見出し画像

探偵討議部へようこそ⑦  #18

前回までのあらすじ
謎を解明した筈のK大探偵討議部であったが、KB大最後の砦、ヤマモト・ヒロミは毅然と立ち上がった。彼女の指摘は、「<シューリンガン>ウチムラ・リンタロウによる、アンフェアなヒントの提示」。弁明を求められた<シューリンガン>は、まるでその場を楽しむかのように、着席のまま話し出す。

前ページへ

「一つだけ。僕は確かに微妙なタイミングで現れたようですが、、。「時間に遅れた」、とは言っていません。逆なのです。『時間を間違えた』、つまり、早く来すぎた、といったのですよ。そろそろ終わった頃かな、と思って来たのです。従って、当初から助言するつもりはありません。試合が終わってから助言しにくる酔狂な人間はいないでしょう?

 それに、僕なぞいなくとも、そこに出場している4人は、KB大の提示するエレガントな謎を、インプレッシブに解決する十分な能力があります。そのことをお疑いになるのであれば、当方の司令塔、ナガトの書いたメモをご覧になるがよろしい。間違いなく、KB大の指摘した二つのポイントを見抜いた証拠がそこに記してあるはずです。まあ、若干わかりにくく書いているとは思いますがね、、。

 よろしいでしょうか?諸説ありますが、『ニュートンはリンゴが落ちたのをみて、万有引力に気づいた』としましょう。これを『セレンディピティー』といいます。日本語では『徴候的知』と呼んだりもしますがね。エルステッドは、電池のスイッチを切ったり入れたりすると方位磁針が北を差さなくなるのをみて、電気と磁気の関係に気づきました。細菌を培養したペトリ皿にくしゃみをしたフレミングは、リゾチームを発見しました。スペンサーは、レーダーの前に立っていて、ポケットの中のチョコバーが解けてしまったことから電子レンジを発明しました。

 さて、我らが後輩のハシモトくんが、僕の『時間を間違えました』との言葉をヒントにして事件の全貌を解明した場合、これはそんなに責められるべきものでしょうかね?謎の『解』はすでにハシモトくんの中にあったのです。ちょうど、電気と磁気の関係が、有史以前から存在していたように。そうでなければ、『時間を間違えた』と1000回聞いたところで、謎の解明に至るはずがないのです。『ニュートンはリンゴが落ちたことをヒントに万有引力の謎を解いたからアンフェアだ』とかいう話は聞いたこともありません。むしろそのわずかな手がかりで事件の全貌に思い至った我らがハシモトくんを褒めるべきです。

 中河与一は『偶然文学論』において、私小説がリアリズムつまり、『必然』を追求するあまり創造性に欠けることを嘆き、文学における『偶然』の効用を主張しました。彼によると、『我々は、我々の芸術において、心臓を、生活を、社会を、再び偶然の事実によって見直し、生き生きとそれを感じ、蘇生せしめなければならぬ』とのこと。

まさに自殺を決行しようとした瞬間に、『石焼き芋〜』の間抜けな呼び声が耳に入り、それを思いとどまる、、。極端な例かも知れませんが、人の営みというものはすべからくこう言った偶然の結晶なのです。KB大から提出された『謎』、その物語をより美しく、また難しくしているのも、まさしく『ラジコン機の墜落と時を同じくして、ウィルバーという名の友人が航空事故に遭う』という『偶然』そのものではありませんか。

ハシモト君が謎を解かんとその頭脳を振り絞ったその瞬間に、偶然「時間を間違えた」僕の言葉が彼の聴覚を刺激した。その『偶然』の効用として、皆様は今、生き生きとハシモトくんの美しい『セレンディピティー』開花の瞬間を目の当たりにした、ということにすぎないのです。」

「助言する気がなかった」、というのは本当なのだろうか?嘘なのだろうか?たぶん、シューリンガン先輩のことだから、「こうなったら面白いなー」みたいな感じで適当な時間を見繕って冷やかしに現れたに違いない。まんまとその目論見にはまり、ご期待通りにピンチに陥り、ご期待通りにヒントで謎を解いてしまった自分が残念だ、、。ご期待通りに鼻血だけはだすまい。

「一つだけ」、とかいいながら、ウンチクの散りばめられた、いつものように長い長いシューリンガン先輩の話。その表情からは純粋に「面白くなった」という感情しか読み取れない。相手のゴウタロウさんは、何故か、「こいつだ!」と、前から先輩を知ってるような顔で睨んでいる。みたか!これがシューリンガン先輩。味方にとっても、敵。敵にとっては、大敵。

「全く納得いきません。やはりアンフェアです!」
ヒロミさんが不満の声をあげる。僕もその気持ちがわかるような気はする、、。なんだか申し訳ない。僕がヒントのまえに解明できてさえいたら、なんの問題もなかったんだけど、、。

「まあまあ、、。」コンドウさんはヒロミさんをなだめると、「とりあえず、君の持ってるそのメモを見せてもらおうじゃないか。」と僕からアロハ先輩のメモを取り上げた。

LとF→ライト兄弟は史実の兄弟ではない。技術の進化は定方向と格納庫の大きさが示している。ウィルバーは兄弟でもないし、殺されてない。秘すれば花、秘せずば花なるべからず。
コンドウさんが地の底から響くような美声で読み上げる。ホーミーを聞いているかのようだ。牛が集まりそうだ。

「うむ」と唸ったコンドウさんは、「このメモを見る限り、君たちの司令塔は、ほぼ謎を解いていたようだな。確かにわかりにくい記述だ。ワハハ。」と破顔一笑した。そして、ヒロミさんの方を振り向くと、「秘すれば花、といえば、君が短いスカートを履いて、その中身をチラチラみせることにより、相手の推理を幻惑する手法、これは『アンフェア』ではないのかね?」いたずらっぽく、こう付け加えた。

「アンフェアだとは、全く思っていません。」ヒロミさんは力強く言い放つ。「探偵を名乗るものが、そのもてる力量のすべてを、勝利するために使うことにはなんの躊躇もありません。それは探偵討議であれ、現実世界、、恋や仕事においてであれ、同じことです。
この時、思った。ヒロミさんとリョーキちゃんは同じスペクトラムの上にいる女性だ、と。ただ勝利に向けてひたすらに自分になせることをする、という点において。

(続く)

読んでいただけるだけで、丸儲けです。