ある廃屋に #1
ある夏の日、新聞の投稿写真欄に匿名で掲載された写真。
写真の片隅にはこう書いてある。
恥ずかしがり屋の私には、とても使いきれないお金をここに入れました
もし見つけられた方はご自由にお持ちください
今の時代、写真からの場所の特定は容易だ。
ほどなくSNSで場所は特定され拡散された。
どこの街にも一つはありそうな廃屋だ。
偶然にも、私の近所だった。
案の定というべきか、この土地の所有者は姿をくらましており、
怪しいお金を放り出して逃げたのではないかという憶測が流れている。
もう一つの謎は、問題の廃屋の扉には南京錠がかかっていることだ。
これを開ける鍵はどこにあるのか?
あえて鍵をかけた意図は何だったのか?
ネット上では議論が巻き起こっている。
新聞の投稿から2週間ほど経ったころ、この廃屋の鍵と称するものがネットオークション上で取引され始めた。
入手したと思しき鍵で毎日のように挑戦する者が現れたが、扉が開くことはなかった。少なくともネットで出回っているものは偽物だろうというのが世間では定説となった。
ピッキングでこじ開けようとする者も現れた。
職業柄、身の上を明かせないのか、決まってSNS上でピッキング業者を
名乗る匿名のアカウントから鍵を開ける予告はされるのだが、
そのツイートを最後に一切更新されず、鍵も開けられていないというのがお決まりのパターンだ。
ピッキングをする予告自体が嘘なのか?
本当にピッキング業者が行方不明になってしまったのか?
謎が増え、世間は少しだけ、ざわつき始めた。
***
1か月ほど経った頃、世間をさらにざわつかせる出来事が起こった。
ある深夜、トラックが廃屋と隣家の境目の塀に激突したのだ。
運転手は即死。
たまたま現場を通りがかった人の声によれば、
トラックは明らかに廃屋の正面に向かっていたが、
直前で不自然に廃屋を避けるように曲がったそうだ。
もはや事故現場であり、厳しい警備体制が敷かれたこともあって、
鍵を開けようとする者は現れなくなった。
***
半年ほどたって世間から忘れ去られたある日。
その廃屋を通りかかった私は、扉から南京錠が無くなっていることに気が付いた。
その頃はもう警備も無く、あの新聞投稿前と同じ状態に戻っていた。
周囲に人影もなく、しれっと入ろうと思えば入れる状態だ。
出来心で、私はその扉を開けた。
玄関先にはアタッシュケースがひとつ置いてあり、
中にはケース一杯の札束が入っていた。
そして横にあった、殴り書きの紙切れに書いてある言葉。
恥ずかしがり屋なので、注目されると困ってしまうのです
お金はあなたに差し上げます
他の人に気付かれないように、必ず、受け取ってくださいね
怖くなった私はその廃屋を出て、近所の雑貨屋で南京錠を買った。
関わりを断ちたかった私は、扉をその南京錠で閉めて、鍵は海に捨てた。
しかし、私の頭の中から忘れ去ることは難しかった。
***
明くる夏の日、新聞の投稿写真欄に匿名で掲載された写真。
写真の片隅にはこう書いてある。
恥ずかしがり屋の私には、とても使いきれないお金をここに入れました
もし見つけられた方はご自由にお持ちください
(終)
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