マネキンのおばちゃん

2005,6年当時、私は大井町に住んでいた。駅前には改修前の阪急百貨店があり、イトーヨーカドーと合わせて度々利用していた。

私が無趣味からの脱却を図る手段としてワインを選んだのには、憧れ以外にもう1つ大きな理由がある。それは簡単に始められると考えたからだ。単純に、飲めば良い、そう思ったのだ。難しいことは良く分からないが、ボトルはお洒落で、大枚を叩いて高級ワインを買う人もいるくらい、人を引き付ける何かを持っている。だから、とりあえず月1本程度でも飲んでいれば、人に会ったときにも「ワインが趣味です」と言える、真面目にそう考えていたのだ。

余談だが、今でこそ日本ワインブームが到来し、10年前に比べワインがより身近なものになったと感じているが、当時は私の周りで(狭い人間関係の中でだが)ワインを趣味にしている人はいなかった。その点も人と被らなくて良いと思った。

ワインを覚えたい、とは言え渋くて美味しいと思えた試しのない代物をいきなり買うのは躊躇していた。だが、幸運が訪れる。ある週末の昼下がりに阪急百貨点で買い物をしていたとき、マネキンのおばちゃん赤ワインの試飲(3種)を勧めてきたのだ。これまでだったら素通りしていたが、今回は素直におばちゃんの進めるワインを飲んでみた。

するとどうだ、同じボルドーという産地のものらしいが、全く違う味わいがするではないか!そもそも美味しいと感じられるかどうかが問題だったのに、渋さの中にも旨さを感じられたうえに、自分にも明確に味の違いが分かったのだ。

この経験は当時の自分にとっては衝撃であり、かつ大きな自信になった。試飲の後、記念にボトルを買って帰った。飲み切れるとも思えなかったし、実際に飲み切れなかったが、それで良かった。ワインに2,3千円も払うのは、当時は結構勇気が要ることだったが、帰り道は無性に楽しかった。おばちゃん、ありがとう。

なお、これをきっかけに一気にワインの深みにはまっていくのだが、当時は会社を辞めてまで没頭するようになるとは思いもしなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?