパスを戦略の周縁から中心へ移していることを調査によって明らかにした上で、パーパスが戦略の中心となっているかをリーダーが絶えず評価していくことの重要性を説いている。また、パーパスの戦略的役割を2つに整理するなど、パーパスそれ自体の特徴にも言及している。

2.5 Bartlett and Ghoshal(1994)“Changing the Role of Top Management: Beyond Strategy to Purpose”

この論文は1994年のHarvard Business Reviewに掲載された、パーパスに関する論文としては最も古典的なもののひとつである。Christopher A. Bartlettはハーバード・ビジネス・スクールに、Sumantra Ghoshal(2004年に逝去のため掲載当時)はロンドン・ビジネス・スクールに所属する研究者である。被引用数はGoogle Scholar上では681となっており、以降の研究に多大な影響を与えている。
論文の内容は、トップマネジメントの役割や責任に主眼をおき、戦略の構築ではなく組織の目的の形成や企業理念の浸透を優先すべきだと指摘している。論文のタイトルになっているように、Strategyと対比する形でPurposeの概念を取り上げていることは、現在からみると予見的な内容とも捉えられる。

2.6 Hollensbe et al.(2014)“Organizations with Purpose”

この論文は2014年のAcademy of Management Journalに掲載された論文である。Academy of Management Journalは、Scopus CiteScore 2020が14.2、Strategy and Managementカテゴリーのランキングが#4/440であり、経営学のトップジャーナルのひとつである。筆頭著者のElaine Hollensbeはシンシナティ大学リンドナー・カレッジ・オブ・ビジネスで教鞭を取る研究者である。被引用数はGoogle Scholar上で274となっている。
論文の内容は、アイデンティティ、創業者の思想、ミッション、ビジョン、価値観など様々な概念を内包するものとしてパーパスを捉えた上で、共通善(Common Good)を生み出すためにパーパスを重視すべきだと指摘している。また、組織としてパーパスを達成するために持つべき6つの価値観として、⑴尊厳、⑵連帯、⑶複数性、⑷補完性、⑸互恵性、⑹持続可能性を挙げ、それぞれについて論じている。

2.7 George et al.(2021)“Purpose in the For-Profit Firm: A Review and Framework for Management Research”

この論文は2021年のJournal of Managementに掲載された論文である。Journal of Managementは、Scopus CiteScore 2020が21.4、Strategy and Managementカテゴリーのランキングが#1/440であり、経営学のトップジャーナルのひとつである。筆頭著者のGerard Georgeはジョージタウン大学マクドノウ・ビジネス・スクールで教鞭をとる研究者である。本研究で取り上げるなかでは最も新しい論文だが、被引用数はGoogle Scholar上ですでに18となっている。
論文の内容は、パーパスと類似する用語の先行研究レビューをした上で、パーパスの統一的な定義およびフレームワークを提案している。著者らの提案では、パーパスは全ての用語を包括するメタ的な概念、つまりフレームワークの全体像を指し示しており、下記のように定義している。
Purpose in the for-profit firm captures the essence of an organization’s existence by explaining what value it seeks to create for its stakeholders. In doing so, purpose provides a clear definition of the firm’s intent, creates the ability for stakeholders to identify with, and be inspired by, the firm’s mission, vision, and values, and establishes actionable pathways and an aspirational outcome for the firm’s actions.
(営利企業におけるパーパスは、ステークホルダーのためにどのような価値を創造しようとしているのかを説明することで、組織の存在意義の本質を捉える。それによって、パーパスは企業の意図を明確に定義し、ステークホルダーが企業のミッション、ビジョン、価値観に共感し、鼓舞される能力を生み出し、企業の行動に対して実行可能な道筋と志の高い結果を確立する。)

以上、6篇のパーパスに関する先行研究を概観したが、パーパスの重要性が指摘されている点は共通しているものの、パーパスそれ自体の捉え方や位置付け、挙げられている特徴や及ぼす影響などは様々である。

3 研究方法

3.1 方針

本研究では、「企業の掲げるパーパスは、どのような特徴があり、いかに位置付けられ、何が期待されているのか」を明らかにするために、2章で取り上げた組織パーパス論の先行研究6篇をデータ元として、創造技法であるKJ法に取り組む。

