Step Across the Border

表象批評。映画、音楽、美術、デザインあたりを横断的に。「境界」を見つめていたい。AIに…

Step Across the Border

表象批評。映画、音楽、美術、デザインあたりを横断的に。「境界」を見つめていたい。AIには書けないことを書くのが裏テーマ。

最近の記事

【過去原稿】コルトレーン特集への寄稿──コルトレーンはロックだった!? COLTRANE’S INFLUENCES ON ROCK(2006)

『PLAYBOY』日本版(2008年休刊)は、ときどき硬派なジャズの特集をやっていた。2006年3月号のコルトレーン特集に寄せた原稿をここに再掲する。編集部からのお題を受けて、ジャンルを超えたコルトレーンの影響力を考察したものだ。 今、読み返すと、内容がいささか古くなってしまっているのは否めない。とはいえ、取り上げたアーティストはかなり広範に及び、手前味噌ながらけっこうレアな論考になっていると思う。この内容が、集英社の月刊誌に掲載されたのだから、古き良き時代だったと言ってい

    • 『夜明けのすべて』は贈与の映画である。

      藤沢(上白石萌音)はPMS(月経前症候群)、山添(松村北斗)はパニック障害を患い、それぞれ生きづらさを抱えている。ああ、そっち系? その種のドラマは正直あまり好みではない。序盤、藤沢のナレーションが延々と流れ、なんだか説明的だな、とさらに警戒を強めたほどだ。監督の三宅唱がインタビューで明かしているとおり、彼の過去作ほど各ショットは作り込まれておらず、自然なフローが意識されているためか、とっつきやすい反面で画面の強度はそれほど高くない。しかし、結論としては、三宅らしい凛とした余

      • 【過去原稿】ブルーノートの名盤紹介──アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『チュニジアの夜』レビュー(2004)

        ブルーノートの名盤ガイドブックに寄稿したアルバム・レビューから、4枚目。 ひとつ問題提起をしてみよう。そもそもアート・ブレイキーのドラミングに、ハード・バップ~ファンキー・ジャズの器はふさわしいのだろうか? なにをバカな、と思われるかもしれない。だが、あの畳み掛けるロール奏法やニュアンスに富んだポリリズムを“祭祀のBGM”と捉えるならば、ビバップの刹那主義を乗り越えて確立されたハード・バップの構築性やファンキー・ジャズのペーソスとは、若干の食い違いが生じる。むしろ、半永続的

        • 【過去原稿】ブルーノートの名盤紹介──ルー・ドナルドソン『ブルース・ウォーク』レビュー(2004)

          ブルーノートの名盤ガイドブックに寄稿したアルバム・レビューから、3枚目。 もしレア・グルーヴ/アシッド・ジャズのムーヴメントがなかったとしたら、いまでもルー・ドナルドソンは、“大衆音楽にセル・アウトしたアルト・サックス奏者”という不名誉な称号を戴いたままかもしれなかった。大ヒットした67年の『アリゲイター・ブーガルー』に当時の生真面目なジャズ・ファンが困惑したという話を、笑ってすませていいとは思わない。演る側も聴く側も、しなやかなジャズ観をもちづらい混迷した状況は、21世紀

        【過去原稿】コルトレーン特集への寄稿──コルトレーンはロックだった!? COLTRANE’S INFLUENCES ON ROCK(2006)

          映画=人生には始まりがある。では終わりは?『瞳をとじて』

          ビクトル・エリセの久方ぶりの長編。プロモーションのコピーには「31年ぶり」とあるが、それはドキュメンタリーの『マルメロの陽光』からであって、純然たるフィクション作品としては、『エル・スール』から41年ぶりとなる。変化の激しい現代において、まさに異例のインターバルだ。この間、実際のところ製作上のさまざまな苦難もあったようだが、この時間の経過はエリセにとって無駄ではなかった。本作を観れば、それが容易に理解できるだろう。 本作の主人公は、引退した元・映画監督ミゲルである。いや、引

          映画=人生には始まりがある。では終わりは?『瞳をとじて』

          【過去原稿】ブルーノートの名盤紹介──ソニー・クラーク『ダイアル・S・フォー・ソニー』レビュー(2004)

