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小説・「塔とパイン」 #25

最寄駅から徒歩15分、下町感の残るアパートについた。今日から僕はココで生活することになる。母親が「引越しの手伝いをしに行く?」申し出もあったけれども、その時の僕は変な使命感に燃えていたもので、丁重に断った。


若かったということもあるし、世間知らずだったこともある。


「いや、大丈夫。ひとりでやるよ」「店番、あるでしょ?」


ひとりで生活するんだから、一人で何でもできるようにならなきゃ。最初から誰かの力を借りてやってしまったら、僕はずっとそれに依存して生きていかなきゃならない。


当時からそういう風に考えていたのかどうか、もうずいぶん昔の話だから記憶も朧気だけれども、結局、手伝いを求めなかった。


さすがに実家を出る前の梱包箱詰めは、母親が手伝ってくれた。生活必需品というのは、知っているつもりになっていたけれど、実際はほとんど知らなかった。


何のことはない。


子供には生活の裏の部分をあまり積極的に見せることはないし、まだ若かった僕には、裏の部分を積極的に見に行くような意識もなった。


実際、ご飯の炊き方も知らなかったし。


ともかく足りないのは、経験だ。これからどんどん経験していく。だけど失敗は嫌なんだ。失敗したらすぐ落ち込む。落ち込みたくない。


だけども家の中でひとりで色々失敗していくと、落ち込んでいられないし、落ち込んでいる時間が惜しい。そういうことがわかってくる。


とりあえず、コメを研いで炊飯器に入れた。
「あ、水を入れなきゃ」


まだ、自炊は満足にできない。インスタントの味噌汁と出来合いの総菜を買ってきて、夕餉にしよう。

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