3.2 KJ法

KJ法とは、文化人類学者の川喜田二郎が考案した創造技法で、「新しい仮説を見いだすために、文化人類学などの分野における野外調査を通して得られた生のデータをシステム化するための技法として開発された」(杉山 2008: 207)。創造技法は世界中で300種類以上のものが知られているが、「日本で最も普及しているのは収束技法であるKJ法」(國藤 2008: 217)とされる。
ここで気をつけたいのは、「KJ法」の指す範囲である。川喜田(1967)の『発想法』では、図1の全体像が示されており、これは後に「W型問題解決モデル」(川喜田 1970)と称される。KJ法がこのモデル全体を指す場合は、それは6ラウンド型累積KJ法のことを示す。

図1 W型の図解 出典:川喜田(1967: 22)

一方、川喜田自身が「KJ法の位置づけは、広くいえば野外科学的方法であり、そのなかの、とくに発想法部分、そのなかのさらに中核的な技術として位置づけされよう。KJ法が発想法の全てではないが、KJ法を抜きにしては発想法は成立しないであろう」(川喜田 1967: 62)と述べている通り、その核心は図1で示されるところの「発想(C→D)」の部分である。KJ法がこの「発想(C→D)」における技術・手順を指す場合は、狭義のKJ法といえる。狭義のKJ法とは、「集めた情報群において似たものをグループ化し、そのグループの意味するところを帰納的に表現するという手順を何度も繰り返し、図解として空間配置を求め、叙述化を通じて創造的問題解決を図るもので、空間型の帰納法として代表的なもの」(杉山 2008: 208)であり、その主な手順は図2の通りである。

図2 狭義のKJ法の手順 出典:杉山(2008: 207)をもとに作成

3.3 本研究での手続き

図解化にあたり、下記の手続きで狭義のKJ法に取り組んだ。
⑴ラベルづくり
2章で取り上げた組織パーパス論の先行研究6篇から、パーパスについて直接的に言及され、かつ、その特徴が端的に示された文章を抽出し、表3に示す合計20のラベルを作成した。なお、邦訳されている論文は原文を確認しつつも邦訳文章をそのまま引用し、未邦訳論文は筆者が日本語に翻訳した文章を採用した。また、この時点で、作成したラベルについて指導教員にレビューいただいた。
⑵グループ編成
ラベルをそれぞれラベルシートに書き写し、図3のようにランダムな順序でラベル拡げを行い、グループ編成に取り組んだ。グループ編成1段目では図4の通り新たに7つの表札づくりを行なった。グループ編成2段目では図5の通り新たに4つの表札づくりを行なった。グループ編成3段目では図6の通り新たに2つの表札づくりを行なった。3段目を終えた時点で表札の数が7±2に収まったため、グループ編成を終了した。
⑶シンボルマークづくり
ラベルの集まりの意味内容を情念的に訴えるシンボルマークを、図7のようにキャッチコピーの形式でラベルの集まりごとに作成した。
⑷図解化
図8のようにシンボルマークで空間配置を検討した後に、図9の通り図解化を行なった。指導教員にレビューいただき、空間配置とシンボルマーク間の関係性について助言を受け、図10のように空間配置を再考した。図11の図解化を行い、もう一度指導教員にレビューいただき、出所の論文とラベルの対応がわかるよう番号を振って完成版とした。図12は、ラベルシートを模造紙に貼りつけた同内容の図解である。

