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手紙を書くときに思うこと

手紙ってたまに書くといい。ここ最近、大切なことがいくつか起こっていて、そのために5通ぐらいの手紙を書いている。今数えて5通だということがわかったのだけど、ちょっと書きすぎな気がしてきたけど、別にいい。手紙の5通って、そんなに苦痛じゃない。なんなら毎日note800字のほうがちょっとばかし苦痛で、私は手紙であれば800字なんて軽々といってしまう。5通のうちの1通は、便箋3枚分も書いてしまっている。ちなみにまだ終わってない。

あ、そうそう、私は手紙を書くのを途中で辞められるタイプだ。一息で集中して書こうとはあまり思っていなくて、キリのいいところで終わったら、また明日ね、と「おいでよ。どうぶつの森」のようにセーブする。そしてまた気が向いたときに、「そういえば」と前から読み直して、もう一度伝えたいことを書いたりする。

そもそも手紙を書くって行為がいい。なんかちょっと高尚なことをしている気分になる。なのに、ちょっと悲しいのは自分の字が自分が思ったような形をしていないこと。私の場合、特に「ね」と「な」があまり自分が想像した字にならない。うーん、と思う。もっとこう、かっちりきっかり書きたいのに、私が書く「ね」と「な」はなんだかへにゃっとしている。自分の書いた「ね」と「な」を見ていると、ぐでたまを思い出す。ぐでたまぐらい溶けているような字にいやになる。だけど、けっこうな頻度で「ね」と「な」は出てくるから仕方ない。書いていくしかない。

今の時代、LINEでもDMでも簡単に長文のメッセージを送れる分、手紙を書くときは私の気持ちもぐんとのる。ただ、重くならないように「(笑)」とか「♡」とか「✨」とかを無駄につけちゃったりして。「w」よりも「(笑)」だよね、やっぱり。

だけどやっぱり気持ちがのっているから、書いているだけで私もときどき涙がポロリとしちゃったりする。

こうして手紙を書いていると森見登美彦さんが書いた「恋文の技術」を読み直したくなる。あれは、手紙に関して最高の本だった。



”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。