かとうちあき/台所まわりのこと

 一人暮らしを始めて十数年。現在の家に越してきて八年くらい経つのだけれど、いまでも驚きと発見があるのは、おもに「台所まわり」で、だ。
 最初の一人暮らしのとき。まず驚いたのはゴキブリのことだった。
 どこからともなく出現し、台所のシンクの中で、うぞうぞと動いている。
 実家でだってゴキブリは出ていたし、一人暮らしになって出たからってなんてことはないんだけれど、騒いだり対処をしようとする人間がおらず、なんてことはないってほうっておくと、ゴキブリは徐々に徐々に、ひたひたと、それはもうたいへん「図に乗ってくる」のだった。
 家主を気にせず、悠々と歩き出すようになるゴキブリ。シンクだけでなく、部屋中を堂々と歩き回るようになるゴキブリ。
 1K(部屋の中に台所もある)では、「堂々としたゴキブリが一匹いるだけでも、かなり存在感がある」ってのが、そのときの大きな発見だった。
 次に引っ越したのは、共同玄関で靴を脱ぎ、軋む廊下を通って部屋までゆく、昔の下宿風の木造アパート。六畳と四畳+台所(ガス台のみ)の部屋を友人と借りて、一部屋ずつ住んだ。共同トイレと流し台が廊下にあったため、ゴキブリは廊下の流しまわり、そして各住人の部屋(たぶん、おもにガス台周辺)へと縦横無尽。
 アパート全体で飼う、ペットのようだった。でもこれなら、友人やわたしの部屋に来ても、ほうっておけばゴキブリは知らぬ間にほかのひとの部屋に行ってしまうので、気楽だし安心だ。
 食べ物の潤沢なところを好むゴキブリの目撃率が、学生でひもじく暮らす友人とじぶんの部屋で上がってくると、お隣のお兄さんが長期休暇でいなくなったのかな、とか、かどのお姉さんはお給料日前なのかな、なんてことが推測できるのだった。
 そのころわたしは、ドラえもんに倣って「押入れ」の中で寝ていたのだけれど、押入れのどこかにお隣の部屋との「ゴキブリ連絡通路」があったらしい。
 ある夜、押入れの中で寝袋に包まり顔だけ出して寝ていると、隣の部屋からわたしの部屋へやってこようとしたゴキブリが、顔の上をかさかさ歩いてゆくではないか。顔がくすぐったくて「はっ」と目が覚め、すごくいやな気分になった。なんでまた、よりにもよって顔の上を通る! それで、
「うわっ。ゴキブリ!」
 って起き上がったら、真っ暗で狭い押入れの中、頭はぶつけるし、ゴキブリは慌てて押入れじゅうを飛びまわり、ひじょ───にいやな気分になった。
 そんなわけで、対ゴキブリについては、わたしもいっぱしの経験を積んだのだ。ちょっとやそっとのことでは驚かないぞ。って自信をもったころ、いまの家に住み始めたのだった。するとざんねん、ゴキブリは出なかった。しかし ──。
 ゴキブリの出ない平穏な日々をぶちこわすべく、出現したのはネズミだった。
 って云っても、最初はネズミなのかも判らない。なにかゴキブリよりもだいぶ大きい生物が、じぶんの家にいるようなのである。それは夜中、屋根裏を駆けずり回る音の大きさで判るのだが、一体全体なんなのか。ゴキブリより大きく猫よりも小さいであろう、なにか。やたら元気な、なにか ──。
 そうやって不思議におもっていると、家じゅうに小量の糞が散見されるようになった。黒々していて、鹿の糞みたい。そいつを小さく、少しだけ長細くした感じの糞だ。それでやっと、これはネズミなんじゃないかとおもい至った。
 やはり食料を狙ってか、一番多く現れるのは台所まわりみたいだ。そのうちなぜだか、必ずコンロのまわりで糞をするようになってしまった。不衛生だし、って、家にネズミがいること自体もう不衛生っぽいんだけれど、台所まわりではとくに不衛生な気がするから、できればやめてほしい。糞はコンロの上ではなく、トイレか外でしてきてほしい。
 ってな願いもむなしく、「ネズミによるコンロまわりのトイレ化」は粛々とつづく。
 掃除も面倒になり、見なかったことにしてコンロを使っていると、火口のそばにある糞は炎にやられてしまう。やられた糞は一瞬、ぼおっと小さな炎を出現させ、すぐに炭化するのだった。儚く消えるその姿はまるで線香花火のようで、わたしをうっとりさせる。
 糞よ。儚い糞よ。炭化してほろほろと崩れられると、掃除がさらに面倒だ。
 とりあえずすべてをほうっておくことにして、ネズミの様々な悪行にもじっと耐えていたのだけれど、台所の真横が玄関なので家に帰りドアを開けた瞬間、台所を漁っているネズミと、ときどき遭遇してしまうのは許せない。もういいから。台所を使ったって別にいいから。せめてわたしと、鉢合わすのくらいは避けてほしい。それが礼儀というもんじゃないのか。どんどんとネズミへの要求は下がってゆく。
 流し台の上のつくりつけの棚の中には、知らぬ間に住処をつくられていて、驚いた。その棚のどこかには「ネズミ専用通路」があるようで、ぴったりドアを閉めていても入られてしまう。常備していた乾物はすべからく、詰め替え用の粒コショウの袋までも齧られてしまった。美味しくないだろうに。
 すると日々、棚を開けるごとに粒コショウがぱらぱらと降ってくる。コンロへも、弾んで落ちてゆく。じっとコンロまわりを見ていて、わたしは気づいた。
「粒コショウとネズミの糞は似ている!」
 大発見である。
 ほかにも、シンクの中にはナメクジが現れ、夏場にカレー鍋の残りをほうっておけばウジが誕生する。ああ、かれらはどこからやってくるのか。
 日々、驚きと発見に満ち満ちた、台所まわりです。

【初出:2012年4月/ウィッチンケア第3号掲載】

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