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森のおきて(短編小説)

 風が気持ちいい午後。
 いつもの様に森へ入り、どんぐりを拾う。
 どんぐりは色々と使い道がある。
 リースやオブジェの材料として大活躍だ。そして何より見た目がかわいい。癒される。
 拾ったどんぐりを袋に入れながら、お礼におはじきを置いた。
 「森から勝手に何かを貰ってきてはいけないよ。必ずお礼に何かを置いて行くんだよ。」そう教えてくれたのは誰だったか。

 落ち葉を踏み締め歩きながら、どんぐりを拾って行く。袋が一杯になって来たので、そろそろ終わりにしようと顔を上げた。
 黄や赤に色づいた葉の間から青空が見える。
 流れる雲を見ながらぼんやりと思う。
 随分と遠くまできたなあ。
 振り返ると森の入り口はもう見えなかった。
 
 小鳥の囀りに耳を傾けて、風で擦れ合う葉の音を聴いた。
 すると幼い日の思い出が不意に蘇った。
 私は目を見張りただ佇む。

 切り株をテーブルにしておはじきを並べて、幼い私は遊んでいた。木漏れ日が差し込んで、おはじきがキラキラ輝いてとても綺麗だった。
 私は拾ったどんぐりも一緒並べて、空想の世界へと羽ばたいた。綺麗なことにひたすら夢中だった。
 大人たちは山菜取りに夢中で、一時私は森の中で一人になったのだ。その時だ。あの子達が現れたのは。

 最初は木漏れ日だと思ったそれはキラキラしながら姿を現した。
 一人二人三人と増えていき沢山の仲間を伴って私の前に現れた。
「楽しそうね。」
「キレイね。」
「このキラキラしてるのはなに?」
「もっとみたい。」
 そんなことを言いながら私の周りをひらひら飛び回る。
 羽根の生えた手のひらに乗っちゃうくらいの小さな子供達。
「妖精さんなの?」
 私は聞いた。
 絵本に出て来た妖精そのものだったから。
「さあ、知らない。」
 とある子は言い。
「そうかも知れない。」
 と別の子が言う。
「これはなぁに?」
 また別の子は質問にすら答えていなかった。
「これの事?」
 私はおはじきを手に取ってみせた。
「そうそう。」
 皆で頷いて
「なになに?それなに?」
 あまりにも興味津々なので、私は得意になって言った。
「おはじきだよ。」
「おはじき。好き。」
「素敵。」
 あの子達は口を揃えて言った。
「それちょーだい。」
「えー。」
 私は渋った。
 だって、買ってもらったばかりだったから。
 
 ある子が言った。
「どんぐりは私たちの宝物なのよ。」
「そうなの?」
 驚いた私に別の子が怒って言う。
「いつも人間は勝手に持って行くんだよ。」
「でもこの子まだ小さいから、許してあげようよ。」
 別の子が諭してくれた。
 私は手元のおはじきとどんぐりを見た。
「最近の人間は私達のこと知らないんだ。そして、昔からの決まりを守らない。」
「決まりって?」
「森の物を持って行く時は、必ずお礼に何かを置いて行かなければならないんだよ。」
 皆でうんうん頷いて
「でも最近の人間はそれを守らない。」
 と言った。
「おはじきを置いて行けば貰って行ってもいいの?」
 私がそう聞いたら、あの子達は喜んで頷いた。
「おはじき大歓迎。」
「一杯好きな物持って行ってもいいよ。」
「わかった。おはじきあげる。」
 私がそう言うと、あの子達は喜んできゃっきゃと笑った。

「真美。そろそろ帰るわよ。」
 ガヤガヤとした大人たちの声がして、それから母の声がした。
「はーい。」
 返事をして私は立ち上がり母の元へ走って行った。
「お母さん。あのね。妖精さんがいたよ。」
 私は母に今さっき起こった出来事を誰よりも先に伝えたかった。
「あら素敵。」
 母の手を引いて切り株の所に連れて行くと、そこはしんと静まり返っていて、あの子達の姿はどこにもなかった。
「あら。どんぐりね。」
 母は切り株の上を見てそう言った。
 切り株の上を見ると、そこにはどんぐりだけが残されていた。

 大人たちは山菜を沢山持ち帰ったけれど、誰一人としてお礼に何かを置いて行く人はいなかった。


 だから私は森へ行く時は決まっておはじきを持って行くのか。
 何かを貰う時、お礼にお返しをするのはいつの時代も決まっている。それはきっと対人でなくても同じ事。そう思って森のおきてを守ってきたけど、その事を教えてくれたのは、あの子達だった。

 今の私には妖精さんは見えないけれど、森の中でおはじきを見て喜んでいるあの子達が今もいる。そんな気がした。

 
 
 

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