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食べて、踊って、そして歌うのだ

マドリッドの夜は賑やかだ。

ほっつき歩いて適当にたどり着いたバルでイベリコのハムとスペインビールをたらふく腹の中に入れて、店内で流れていた音楽チャンネルを眺める。常連客と店主は楽しそうにテレビを見つめて、店主は時々ハミングをしていた。そのハミングの音程は半音低いように聞こえたが店主が満足しているのだからそれでいいのだ。

店を出て、また歩く。スペインビールを勢いよく飲んだからか、いつもより酔いが回るのが早いなぁなんて思っていると、ちょっと小洒落た内装のお店を見つけた。開いていたドアから店内を覗くと、薄暗い空間のステージに真っ赤な照明が照らされていて、孔雀のような衣装を纏った女性がフラメンコを踊っていた。

観客の数こそまばらだが、フラメンコらしいテンポの早いギター音と独特なビートのBGMに合わせた情熱的なフラメンコは少なくとも僕を魅了した。フラメンコが織りなす雰囲気は色気という単純な要素だけでは説明がつかず、人間の煩悩を刺激することを知った。

3分くらい店の前で足を止めていると、店内から髭を生やした男性が機嫌悪そうにこちらにやってきたから、僕は逃げるように店を後にした。でも不意に見たフラメンコは僕の美しい思い出となった。

また少し歩くと、コンビニの前の公園で若者たちがマリファナを吸いながら、肩を組んで踊っていた。彼らの楽しそうな光景を見てついつい笑みが溢れる。

平日の夜11時でもマドリッドのシンボル・Plaza Mayorには平日にも関わらずたくさんのスペイン人が酒盛りを楽しんでいた。僕もコンビニで買ったビール瓶を片手に中央の像の近くに腰掛ける。

夜のPlaza Mayorは街灯や広場を囲む店から漏れる照明で昼間よりも洗練され、きっとこちらが本物の姿なんだろうと考えながらビールをグイッと飲み込む。石が敷き詰められた地面は昼間に降った雨でまだ濡れていたが、明るい照明が反射してより輝いている。スペインの夜は長いとは聞いたことがあるがまさに言葉通りだ。

突然誰かが歌い出した。
続けて誰かも一緒に歌い出した。
次第にPlaza Mayorを包む音が大きくなり、気がつくと広場一帯で肩を組んで歌い踊っていた。フラッシュモブでも起きているのだろうかと思うくらいの一体感がそこにはあって僕は正直戸惑ってしまったが、

あぁ、これがスペインなんだ。

彼らは食べて、踊って、歌う、人間として一番正しい生き方をしているんだと目の前で広がる奇跡のような光景を目にしながら、僕は初めて聞く曲の大合唱に合わせて肩を揺らして、ビールを最後まで飲み干した。

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