『花様年華』の画面の美しさ

今回は、2000年香港で公開された『花様年華』について考察する。本作は、ウォン・カーウェイ監督によって制作された作品であり、同じ日に同じ共同住宅へ引っ越し、隣人となった二組の夫婦の間で展開される、隣人以上不倫未満の曖昧な関係を見事に描き出している。

作品の中で展開されるストーチーもさることながら、本作の一番の特徴は、ウォン氏が各ショットの画面内で作り出している色味のコンポジションにあるだろう。ここでは、彼の作り出す画面の美しさの構造と、それらがストーリー演出に与えた影響について明らかにしていく。

本作では、どの画面を切り抜いても絵になるショットが随所に見られるが、それらを構成している主な要素として、次の5つが挙げられる。

1.服装

2.小道具

3.光

4.登場人物の表情

5.カメラワーク

以下より、これら5つの各要素について詳しく見ていく。

1.服装

本作では、登場人物の服装、特に女性のチャイナドレスに強いこだわりが見られる。作品内で登場する女性は、皆チャイナドレスを着こなしており、それらがシーンの変化に伴って違う衣装を着せられている。更に、そのチャイナドレスは、ビビットな色を多用しており、視聴者が目を引くデザインとなっている。また、男性は、身の丈にあったスーツを着こなし、シーンとリンクさせてネクタイの色を変えているのである。以上の様に、本作では、シーンと服装が関連づけられ、それが印象付けられる演出が取られている。それは、登場人物たちのセリフでも服装やバッグ等の小物に何度も言及している点から伺うことができる。

2.小道具

本作は、2000年に作られたにも関わらず、携帯電話やPCのない時代を描いており、どこかレトリックな雰囲気が漂っている。作中で登場する小道具もそれらに合わせてハイテクではないものが多く見られる。また、作中では、カーテン、ベッド、ソファ等日常に潜む小道具に彩度の高い色味を多用しており、1.服装と同様、視聴者が目を引くデザインとなっている。更に、それらの空間は、登場人物の心情に合わせて変化しているのである。

3.光

映画で画面の美しさを構成する大きな要素として、光の演出が挙げられる。本作では、1.服装や2.小道具で見られた彩度の高い色味を統一させる効果として、光の演出が用いられている。各シーンは、全体的に暗く作られており、それらがなるべく抑えられた状態で、必要な箇所に光が当てられている。その光は、映し出される空間によって色味を変えているため、彩度の高い色が多く現れるシーンであっても、全体が統一された印象を与える。こうして、ウォン氏は、1.服装や2.小道具の特徴的な配色と、それを統一する光の複雑な組み合わせを操作することで、美しい画面を作り出しているのである。

4.登場人物の表情

ここまでは、画面を構成する彩度の高い色味とそれらを統一する光について明らかにした。一方、役者の表情は、全く違う役割を持って描かれている。本作に登場する役者は、表情の変化が最小限に抑えられ、隣人以上不倫未満というとても繊細な役を演じきっているのである。セリフも、直接に感情をぶつけるのではなく、相手の立場を慮りながらも近づきたい意思を持った言葉が選ばれている。本作は、演出の持つ強い色味の操作と、登場人物の曖昧な表情によって、複雑さゆえの繊細さが見事に表現されているのである。

5.カメラワーク

画面内を構成する各要素の役割の違いが、本作を複雑でありながら繊細なものにしていることがわかった。最後に、ウォン氏は、それらをどの様に切り取ったのかについて見ていく。本作では、役者の演技が抑えられているため、動きの少ないシーンが多く見られる。しかし、ウォン氏は、それらの小さな動きにフォーカスし、それらをゆっくり捉えることで、画面全体の繊細さを強めているのである。時には、指の動き一つで彼らの感情を描き出している。また、長回しのカットでは、役者の動きに合わせて被写体深度を細やかに変化させることで、彼らの動きに空間的奥行きを作り出して、小さな動きを大きな演技として見せている。これらのカメラワークは、画面全体の色味の操作が持つ美しさと役者の演技の繊細さがあって初めて成り立つものである。

彼の作品は、複雑であるがゆえの繊細さをストーリーと映像に描き出し、尚且つそれが美しいものになっている。これらすべてを噛み合せた作品は、並大抵の監督が真似することのできない非凡なウォン氏だからこそできたと言えるだろう。

ウォン氏は、もともとグラフィックデザインに才覚を表し、その後映像業界に進出してきた人物である。彼の映像は、立体的に構成されたグラフィック作品として見ると、その複雑さがより強調される。

実は、私が思うに、本作のストーリー構成は、そこまで真新しいものではない。しかし、彼の持つ非凡さを楽しむには、このくらいシンプルなストーリーであるべきだ。だからこそ、私たちは、彼の描き出した複雑であるがゆえの繊細さに共感することができるのだ。

ぜひ、彼の作り出す映像美に浸ってみてはいかがだろうか。

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