          ブルーノートの名盤ガイドブックに寄稿したアルバム・レビューから、2枚目。 鈍色(にびいろ)に輝く、というと形容矛盾なのだが、そうとしかいいようがない。初リーダー作にしてスペシャルな一枚。アルバム・タイトル曲のオープニングの構成・展開を聴いて、少しでも惹きつけられるところがなかったら、ジャズとは無縁の人生を生きるべきだ、と傲慢にいい放ちたくもなる。もう少し穏便にいい換えれば、惹きつけられない人もそうはいないはずなんだけど……たぶん。 まずイントロの8小節で、ソニー・クラーク

          【過去原稿】ブルーノートの名盤紹介──ソニー・クラーク『ダイアル・S・フォー・ソニー』レビュー(2004)

          【過去原稿】ブルーノートの名盤紹介──『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.1』レビュー(2004)

          2000年代の前半の一時期、ジャズに関する原稿を書いていた。ほとんどは紙媒体に寄稿したものだから、ネットには当然、痕跡もなさそうだ。せっかくなので、個人的な記録としてここに残しておこうかと。いかにも若書きで、詰めも甘いのだが、ご容赦ください。書名、筆名は伏せておきます。 まず、ブルーノートの名盤ガイドブックに寄稿したアルバム・レビューがいくつかあった。今回はそこからまず1枚。 無数にあるマイルスの吹き込みのなかでは、あまり大々的には言及されないセッションを収録したうちの第

          【過去原稿】ブルーノートの名盤紹介──『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.1』レビュー(2004)

          外国人に『東京物語』は撮れるのか。『PERFECT DAYS』

          現代の東京が舞台。役所広司が主人公の公衆トイレ清掃員・平山を演じた。カンヌでは男優賞のほか、エキュメニカル審査員賞を受賞したのは記憶に新しい。 監督のヴィム・ヴェンダースらしい音楽へのこだわりについてまず触れておきたい。『PERFECT DAYS』は、ルー・リードの名曲(こちらは単数形のDAY)にちなんだタイトルである。劇中で当曲が使われるほか、彼が在籍したヴェルヴェット・アンダーグラウンドからも1曲選ばれている。平山の姪っ子の名前が「ニコ」っていうのがいい。ていうか、日本

          外国人に『東京物語』は撮れるのか。『PERFECT DAYS』

          「考えるマシーン」としてのマウリツィオ・ポリーニ

          マウリツィオ・ポリーニ逝去。享年82。やはり一つの時代の終わりを感じさせる。 彼の登場以降、世間がピアニストに期待する技巧のレベルは、格段に上がった。「ミスタッチを含め、味わいで聴かせる」という在り方が前時代的なものになった。 個人的には、初期の名盤であるショパンの練習曲集の頃から追っかけてこられたわけでない。リアルタイムでは、同じショパンのピアノ・ソナタ第2・3番の音盤で初めてポリーニに接したと思う。 当時は、批評能力なんてゼロの子どもだったから、お小遣いをはたいて買

          「考えるマシーン」としてのマウリツィオ・ポリーニ

          “苦労しなくてもできる美しいもの”。『オラファー・エリアソン展──相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』

          話題の麻布台ヒルズに設けられたギャラリーの開館記念。オラファー・エリアソンの個展は、2020年の東京都現代美術館『ときに川は橋となる』以来だろうか。前回ほど大規模ではなく、新作のお披露目と過去20年ぐらいからのピックアップを織り交ぜた、コンパクトな展示となっている。 すべて日本初展示というが、どれも「ああ、エリアソンだ」と安心できるのが面白い。それはネガティブな既視感ではなく、作家としての軸が確立して久しいということ。今なお制作意欲は衰えず、フレッシュな感銘を与え続けている

          “苦労しなくてもできる美しいもの”。『オラファー・エリアソン展──相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』

