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「LGBTQ+」などの言葉が必要ではなくなる世界をめざしたい

みなさん、こんにちは。
お久しぶりです。

今日はいつもと違った雰囲気のタイトルですが、本質は同じなので安心してお読みください。

先日、まるさんのこちらのnoteを拝読しました。
最近は[LGBTQ+」を目にしたり聞いたりする機会が増えてきました。
自分の内面がまわりと違う事による、言いようのない不安や恐怖を感じている人も少なく無いと思います。
[LGBTQ+」というワードによって自分のポジションが見えてきて、”椅子の上でやっと座り心地のいいところを見つけたような感じがした。”というのは本当にその通りだなぁと私も思いました。

まるさんの記事を通していろいろと思いをめぐらせる機会をいただいたので、自分の考え方を整理するためにnoteを執筆することにしました。

すでに「LGBTQ+」などの言葉をご存じの方は多いと思いますが、おさらいも含めて、こちらのサイトで説明されているのでご紹介します。

おさらい「LGBTQ+」ってなぁに?

「LGBTQ+」については、「東京レインボープライド2022」でわかりやすく解説されていましたのでご紹介します。

LGBTQとは

LGBTQとは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性自認が出生時に割り当てられた性別とは異なる人)、QueerやQuestioning(クイアやクエスチョニング)の頭文字をとった言葉で、性的マイノリティ(性的少数者)を表す総称のひとつとしても使われることがあります。

※Qを表す「クイア」は、もともと「不思議な」「風変わりな」「奇妙な」などを表す言葉で、同性愛者への侮蔑語でしたが、現代では、規範的な性のあり方以外を包括する言葉としても使われています。「クエスチョニング」は、自らの性のあり方について、特定の枠に属さない人、わからない人等を表す言葉です。 日本におけるLGBTQの割合は、調査機関・調査方法によってデータにバラつきがありますが、現在では約3%〜10%と言われています。

※大阪市で行われた調査ではLGBTが3.3%、決めたくない・決めていない等の回答を合わせると8.2%、電通ダイバーシティ・ラボの2018年の調べでは約8.9%、LGBT総合研究所「LGBT意識行動調査2019」では約10.0%、名古屋市総務局総合調整部男女平等参画推進室の調査では1.6% トランスジェンダーは、生まれた時に性別を「男性」と割り当てられ、性自認が「女性」の人を「トランスジェンダー女性(トランス女性/Trans woman)」、出生時に性別を「女性」と割り当てられ、性自認が「男性」の人を「トランスジェンダー男性(トランス男性/Trans man)」と表現することもあります。

Tokyo Rainbow Pride サイトより

これに続き、
 性はグラデーション
 LGBTだけではくくれない個々人のセクシュアリティ
についても解説されていますので是非お読みください。

「LGBTQ+」という言葉によって、これまで知られていなかった「性的マイノリティ」の存在が少しずつ社会的に認知されてきました。
世の中には決められた男性と女性しか存在しておらずそれ以外は認めない」という人が政治の世界に存在するなかで「自分の存在すらも否定されている」と感じている人もいます。
一人でも多くのみなさんに知ってもらいたいという想いから発信する人も増えてきて少しずつ変化が生まれていると思います。

個人にとっての「LGBTQ+」という定義の存在価値


自分が「LGBTQ+」に当てはまるかもしれないと一度でも感じたことはありますか?
それまでは自分がなにものなのかよくわからず、異常なんじゃないかとさえ思えてしまう。自分が異端者にならないように自分の心を抑えたり、心を殺して生きてきた方も少なくないのではないかと思います。

「性の多様性」の存在を認知してこなかった社会では、社会規範から逸脱する者を排除するような見えない圧力が存在していると思います。恋愛対象が同性だったり、そもそも性的な関係を望まなかったりすることに対して自民党の国会議員が暴力的な言葉で発言を繰り返しています。

そういう人たちから見た「異端者」に対する差別・蔑視の言葉が刃となってテレビや雑誌、漫画などで普通に使われています。

当事者にとっては、それを目や耳にすることが「日常的な暴力」を受け続けることと同じ状況ではないでしょうか。

それは自分の存在を全否定されることにもつながります。
自ずと「普通とは違う」「生きてちゃいけないのかな?」という考えになってしまうこともあるように思います。それは自分の立ち位置がわからないというような、とてもふわふわとした心の不安定さにつながるのだと思います。そしてそれはさまざま思考停止にもつながるような気がします。

いわゆる「LGBTQ+」という考え方の出現は、社会に対して「許容を」求める役割を果たし、自分の立ち位置を明確にできるための「灯台」の役割を果たしているのではないでしょうか。
まるさんのnoteからもそれを読み取ることができました。心の中に「灯台」を灯せたことで、そこを基軸にして物事を考えることができるようになれたのではないかと思います。

現在の到達点は、負けずに声を上げ続けてきた結果

もちろん「LGBTQ+」という考え方が自然発生的に起きたわけでないはずです。
先に述べたようにずっと苦しみ続けてきた方々が、「私たちはここにいる」「自分の尊厳をまもる」「私が私のままで生きていきたい」そういう思いからたくさんの声を上げ続けて来たからこそ今の到達点があると思います。

