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「すっきりしたい」という言葉から見えること

片づけられない人に、片づけのゴールとして「どんな家にしたいですか?」と聞くと、必ずこう答える。
「すっきりした家にしたいです」
100%これ。
びっくりするくらいみんな同じだ。

一方で、それを聞いた私の方は、少し道のりが遠くなることを覚悟する。

それはきっと「すっきり」が、
「とにかくおしゃれになりたいんです」
と言うのと同じようなものだからだ。
めざすところが、ゴールが、あいまいすぎる。
どの程度のおしゃれ感か、どういう方向性のおしゃれか、わからない。

だから、自分がどうなりたいかを
もうすこし具体的に掘り下げる必要がある。
(掘り下げに人の手を借りてもいいね)
通勤服だけど痴漢からターゲットにされにくい服、
デート服だけどちょっとだけしっかりした意志を感じさせる服、
農作業のための機能性は持ちつつ畑以外ではそうは見えない服、とかね。
そこまで掘り下げたら、お店選びもアイテム選びも、
ぐっと具体的になり、やりやすくなる。

洋服が身体を保護したり、身分を表したり、
考えやスタンスを表現したりする「道具」であるように、
家も暮らしの「道具」と言える。
したい暮らしがあって、そのために家がある。
そこが無意識にでもつかめてくると、
「とにかくすっきり」ではなく、もっと具体的な目的や要望が出てくる。
そういう人は、解決のスピードもあがっていく。

「朝が早いので昼寝したいときがあるのに
 ソファにいつも家族のモノが山積みにされていて、
 さっと横になることができない。
 したいときにすぐに昼寝を出来る部屋にしたい。」

これくらい具体的な目的があれば、
何をどうしていくか具体的な作戦を立てやすいということだ。

もちろん、
「すっきりした家にしたい」
という人を責めるつもりは毛頭ないの。
実は、そうなる理由もたいてい共通しているから。

「すっきり」が目標になっている人の多くは、
具体的な要望を考える時間や体力や気力に余裕がない人だ。
そして、自分をすごく責めている人でもある。
こんな状態を作ったのは自分のせいだ、
なんて自分はだらしないんだ、ダメなやつだと。
心の中が罪悪感で埋め尽くされているから、
「どんな暮らしがしたいかな」
「家で何ができたら楽しいかな」
と考えるスペースがなくなってしまっていて、
そこから早く解放されることに意識が集中してしまうのだ。

つまり「すっきりしたい」は、
「とにかく一刻も早くこの罪悪感から逃れたい」
っていう心の叫びだと私は思っている。

片づけをして「すっきり」はしたいけれど、
どこを目指して片づけるか、
つまり「どんな家にしたいか」が
具体的にイメージできない人は、
家は「自分の理想の暮らしを展開する場」だという
認識を持つことから始めるといいと思う。

それができたら「したい暮らし」を考えてみる。

そしたら、「どんな家にしたいか」は、
自ずと見つかるし、
何をどう片づけて行けばいいかも見えやすくなる。
それは遠回りに見えて、きっと着実な片づけへの道だと思う。

あ、ちなみに「暮らし=家事」ではないよ。
暮らしの中に家事は含まれるけど、イコールじゃない。
「したい暮らし」は、
「どんな風に家事をこなしたいか」ではなく、
「1日をどんなふうに過ごしたいか」です。

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