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信じたいように信じておこうぜ

 昔から、自分の思ったことを素直に口にできなかった。間違っているんじゃないか、受け入れられなかったらどうしようか、それどころか嫌われたらどうしようか。そう思うと急にストップが掛かる声帯。いざ発射しようと思ったら、目にも止まらぬ速さで火薬が湿気っていくロケット花火って感じ。
 北の国のミサイルもこんな感じだったらいいんですけどね。出勤前にコンビニで立ち読みしてたら鳴り響くエリアメールの音。あの日は朝っぱらから「わたしたちは、エリアメールの鐘がなる札幌の市民です」って感じになっちゃったよ。




 思ったことを言えなかったとはいっても、自分が答えを知っていて、かつ、その答えが正答ひとつのみで、それ以外はぜんぶ的外れ……というものだけは自信満々に答えられた。そのかわり、捉え方次第で答えがいくつかに分かれるとか、明確な答えがないものは苦手だった。だから数学とかも嫌いだったんだと思う。(x+2)(x-2)って答えでいいのか、そもそもxって誰だよ……みたいな。アツコの友達のユウコって子がね……とか、そもそも主語になってる人物が自分には誰だかわからん人の話を聞かされてるときの感覚に似てる。一番タチ悪いのはユウコだけでなくアツコのことも知らない時ね。なにそれ。じゃあアツコをx、ユウコをyと置いて聞いていいですか。


 数日前に「正しさって何?」というnoteを書いた。結局未だに答えなんかわかんないんだけど、この記事にも自分の「はっきり言ってくれよ」って気持ちが表れているなあ……と思う。「本当はダメだけど今回はいいよ」がまかり通るなら、正誤の区別なんか要らねえだろと思ってしまう柔軟性のなさ。一番よくないのは、また同じ間違いがあったときに「ンモーしょうがないなあ」みたいに再び許しちゃうことなんだけどね。仕事におけるこういう処理は本当に解せないけどな。だったらもうなんでもええやないか、と思うよ。


 まあよく考えたら人間って結構いい加減に生きてると思うし、自分が得をするかしないか……によっては「まあいっか」と無理矢理にでも解釈を捻じ曲げてしまう生き物であって。アイドルの追っかけだって、熱愛報道が出たとしても、それが自分の推し以外だったら鼻で笑ったり、見て見ぬふりしたりするときあるじゃないですか。内心では(あー、ウチの子じゃなくてよかった)って思ってるところあるだろうし。どんな異性にも脇目振らずに「ファンのみんなが恋人だよー」なんて言葉を鵜呑みに……いや、してる人いるかもしんないけど。実際にそういったお仕事をしている方々には、もちろんそういうストイックな方もいらっしゃるかもしれないですけどもね。こういうこと言っておかないと。世の中謙虚さが大事らしくて。


 けど、自分にとって関係があることなら過剰なまでに反応するのは当然としても、直接自分の生活に関係しないことだったらある程度知らん振りできちゃうようになってるのが人間なんじゃないかな。日本人なんて特にそうじゃない? 海を隔てて見えるくらいのところで飲み食いできずに何千何万人と死んでいたり、どんだけドンパチやっていたって、大半の人は「やー大変だね」で済ませちゃう。昔のACジャパンのCMは怖えなあ夜中におしっこ行けないよ……としか思わなくて、そのCMの中で訴えられていることには結局触れないじゃん。そういうことだよ。ちなみにこれは実話だ。夜中にテレビつけたくなかった。最近はなんともないけど、私が小〜中学生の頃とかマジで怖かった。

 そして、いろんなことに目を向けるのは大事だけど、実際にアクション起こしてる人がどれだけいるかっていう話。まあ全部「○○、動きます」とかtweetしてたらたぶん4年に1回くらいしか寝られなくなっちゃうからね。そこまで他人のために自分の時間もエネルギーも割いて動ける人は本当に尊敬する。私には無理だ。自分がだいっきらいなくせに結局自分が一番可愛い、一番始末悪いタイプだから。


 それと同じで、たぶん全部のことを丸呑みしてそのたびに消化して、出して流す……なんてやってたら、きっと人間は壊れるようにできている。
 だから頭の中に「知りたいことだけ吸収して、信じたいことだけ信じる」っていう回路があるんじゃないかな。「野菜だけ食ってりゃいい」って人と「動物性タンパク質摂らなくてどうすんだよ」って人がいて、どっちも自分の正当性を主張するけど、肉は最近胃がもたれて食えねえなあって人なら前者に引っ張られるだろうし、空腹時の肉料理は世界一やさしい暴力だと思ってる西野みたいな奴は後者に引っ張られるもん。




 いろんなこと言う人がいていい世の中だけど、自分自身のこととか世間一般の認識とか何らかの根拠とか様々な内容を勘案して、一番しっくりくることを信じればいいんじゃないかなーと最近は思う。どんなことでも、世界全員が納得するのなんか無理だもの。私が大好きなあの人この人のことを「あんま好きじゃないなー」っていう人がいるのも無理からぬことだと思うから、別にその人のことをどうこうしたいとかは思わないしな。ただ私が大好きだって分かってるくせにその存在を目の前で貶したりしたら、その時は戦争だ。推したちは不安よな。西野、動きます。
 大丈夫大丈夫。こんな使い古されたフレーズしか使えないやつは、実際にその状況に立たされてもただ悶々として終わるだけだし。



 だから何も言えなかったとしてもそれでもいいんだよ、むしろ他の人に優しくできるあなたは偉いから休みの日はゆっくりお風呂につかって美味しいもの食べてリフレッシュしようねー^^……っていう記事だけ信じています。あとは「大事なのは中身であって、コンテストに通らなくても後々日の目を見るweb作家さんはたくさんいますよ」とか。「大事なのは中身であって、」の部分ってあとから思い返すとほとんどの場合記憶から欠落してるんですけどね。本当に幸せなやつだよ私。

お読みいただきありがとうございます。いただいたサポートは、創作活動やnoteでの活動のために使わせていただきます。ちょっと残ったらコンビニでうまい棒とかココアシガレットとか買っちゃうかもしれないですけど……へへ………