声を上げることで、さらなるバッシングや誹謗中傷を受け続けていることも見過ごすことはできません。

それでも自分たちの尊厳をまもるために、生きやすい世の中に変えていくために、たくさんの声を集め、宣伝やパレードで多くの人に知ってもらう、一緒に考えてもらうための取り組みの努力の成果が現在の到達点になっていると思います。

性はグラデーション 心の中もグラデーション

今回、私が改めて考えた事について整理します。

私は以前から意識というか思考というのは、私たちの中にたくさん存在していると思っています。
✅ 物事に対して肯定する自分、否定する自分。
✅ 欲望や願望があったり、それを周りとの関係で抑え込んだり。
✅ しあわせを願う気持ちや逆に否定してしまうような考え。
それらが一人の人間の中に同居していて、常に思考を試行し続けるような状況だと思います。
そんな矛盾するようなさまざまな考えが同居しているのが私たちではないでしょうか。

そして、実は性自認一人の中にさまざまに存在しうるのではないか。と思うのです。

✅ 活発だったり、おとなしめだったり
✅ ブルー系が好きだったり、ピンク系が好きだったり
✅ 乱暴だったり、やさしかったり
✅ 粗暴だったり、繊細だったり
✅ 大胆だったり、控えめだったり
✅ 俯瞰して見るのが得意だったり、詳細に見るのが得意だったり
✅ 自分勝手だったり、誰かの役に立ちたいと考えたり
✅ 恋愛対象が男性だったり、女性だったり
✅ 誰も恋愛対象として見ることができなかったり

強弱はありますが、これらすべて、私たち一人一人が持ち合わせている性質ではないでしょうか。

そして心の中は一定ではなくて、周りからの刺激や影響を受けて常に変化し続けているのだと思います。日によっても時間によっても心の状態は違います。

先に紹介した「性はグラデーション」ですが、人によって性のあり方には様々です。私はさらにその個人の中にもその多様性があるんじゃないかと思います。そしてそれは時間と共に常に変化し続けている。

そういう風に考えると、「男はこうあるべきという男らしさ」「女はこうあるべきという女らしさ」「男性は女性を愛するもの」「女性は男性を愛するもの」「男性のファッション」「女性のファッション」「男性の仕事」「女性の仕事」、などなど身体によって強制的に枠にはめ込まれることがどれだけ乱暴なことなのか人権を無視することにもつながっているのかが見えてきませんか?

そしてその枠に自分を当てはめる事ができない人が「性的マイノリティ」として迫害されてしまうのだと思います。

日本国憲法は私たちの多様性を保障している

憲法13条
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本国憲法より

社会が性の多様性を認めて尊重することは人権の問題だと思います。
個人の尊厳が尊重される社会であってほしいと願っています。
日本国憲法はそれを崇高な理想として掲げているのではないでしょうか。

ですから私はこの理想を追求している憲法を守りたいと思うのですが、それを破壊しようとしているのが自民党の改憲草案です。

第十三条
全て国民は、として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、
最大限に尊重されなければならない。

自民党改憲草案より

「公共の福祉」に反しない限りを「公益および公の秩序」に書き換えようとしています。

「公益」利益性を物差しに使って選別を行うということ?
「公の秩序」これはすなわち「グラデーションを許さない社会」?

同性婚を許さない選択的夫婦別姓を許さない自民党ならではの改憲草案ではないでしょうか。憲法の保障からマイノリティを切り捨てる宣言をしているようにしか思えません。

自民党改憲草案には他にもたくさん国民を管理しやすくするための仕組みを組み込もうとしていると思います。

現行憲法と改憲草案を比較しているサイトがありました。

個人の尊厳をまもるために崇高な理想を掲げる現在の日本国憲法をしっかりと学び、まもるために声も出していきたいと思います。

「LGBTQ+」などの言葉が必要ではなくなる世界

若干話がそれたように見えますが、実はそれていないんです。😝

私は、日本国憲法が掲げる理想が実現されていくならば、タイトルにあるとおり、「LGBTQ+」という言葉自体が必要ではなくなると思います。

だって、これまで解説してきた「グラデーション」が、個人の尊厳が本当に保障されれば、わざわざ自分が性的マイノリティだって名乗る必要だって無いじゃないですか。

「私が私を大切にして生きられる社会」

日本共産党の田村智子政策委員長が参議院選挙の時に話していたとおり、日本共産党の言う「ジェンダー平等」とはこのことなんです。

差別も偏見もない、私が私のまま生きていってもいいんだ。そういう社会をめざしたい。

差別や偏見に苦しんでいるのは「LGBTQ+」だけじゃないですよね。他にも国籍や出自などで差別や偏見に苦しみ、命を落とす人もいます。普段気づかないだけで、実は本当に多くの人々が苦しんでいます。
それらすべてを含めて日本国憲法は尊厳を保障することを高らかに宣言しています。

あなたも、これを機会にご一緒に考えてみませんか?

最後に

今回は入り口は「LGBTQ+」でしたが、結果として憲法の話までものすごい振り幅で執筆しちゃいました😝

私の考えていることを整理する目的で書き始めたのでもしかしたら伝わりにくかったかもしれませんがそのときは申し訳ありません。

また気まぐれにこの手のnoteを執筆するかもしれませんが、そのときはまたお付き合いくださいね。

最後までお読みいただきありがとうございました。













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