表3 組織パーパス論の先行研究6篇から作成したラベル
出典 No.「ラベル内容」
Kenny(2014=2019)
1「パーパスは会社が会社自体をどう展望すべきか、どのように行動すべきかを強調する」
2「パーパスは「自分たちは他の誰かのためにこれをしている」と述べ、マネージャーやスタッフの動機付けともなる」
Quinn and Thakor(2018=2019)
3「信頼できるパーパスが事業戦略や意思決定に浸透した時に、個人の利益と全体の利益が一つになる」
4「パーパスは生み出すものではなく、すでに存在するものである」
5「パーパスはただの高邁な理想ではなく、企業の財務の健全性や競争力にも実際的な影響を与える」
Malnight et al.(2019=2020)
6「パーパスは活動領域の再定義を助ける」
7「パーパスは提供価値の再形成を可能にする」
8「説得力のあるパーパスは極めて意欲的なものである」
9「リーダーはどうすればパーパスが戦略の指針となりえるかをたえず評価し、状況の変化に応じてこの関係を調整または再定義しなければならない」
Bartlett and Ghoshal(1994)
10「パーパスとは広義の責任に対する企業の道徳的対応を示すものである」
11「パーパスとは戦略ではなく、組織が存在する理由である」
Hollensbe et al.(2014)
12「パーパスを重視することは、事業と社会の相互依存性を認識することである」13「パーパスはそのリーダーが長期にわたって意図的に行動できるように、十分に具体的である必要がある」
14「パーパスは企業が事業を行うコミュニティで生み出すポジティブな影響を増幅させるための包括的な枠組みを提供する」
George et al.(2021)
15「具体的な文章でいかにパーパスを捉え定義するかが重要である」
16「パーパスは永続的で向上心のある性質を持つ」
17「パーパスは特定の競争的欲求を満たすことにつながる」
18「パーパスは、人々と組織の関わり方についての深く根付いた中核的信念と揺るぎない原則に根ざしていなければならない」
19「パーパスは社会的な目標を組織に組み込むことの重要性を強調する」
20「パーパスはスチュワードシップの重要性に焦点をあてる」


図3 ラベル拡げ
図4 グループ編成1段目
図5 グループ編成2段目
図6 グループ編成3段目
図7 シンボルマークづくり
図8 シンボルマークによる空間配置
図9 図解(暫定版)
図10 シンボルマークによる空間配置(再考)
図11 図解(再考)
図12 図解(完成版)

4 結果

4.1 図解の叙述化

本章では、図2の狭義のKJ法の手順のとおり、図解化の次にあたる叙述化によって、「企業の掲げるパーパスは、どのような特徴があり、いかに位置付けられ、何が期待されているのか」を述べていく。以下、シンボルマークごとに拡大した範囲を図11から切り抜き、それぞれについて文章化した。なお、叙述していく順序については、図11で示したシンボルマーク間を結ぶ矢印を参照されたい。図解において矢印は3種類用いており、一方向矢印は因果関係、両端矢印は相互依存関係、両端菱形は矛盾関係を示している。

4.2 「つくるな、自覚せよ!」

図13 シンボルマーク「つくるな、自覚せよ!」

(図13)企業の掲げるパーパスは、つくるものではなく、自覚から始まる。パーパスは企業の中にすでに存在しており、企業のこれまでの営みから発見しなくてはならない。

4.3 「責任感の度量を測るウツワ」

図14 シンボルマーク「責任感の度量を測るウツワ」

(図14)他方、パーパスは責任感の度量を測るウツワでもある。人間の活動だけではなく、地球上の生態系や生物群への影響を配慮しながら事業活動を行うスチュワードシップの観点を含むパーパスは、広義の責任に対する企業の道徳的対応を示す。しかしながら、スチュワードシップの重要性は近年になって活発に議論され始めたものであり、歴史ある企業の場合はこれまでの営みとは矛盾する可能性も考えられる。

4.4 「戦略の母とリーダーは言う」

図15 シンボルマーク「戦略の母とリーダーは言う」

(図15)リーダーの目線からは、パーパスは戦略の母のように映る。企業の営みからの自覚と社会への責務が折り合ったパーパスは、企業の存在理由としての永続性や、企業自身の展望を示す向上心といった性質を有する。そのため、リーダーにとってパーパスは常に戦略の指針となる。パーパスと戦略の関係性の評価・調整・再定義を通して、リーダーの長期的行動が促される。つまり、パーパスを不動点としながらも、戦略を柔軟に変えていくことがリーダーには求められる。

4.5 「言葉で具体性を掴み取れ!」

図16 シンボルマーク「言葉で具体性を掴み取れ!」

(図16)不動点であるパーパスは、言葉で具体性を掴み取る必要がある。つまり、パーパスをリーダー個人が自覚するだけで終わらせずに、的確に言葉で表現することが求められる。見方を変えると、パーパスをいかに表現するかという観点では、リーダーの創造性が影響を与え得ると言える。

