写真集、ショートドラマ、アイドルとカメラマンの状況

 写真集が完成し、売り上げが気になっていた里奈は発売初日は家の中にいた、引きこもっていたといってもいいだろう。
 もし、売れなかったら、そんな不安があったからだ。
 勿論、一冊も売れないなどと事はないだろう、だが、昔と違い、アイドルの写真集も売り方が変わってきている。
 初回は完全受注で特別仕様バージョン、特典つき、それもミニコンサートの招待券付きというものもある。
 新人のアイドルなら、こういった手法は珍しくはない、だが、デビューして数年の自分には正直、難しい。
 最初は何か期間限定のウェブサイトを作り、購入者だけがアクセスできるコード付きでという話も出たが、それは途中で消えてしまった。 
 
 その日の夕方、マネージャーからの連絡で写真集の売れ行きは好調だという声を聞いたときは、ほっとした。
 だが、その後、ネットを見ると村沢武史、写真家の名前ではという記事をネットで見つけて、がっくりとしてしまった。

 娘の写真集を手渡されて池上征二はページを開き、中を見た。
 正直なところ、よくわからないというのが本音だ、他の写真なら、例えば海外の情勢とかなら意見を述べることができただろう。
 だが、着飾った自分の娘の写真ともなると父親目線になってしまっても仕方ない。
 そして普通の家族ではない別れてしまうと、多少なりとも世辞が入ってしまうのは仕方ないのかもしれない。
 
 今日は雑誌のインタビューがある、写真を撮ってくれるのは誰と聞いたとき、村沢の名前ではないことに里奈は少しだけほっとした。
 写真集の撮影以来、村沢と会う事はない、もし、これが他のカメラマンだったら次回の撮影もと話が来ても不思議はない、だが。

 「村沢さん、ショートドラマ、撮るんかもしれないって知ってる」
 「えっ、何、それ」
 「なんか刺激を受けたらしいよ、ほら、少し前」
 「あれ、本当は里奈が出る筈だったんでしょ」
 「アクシデントがあったって」
 「アイドルに馬鹿にされたって思ってるんじゃない、あの監督」
 「それって、まずくない」
 
 あのときの遅刻はわざとではない、だからマネージャーと一緒に謝罪に行ったのだ。
 怒ってはいなかった、と思う、だが、本当のところは。
 数日の間は不安だった、だが、気にしていても、こればかりは仕方がない、これからの仕事で取り戻すのだとテレビ局に向かった。

 テレビ局の正面入り口には数人の男女が集まっている光景に里奈はくるりと背を向けた。
 最近は出待ちも鷹揚、いや、寛大になってきたと思ってしまった。 テレビに出る芸能人並みにファンを持つ動画配信者、地下アイドルのせいかもしれない。
 そのせいか、最近の新人、若手の役者、芸能人の中にはフレンドリーに接する人もいるようだ。
 ファンの存在あってのものだから、しかし、今の自分はどうだろう。 いるのだろうかと思ってしまった。

 非常口から入ろうとした里奈だが、ふと足を止めたのは入り口で時警備員と女性の姿を見たからだ。
 「君、関係者、いや」
 警備員の声がはっきりと聞こえた。
 「身分証に写真がないけど」
 疑うような声だ、一般人、熱烈なファンが芸能人に会いたくて控え室に侵入するのはたまにある。
 だが、女性はカートに背中に大きな荷物まで背負っている。
 さっさと中に入ってほしいのに、仕方ない、自分は、このまま通り過ぎようとしたときだ。
 背後から男性の声が聞こえ、里奈は、はっとした。

 警備員の男性が頭を下げ、おはようございますと挨拶をする。
 自分の隣を通り過ぎようとした男性だったが、そばにいる女性の姿を見ると驚いたように声をかけた。
 「池神さん、知ってるんですか」

 「凄い荷物だね」
 建物の中に入り、歩きながら池神は声をかけた。
 「お昼ご飯の差し入れなんです」
 その声にはっとした、似ていると思ってしまったのだ彼女に。
 いや、そんな気がするだけだ、それに彼女との会話は挨拶と、それからどんなことを話したのか、もう昔の事だ。
 そう思いながら、手を伸ばした。
 「荷物、重そうだ」
 遠慮しないでと池神はカートの取っ手に手を伸ばし、歩き出した。
 
 
 ショートドラマをと言われて村沢は驚いた。
 自分はカメラマンだ、違うだろうと言いかけた、だが、これ見てくださいと突然、タブレットを目の前に突きつけられた。
 「再生回数、凄いんです、撮ったのは」
 村沢の口から半分怒鳴る、いや、叫ぶように名前が漏れた。
 すると男は、ほんの一瞬、ぽかんとした顔になった。
 「わかるんだ、凄い、そうなんです、あの監督、御大、自分は歳で体力が続かないと、ここ一年ほどは話もあったけど途中で立ち消えになったし」
 「これは、どこで撮った」
 「スタジオって言ってました、どうですか」
 どうですかって、何が言いたいと村沢はじろりと睨んだ、この男は知っている。
 以前、ずっと昔、一度、一本でいい、話、映画を撮ってみたいと漏らしたことを、だが、そのときは思うだけだった。
 どんな内容、時代劇、現代物という明確なビジョンはなかった。
 それに映画を撮るといっても役者、スタッフ、資金も必要だ。
 カメラマンとして少しは知られていても、それだけでは駄目だ。
 「村沢さん、これならできるんじゃないですか、ショートドラマって物語、ストーリーです、映画ですよね」
 その言葉に、どくんと心臓が鳴った気がした。

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