見出し画像

アイデアを生む方法、それは雲のように。

「めっちゃハルさんぽい、笑える。そのまんま」

2016年のお正月に書き初めした自分の「雲」という書を見た人が発した言葉です。ほかにもいろんな人から「雲のようにふわふわと何を考えているかわからない」とか「つかみどころがない」「次にどこへ行くか予想できない」などと言われたこともありました。

自分は、そう言われても総じて良い意味にとらえていて、嬉しいと思っています。自分のiPadには「like a Cloud.(雲のように。)」と刻印しているんですけど、全国を旅したりするようになってからは、「雲」という言葉が好きなんです。

さて、本題になりますけど、実現可能でユニークなアイデアって、どうやって生むんでしょう。

そのいろんな方法が巷にはあふれているように思いますけど、個人的には「雲のように考えること」だと言えます。とても漠然とした表現なので別の言葉に置き換えると「アイデアって、ふとした瞬間、なにもないときに生まれるもの」だということです。

最近ネットで見かけた研究結果によると、人間って、ぼ〜っとしているときこそ、脳が何十倍にも活性化するとか。あと、建築家・安藤忠雄さんの書物には、弟子を育てるにあたって、たしか「不安と隣り合わせの自由な時間を持たせる」的な表現があったと記憶しています。

忙しい人だと時間などに追われて考えるゆとりも視野の広さも思うように得られないでしょうから、「アイデアを出せ」と言われても難しいかもしれません。そもそもアイデアって「出せ」と強要されて出すものではなく、「あ、そうだ」的な感じに自然発生的に思いつくものだと思います。

また、アイデアを生むにあたって、いろんなことを経験しておくというのも必要かなと。自分の場合は、3年以上も全国の交流の場を旅しながら、各地でご縁のつながった人たちのユニークな取り組みを体験してきました。雲のように気の向くまま気になったものにかかわり、頭のなかのアイデアの引き出しがどんどんたまっていきました。

そして、空に浮かぶ雲をぼ〜っと眺めるかのような時間のなかで脳が何十倍にも活性化され、引き出しのなかにしまわれたアイデアの種がグワ〜っとのびてつながりだし、ふと、おもしろいことが浮かんでくるんです。それも実現可能な、どこかで見たようだけど、あるようでなかったものが。その具体的な例が、自分でいうと「ギルドハウス十日町」だったり「まちかどギルド」ですね。

以前、とある有名な雑誌の編集者がふらっとギルドハウス十日町に来たんですが、その人は会社のクリエイティブ休暇制度を利用して一年以上も旅をするとかで、その旅で得られたものによって新しい雑誌の発行を実現したいと言っていました。その後もFacebookなどで旅の様子を見ていますけど、まさに気の向くままに移動する雲のよう。いずれ誕生する新しい雑誌がとても楽しみです。

スティーブ・ジョブズさんが言いました。「ハングリーであれ、愚かであれ」と。その言葉を聞いて人によって感じ方は違うかもしれません。雲のように生きることが難しい社会。理不尽なことにのまれて雲のような自分の形をとどめておけないこともあるでしょう。それでも、ハングリー精神で旅を続けて、まわりからは「そんな気ままな旅をして何になるの?お金もかかるし、いい歳した大人なのにバカみたい」と言われようとも。

自分の大好きな漫画『蟲師』のコミック8巻に、こんな一節があります。

「いつか雨が止んで 本当の涙が出たら 土の上に 根を下ろそう それまでは 雨を伴に 雲のように 流れてゆこう」

雲はいずれ雨になって土着していきます。そしてまた自然に雲へと舞い上がってどこか見知らぬところへ流れていって。ときには雨を伴う雲のような自分も、いつかどこかに根を下ろし、そしてまた気が向いたら「さあ、次はどこへ行こうかな」なんて、何かをするのでしょう。

そんなふうに思いながら、ふと空を見あげて雲を眺めていると、この世界は見るものすべてが美しく、可能性に満ちている、と感じます。

よかったらサポートをお願いします。もしくはギルドハウス十日町へ遊びにいらしていただければうれしいです。