4.6 「組み込んでこそ社内が湧く」

図17 シンボルマーク「組み込んでこそ社内が湧く」

(図17)リーダーによって的確に表現されたパーパスは、組み込んでこそ社内が湧き立つ。企業の中から発見されたパーパスは、従業員を含む人々と企業の関わり方の中核的な信念や揺るぎない原則に根差しているはずである。社会への責務も内包しているパーパスの意欲的な社会的目標が、戦略だけでなく企業内の意思決定にも浸透することで、組織で働く人々の動機付けと利益の一致をもたらす。つまり、パーパスはリーダーによって表現されるが、従業員がその説得力を実感するのは戦略やリーダーの意思決定を通してである。

4.7 「社会と共振するチューナー」

図18 シンボルマーク「社会と共振するチューナー」

(図18)パーパスが社内に組み込まれたとき、それは社会と共振するチューナーとなる。なぜなら、事業と社会の相互依存性をパーパスがリーダーや従業員に認識させるためである。それにより、事業を行うコミュニティの中でのポジティブな影響が増幅することを目的として、パーパスは企業が活動領域を再定義していくことを助ける枠組みとなる。

4.8 「肉を切らせず骨を断つテコ」

図19 シンボルマーク「肉を切らせず骨を断つテコ」

(図19)社内に組み込まれたパーパスは、対競合企業の観点では、肉を切らせずに骨を断つテコとなる。コミュニティへのポジティブな影響にフォーカスすることで市場からの評価も獲得できることにより、財務健全性を伴いながらも競争的欲求を満たすような提供価値への再形成を可能にする。また、それによりポジティブな影響をさらに生み出すことになり、事業と社会の相互依存性がますます高まり、それらが相乗効果となっていくだろう。つまり、結果的に、パーパスは高邁な理想に終わらず、事業としての実績も収めることができるのである。

5 考察

5.1 考察の観点

本章では、第4章で叙述化した内容について、パーパスの根源・表現・体現の観点から考察を行なっていく。なお、ラベルづくりはDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文3篇、Harvard Business Reviewに掲載された論文1篇、経営学分野のトップジャーナルであるJournal of ManagementおよびAcademy of Management Journalに掲載された論文1篇ずつの計6篇から行ったが、論文の対応を無視して行ったグループ編成においても特定の掲載雑誌および論文に偏ったラベルの集まりは作成なされなかった。そのため、以下の考察も特定の論文の主張ではなく、今回のKJ法から見出した内容と考える。

5.2 パーパスの根源

4.2「つくるな、自覚せよ」および4.3「責任感の度量を測るウツワ」では、企業にとってのパーパスの興りが確認された。4.3で述べたスチュワードシップは2010年代から取り上げられることが多くなった概念であり、第1章で述べたようなパーパスへの近年の急速な注目の高まりとも一致している。しかし、4.2で示したように、パーパスは企業の外部から与えられるものではなく、自覚するものであり、企業はまず企業自身の内側を省みることから始めなくてはならない。一方で、社会への責任を示すような内容でなければ、企業の外側からは魅力的には映らない時代性も理解する必要がある。岩嵜・佐々木(2021)はパーパスの意訳として「社会的存在意義」を提唱しており、社会への視座が実務的な観点からも強く訴えられている。以上のことから、社会の潮流を受け止めつつ、企業自身の内側から発見するというジレンマを乗り越えなくては本質的なパーパスには到達できず、片手落ちのパーパスはパーパス“のようなもの”になってしまうと考えられる。

5.3 パーパスの表現

4.4「戦略の母とリーダーは言う」および4.5「言葉で具体性を掴み取れ!」で登場するのは、パーパスを扱うリーダーである。4.5では、パーパスの本質を言葉で表現するリーダー(もしくはリーダーを中心とした検討組織)の創造性が重要であることが確認された。パーパスの根源は自覚から始まるというその興りを鑑みると、パーパスの本質それ自体はIkujiro Nonaka and Hirotaka Takeuchi(1995=1996)で扱われる「暗黙知」とも捉え得る。つまり、パーパスの本質という暗黙知を形式知へと知識変換する表出化の重要性を指摘しているのが4.5と考えられる。空間配置をみても、4.4はリーダー個人がパーパスを暗黙的に理解していれば達成され得るが、パーパスを従業員など組織全体に波及させていくには4.5の経由は必須である。このことは、企業の知識創造のために「形式知と暗黙知が四つの知識変換のモードをつうじて、絶え間なくダイナミックに相互循環するプロセス」(Nonaka and Takeuchi 1995=1996: 105)をリーダーが意識的に回すことの重要性とも合致している。図解において欠かせない位置付けである4.5を、KJ法でいうところの「一匹オオカミ」が示していることも興味深い点である。

