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外国人に『東京物語』は撮れるのか。『PERFECT DAYS』

現代の東京が舞台。役所広司が主人公の公衆トイレ清掃員・平山を演じた。カンヌでは男優賞のほか、エキュメニカル審査員賞を受賞したのは記憶に新しい。

監督のヴィム・ヴェンダースらしい音楽へのこだわりについてまず触れておきたい。『PERFECT DAYS』は、ルー・リードの名曲(こちらは単数形のDAY)にちなんだタイトルである。劇中で当曲が使われるほか、彼が在籍したヴェルヴェット・アンダーグラウンドからも1曲選ばれている。平山の姪っ子の名前が「ニコ」っていうのがいい。ていうか、日本人っぽくない名前だ。クスッとさせる洒落っ気。ロックの教養、その初級レベルがクリアできるか試される。

本作は、都市生活者の日常がベースにある。だからヴェルヴェッツ=ルー・リードなのだし、パティ・スミスの”Redondo Beach”が劇中でかなり特権的な扱いを受けている。

それらの音楽は平山のお気に入りだ。通勤する自家用車の中でカセットテープをかける。車内は彼にとって、満ち足りた、ある意味夢心地の空間となる。ところが、カットがプツンと切り替わる際、その音も不意に途切れる。観客も一気に現実に戻されるような、容赦ない編集である。

(C)2023 MASTER MIND Ltd.

一方で、平山が朝、眠りから覚める際は、近所で掃き掃除している「シュッシュ」という音が部屋にも入り込み、彼の深い鼻息の音にシンクロする。そんな滑らかな音のシークエンスが印象的だ。このシーンは何度も繰り返される。

音(音響)に対する鋭敏な感覚をぜひ味わってほしい。

本作で描かれるのは、日常の繰り返しだ。がそこに、「些細な変化」というくさびが打ち込まれる。家出して駆け込んできた例の姪っ子、トイレ掃除でペアを組む同僚が口説き落とそうとしているガールズバーの女、行きつけの小料理屋の女将。それぞれとの接点、あるいは交流が、平山をかすかに、静かに揺さぶる。

実家の人間関係は少し複雑なようだ。過去の影が蘇ることもある。しかしすぐに、日常のルーティーンに戻る。

彼のアパートの内外をとらえるショットで照明使いが興味深い。窓外の光が異様に濃い青で、それを受けて室内も深いブルーだったりする。不自然な赤い光が差し込むことも。毒々しいほどだ。そこがただ平穏な日常ではないことを暗示しているようにも思える。

彼が昼休憩を過ごす公園で頻繫に出くわす不安げな表情のOLは、まるでサイコホラー映画の被害者のようだ。街角で時々見かけるホームレスは前衛舞踏家の田中泯が演じ、本職の奇妙なダンスを披露する。どれも、平山の日常に打ち込まれるくさびである。

トイレ掃除の仕事に誇りを持ち、プライベートで好きな音楽や本を楽しむ。いわば、高等遊民のような生活だが、ときには影が差し、くさびが打ち込まれる。そのバランスを慎重にとっているのが平山だ。本作は、この影やくさびを、人生のリアリズムとして描こうとはしていない。あくまで、映画的リアリティ(=虚構)なのである。

本作には、外国人に小津の『東京物語』が撮れるのか、というテーゼが潜んでいる。

では、『PERFECT DAYS』は日本人の監督に撮れるのか。多分撮れない。

本作には、インテリ西欧人によるジャポニズムという側面は、ゼロではない。しかし、製作スタッフにも一定数の日本人がいるからだろうか、トンデモニッポンにはなっていない。

相撲のテレビ中継が流れる銭湯、地下鉄構内の呑み屋、古本屋(平山は幸田文やハイスミスを100円で買う)、中古レコード屋。いかにもヴェンダースが理想とする現代のヒップな東京だ。加えて、雨の日に傘を差す人々を高所から撮ったショットは、広重の浮世絵風で、江戸が蘇る。普通の日本人には、この両方を一作内で撮るのは難しいのではないか。アウトサイダーだから可能なのだと思う。

走る自転車をとらえる移動ショット。横移動のほかにも、正面からとらえて後退しながら、その上空のスカイツリーにティルトアップするシーンが心地よい。本作では、何度もスカイツリーが映し出される。それは、新しい「東京」を意識しているかのようだ。

(C)2023 MASTER MIND Ltd.

では、本作は新しい『東京物語』といえるのか。

終盤の役所広司の顔芸。詳細の説明は避けるが、どこか西洋っぽい感じがする。小津はあんなショットは撮らないだろう。いや、現代に小津がいたら、やるのだろうか。さらに、エンドクレジット後のワンカットに注目してほしい。その顔芸のパラフレーズみたいな…なんだこれ。日本人なら、このインサートは気恥ずかしくてできない。ヴェンダースだから許されるって感じ。

ただ、そもそも小津の映画は「日本的」なのだろうか。小津は、ある意味バタ臭い。小津映画には、近代以降における個人と集団(または家族)の相克がある。梅棹忠夫の『文明の生態史観』にならえば、日本と西欧は近いからね。

ともあれ、本作が、外国人による『東京物語』のオマージュとしていい線いっているのは間違いない。個人的には、侯孝賢の『珈琲時光』より全然いい。ヴェンダースの健在ぶりが実感できる秀作である。

(C)2023 MASTER MIND Ltd.

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