          本当に純日本的?『生誕300年記念 池大雅──陽光の山水』

          出光美術館の『生誕300年記念 池大雅──陽光の山水』は、明日(3/24)マデ。まだの人もぜひ駆け込んでみてほしい。おすすめです。 中国の文人画の影響を受けて、日本らしい「南画」のスタイルを確立した池大雅のパースペクティブが、簡潔にまとまっている。 展覧会のサブタイトルに「陽光」とある通り、おおらかで明るい、そんな陽性の世界が心地よい。大雅は、気持ちが盛り上がるといきなり旅に出るような人で、周りからはそんなキャラクターが親しまれていたようだ。それが画風にも反映している。力

          本当に純日本的?『生誕300年記念 池大雅──陽光の山水』

          「目利き」のリプレゼンテーション。『本阿弥光悦の大宇宙』

          すでに終了してしまったが、トーハクで開催された『本阿弥光悦の大宇宙』が、視野を広げてくれる興味深いキュレーションだった。彼の一族が信仰した日蓮法華宗との関連を浮き彫りにしているところは勉強になった。そのあたりを深掘りするのはちょっと難しいけれど、せっかくなので鑑賞メモを残しておきます。 刀剣鑑定を行う名門・本阿弥家に生まれたことが、光悦の諸芸の根幹を成している。要するに、光悦の品々は、「目利き」によるリプレゼンテーションなのだ。 彼が総合芸術プロデューサー的なスタンスで活

          「目利き」のリプレゼンテーション。『本阿弥光悦の大宇宙』

          北野映画に息づくポストモダン。『首』

          時代劇版『アウトレイジ』だが、基本はコメディ。絵作りやカット割りの妙に過剰に意識を向かわせず、骨太かつ小気味よい展開で楽しませる。北野映画に世界が求めるものが十二分に盛り込まれていて、いかにも巨匠的な手並みだ。むろんそれは、大味と紙一重でもあり、村上春樹の近作にも当てはまる傾向だと思うのだが、結論としては大いに堪能した。 タイトルの「首」にこだわらず、暴力のバリエーションはいつも通り豊富でこなれていて、それほど目新しさはないが安心感がある。口と刃物の組み合わせはいかにも北野

          北野映画に息づくポストモダン。『首』

          野外でも蒸し風呂だったSUMMER SONIC 2023レビュー

          個人的には、2018年以来のサマソニ。8月20日の東京のみに行ってきたが、今年は特に暑かった気がします。予定を詰め込みすぎて疲弊しないように、のんびりスタート。観れたアクトは4組で、フェスにしては全然数は稼げなかったけれど、体力的にはこれぐらいがちょうどよかったかも。 FLO 1つ目はFLO。もろに中期デスティニーズ・チャイルドを想起させる。アン・ヴォーグも少し入ってる? 90s USのメインストリームな R&Bにコミットしているが、決してレイドバック感が強いわけではない

          野外でも蒸し風呂だったSUMMER SONIC 2023レビュー

          業を、純朴な愉悦に変えて。『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』

          『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』は明日(8/21)まで。お盆時期に訪れていたが、書きあぐねていた。せっかくなので、メモは残しておこうかなと。 作品以外にも記録映像、記録写真などによって、初期の1980年代半ばまで遡ってキャリアを回顧している。想像以上に史料が多かったのは、彼の代名詞である大規模インスタレーションを会場に持ってくるのが事実上不可能だからということだろう。 彼の発言も多く紹介されていた。『原初火球』展でせっかくブレイクしたのに、「活躍すればするほど

          業を、純朴な愉悦に変えて。『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』

          センシティヴな他愛なさ。『aftersun/アフターサン』

          11歳の女の子ソフィと31歳の若い父親カラムが、トルコで過ごしたバカンスの数日間。もともとソフィは母に引き取られていて、別居状態の父娘が再会したという設定だ。カラムが重大なメンタル上の危機を抱えていることも随所で暗示される。父娘の繊細な関係性を軸に、全編でほの暗く、儚いムードが覆う。 説明は極力排していて、ちょっとした会話や無言のショットによって、とにかくほのめかす。みなまで言わない。それが余韻を生み、想像をかき立てるなら、悪くない演出かもしれない。しかし、ベールに包まれた

          センシティヴな他愛なさ。『aftersun/アフターサン』