5.4 パーパスの体現

4.6「組み込んでこそ社内が湧く」、4.7「社会と共振するチューナー」、4.8「肉を切らせず骨を断つテコ」では従業員も登場し、組織としてのパーパスの体現の在り方と、それによってもたらされる期待が確認された。4.6では、リーダーによって表現された(形式知へと表出された)パーパスが、戦略だけではなく意思決定、つまりはリーダーの具体的な行動にまで浸透させる必要性が指摘されている。この点についても、知識創造論と符合すると考える。それは、Nonaka and Takeuchiによれば、知識創造の理論を実践するには「形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分」(2019=2020: 39)であり、知識実践の原動力としての実践知(フロネシス)の必要性を指摘しているためである。Nonaka and Takeuchiのいう実践知とは、「経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、価値観とモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識」(2019=2020: 39)を指す。つまり、リーダーにはパーパスの有言実行による実践知の発揮がなければ、従業員にパーパスの説得力を感じさせ、知識創造から知識実践へと移すことができないと考えられる。パーパスは自覚的なものであるからこそ、同一の企業で長年勤めてきた経験を持つリーダーが有利な側面もあると推測される。パーパスのムーブメントのなかで、リーダーが外圧に安易に流されたり拙速に外部の知見を取り入れたりせずに、自身の内側を省みることの必要性が実践知の観点からも確認できる。

6 結論

6.1 総括

本研究では、国外で先行しているパーパスを扱う学術論文の6篇を取り上げ、創造技法であるKJ法による図解化・叙述化によって「企業の掲げるパーパスは、どのような特徴があり、いかに位置付けられ、何が期待されているのか」を明らかにし、考察を行なった。
考察の結果、企業の掲げるパーパスを理解する観点として、パーパスの根源・表現・体現が挙げられた。パーパスの根源では、社会の潮流を受け止めつつ、企業自身の内側から発見するというジレンマを乗り越えることによって、本質的なパーパスに到達できることについて述べた。パーパスの表現では、パーパスを暗黙知として捉えたときに、パーパスを自覚したリーダーが言葉によって表出化を行うことの重要性について述べた。パーパスの体現では、パーパスの表出化までに留まらず、リーダーがパーパスを有言実行する形で実践知を発揮することにより、従業員にパーパスの説得力を感じさせ、組織として知識実践できることを述べた。

6.2 学術的意義および実務的意義

本研究の学術的な貢献として、国内において企業経営の文脈でのパーパスの学術論文が少なく、組織パーパス論についての網羅的な論文が見当たらない現状において、国外の先行研究を複数取り上げてKJ法によって整理したことが挙げられる。さらに、理論的含意として、創造技法であるKJ法を研究方法に採用したことにより、組織パーパス論と知識創造論の接点を見出した点が挙げられる。組織パーパス論の先行研究を探すなかで、知識創造論に及んだ研究は、国外の論文も含めて管見の限り見当たらなかった。研究としての新規性が期待できる領域を、KJ法の位置付け通り、創造的に「発想」できたと考える。
また、本研究の実務的意義として、KJ法の図解化・叙述化によってパーパスの特徴・位置付け・期待などが端的に整理されたことで、経営実務に関わる人々のパーパスに関する理解促進に貢献することが挙げられる。

6.3 限界および今後の研究への示唆

本研究の限界および今後の研究への示唆として2点を挙げる。
1点目として、ラベルづくりではパーパスにのみ焦点をあてたため、ミッションやビジョンなど、経営理念に包含されるその他の概念との対応は見出せていない。この点を明らかにするには、経営学の網羅的な先行研究の調査と、より大規模なKJ法の実施が必要である。
2点目として、考察から組織パーパス論と知識創造論の接点を見出したが、本研究における先行研究の調査では、知識創造論に関する論文は取り上げられていない。知識創造論の視座からパーパスを捉えた際に、具体的にどのような理論を導き出せるのか、知識創造論の先行研究をより広範に踏まえた上で仮説を構築し検証する必要があるだろう。

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