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蝉の断章の記憶 第2話

(* 過激な表現が有ります。)

 中学校では、部活動をきっかけに何人かの男子や女子のグループに分かれた。あるいは、隣同士で友達に。だが、わたしはクラブに入らず、誰とも話が合わず、相変わらず一人だった。休み時間に一人で本を読んでいた。縮れ毛のリョウは空手が得意でいつもそれを見せびらかしていた。いきなり、わたしの机に片手を撃ち下ろすと小さなヒビが入った。彼は唇を歪めながら、
「なあ、金貸してくれない?」

 その日から、わたしの毎日は地獄になった。リョウは三人組のリーダーだった。わたしは放課後、校舎の裏に呼び出された。彼らの無心する金額は少しずつ増えていった。わたしは自分のお小遣いが足りなくなり、彼らに頼んだ。
「もうこれ以上は……」
「なら、物を売れよ。ほら、〇〇サイトでよ。お前、スマホ持ってるだろ」
「……」
 二人がわたしを押さえつけ、わたしはリョウに思い切り腹を蹴られた。口から粘液が出た。彼らは高笑いした。わたしは努力した。しかし、一ヶ月も経つと、もう貢ぐ物が無くなった。

「もう、無理だ」
 彼らは笑った。わたしは身体中、傷だらけになって帰った。何度かそういうシーンが続いた後、わたしは学校に行かなくなった。すると、彼らからメールが届いた。
「借りたものは返して欲しい」
 わたしは自分の部屋の、机の上に並んだ石を眺めた。いつも別れ際にリョウは道端の石を拾うと、わたしのポケットに捩じ込んだ。
「これはよ。ダイヤより高え石なんだ。お前に貸してやるよ。一個一万円。利子は日に一割」

 わたしは一人っ子だった。父に話すことはできなかった。彼は子供に興味を持たない、仕事中毒の人間だった。母も仕事をしていたが、会社の上司と不倫の関係を持ち、事実上、家庭は成立していなかった。それを父はそのまま放置し、親の責任と義務を放置した。

 いつかは終わるはずだ、いつかは……。そういうわたしの願いも虚しく、ミノムシの柔らかい蓑をむしり取るように、わたしの皮膚は一枚一枚剥がされていった。先生に言えば、報復が怖かった。体育館に呼び出された時、わたしはもう、自分が人間であることを諦めた。背中から、流れる汗がわたしに決断を迫った。暗い、冷たい床が広がっていた。連れ込まれた倉庫で、わたしは制服を脱がされた、スマホのカメラが丁度良い高さで設置されていた。わたしは震えた。裸にされる! 彼らはわたしの羞恥という最後の衣服まで剥がそうとしていた。その瞬間、わたしは叫んだ。

「御免なさい!」
 家から持ち出した骨董品の短剣を下着の中から取り出したわたしは、
「これで勘弁して」
 と嘆願した。
「へえ、こりゃ、きっと上物だぜ、でも折角だから、お前の記念写真は撮っといてやるよ」

 リョウはわたしの頬を人差し指で弾きながら笑った。彼の目配せで、仲間の二人がわたしの身体に手を伸ばした。
 その瞬間、わたしの精神は自由になった。わたしはどこまでも飛んでいける気がした。

「ちょっと待って」
 わたしは手でゆっくりと、刀剣の鞘を抜いて、屈んでいたリョウの喉に向かって突き上げた。果物で切れ味を確かめた上で、何百回も自分の部屋で練習してきた動きは正確で速かった。しかしリョウは反射的にそれを避けようとして顔を引いた。その動作は完全ではなかった。わたしが刀をメチャクチャに振り回したせいで、リョウの右耳の半分は飛んでいった。血が霧のように散った。逆上した彼は、わたしの動きを封じようと、刀を握っているわたしの手を掴んだ。円弧を描くとそれはわたしの膝を切り裂き、次にわたしの腹に赤い線を引いた。血の海になった。だが、わたしはもう飛んでいた。わたしの精神には羽が生え、わたしは歌いながら、わたしの右手を押さえた彼の手の上から左手を重ねると、彼の力を利用して剣を彼に向けた、もう痛さなんて無い、存在するのはどこまでも広がる空と海を染める原色の歓喜。彼は俊敏だったが、わたしの喜びが優った、彼は左手の中指と薬指と小指を無くし、殴られたわたしは視力を失った。その後は、暖かさがまるで羊水の中でうたた寝している気分だった。彼はわたしを壁に叩きつけ、わたしを殴り続けたが最後の力でわたしは彼の右手に噛みついた。骨が砕ける音。仲間の二人はとっくに逃げ去っていた。誰かが、非常ベルを鳴らしていた。気のせいかな。誰かが叫んでいた。それも気のせい? 先生の叫び声と女の子の金切り声が聞こえたような……。

 わたしは入院し、対戦相手は転校した。事件はライブで流れたが、すぐに学校当局がそれを削除した。第三者委員会が開かれ、再発防止策が取られ、再び、学校は平穏を取り戻した。わたしはそれから一度も登校しなかった。時間が全てを流してゆく。わたしは全快すると、何事も無かったように好きな本を読んだり語学を勉強したりした。時々、学校から担任の先生が訪ねてきたが、わたしは会わなかった。なぜか出席日数は足りていて卒業した。

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