トライアングルドリーマー  第一話「世界で一番キミが好き」

 円形の大きな湖を中心に栄えた、人口約二千万の都市〈ラウンドシティ〉。商業と観光業に力を入れた、目下経済成長中の賑やかな街である。
 しかし、この街の平和と安寧が、今まさに破壊されようとしていた……。

「キャー! 大変よー!」
「逃げろー! この街は終わりだー!」
 絵に描いたような叫び声を上げて逃げ惑う市民。
 ラウンドシティの中心街〈セントラルスクエア〉に突如として現れた悪の人型機械兵器(ドロイド)軍団が、破壊と恐怖をばらまき、混沌と絶望で街を包み込もうとしていた。
 それらを操るは、刺々しい漆黒の装甲を纏った怪人……その名も――
「グワーーーッハッハッハ! 我こそは“終末よりの使者”マスタージェノサイダー! ラウンドシティの愚民どもよ、怯えろ! 竦め! 悲壮な叫び声と共に逃げ惑うがいい!」
 絵に描いたような悪者っぽい台詞を叫ぶ邪悪の化身。その人物こそ、フルフェイスタイプの仮面を被り、脅威の科学技術で武装した悪党、マスタージェノサイダー。
 その傍らには、筒状のカプセルに捕らわれた十代の少女の姿があった。
「やめて! 私はどうなってもいいから……これ以上街を破壊するのはやめて!」
 絵に描いたような悲劇のヒロインっぽい台詞で訴えかける少女。彼女はただ学校の帰りにショッピングを楽しんでいただけなのだが、運悪く人質とされてしまったのだ。
「フフン、好きなだけ喚くがいい。貴様の叫びが“ヤツ”をおびき寄せる。我が世界征服の野望はあの忌々しい男をブチのめし、この〈ラウンドシティ〉を墜として始まるのだ!」
 MG(マスタージェノサイダー)が絵に描いたような悪者らしい講釈を垂れ、絵に描いたような悪者らしい変声された笑い声を上げる――その時であった。

「待て待てぇーい!」
 どこからか勇ましい声。MGと少女が目を向ける。
 屈強な男性の体躯に、白と金色の流線型ボディアーマー。子供向け番組のヒーローのような姿をした彼こそ、〈ラウンドシティ〉の守護者。罪無き者達の為に戦い、街の平和とモラルを守る正義の味方――
「街の灯りが揺らめく陰で、邪悪な力が暴れ出す。罪なき市民を守る為、おカミに代わって正義の裁き。“輝光超人”シャインレックス! 呼ばれて飛び出て即っ! 参上!」
「シャインレックス!」
 彼こそ、比類なきパワーと無敵の肉体、そして誠実で慈愛に満ちたスーパーヒーロー、シャインレックス。人々から愛され、悪党から恐れられる、偉大なる守人なのだ。
「現れたな! 我が永遠の宿敵シャインレックス! 貴様が来るのはわかっていた! でも来なかったらどうしようかと思っていたぞ!」
「マスタージェノサイダー! お前が居るのなら世界の果てだろうと宇宙の何処だろうと交通の便が無い地方の田舎だろうと、私は徒歩で駆けつける!」
「グゥワーーーッハッハッハ! 嬉しいことを言ってくれるな! だがこちらには人質がいるのだ。見よ!」
 MGが示した先に視線を向けるシャインレックス。彼の目に映ったのは、悪に囚われた少女の姿だった。
「シャインレックス……!」
「この小娘の命が惜しくば大人しくするのだな! 安心しろ。この中は冷暖房完備だ!」
「なんだと! 卑怯だぞマスタージェノサイダー! 罪無き少女を……人質に……――」
「グフハハハ! どんな手を使おうとも貴様に勝ちさえすればそれでいいのだ! さあ、最後の勝負を――」
「――……」
「……ん?」
 MGは異変に気付いた。シャインレックスの様子がおかしい。突然沈黙し、固まったまま少女をジっと見つめている。
 正義のスーパーヒーローにガン見され、少女も困惑した。
「……シャイン? ど、どうしたの……?」

「――……美しい」
「えっ」
「へ?」

 突然、目にも止まらぬ素早さでシャインレックスが少女の眼前に移動した。
「!」
 かと思うと、カプセルを素手で無理矢理こじ開けてブッ壊す。
「なっ!? ば、バカな! このカプセルは五十メガトンまで耐えられるハズ……!」
 目を疑うMGを尻目に、シャインレックスがゆっくりと少女に手を差し出す。少女は戸惑いながらも、まるでエスコートされるお姫様のように彼の手に引かれてゆっくりとカプセルの外に出た。
「……あ、あの……」
 困惑する少女にシャインレックスが問いかける。
「キミの名前を教えてくれないか」
「……え……えっと……アヤ……と申します」
 小さく頷くシャインレックス。
 そして、彼はその場に片膝をつき、さらに予想外の行動に出た――

「アヤ、私と結婚してくれ」

「は!?」
「んなっ!?」
 囚われの少女――アヤは唖然とした。
 MGも同様に耳を疑う。

「なっ、なっ……何言ってんの!? こんな時に冗談なんて――」
「冗談ではない。私はマジだとも」
 片膝をついたまま、シャインレックスはアヤの手を取る。
「一目見てビビっときた。キミは私の運命の相手だ。キミは世界の……いや、宇宙の誰よりも素晴らしく、誰よりも魅力的な女性だ。キミを愛している。どうか私と……結婚してほしい」
「っ!? ……な……なん……なん……」

「……ふ……ふっ……ふざけるなああぁぁぁーーー!」
 MGが声を上げた。
「なっ、何が結婚だ! 何が運命の相手だっ! こ、このマスタージェノサイダーを無視して……! どういう状況かわかってるのか! 私とお前! 因縁の対決の真っ最中だぞ! な、ナメとんのか貴様ァ!」
 正義の味方が悪党に説教される奇妙な状況。
 シャインレックスはMGに一瞬だけ視線を移し、すぐにアヤに向き直る。
「アヤ、少しだけ待っていてくれ。私は必ず勝利し、キミのもとへ帰ってくるよ。そして……この戦いに勝ったら、私と結婚してくれるか?」
「だっ、だからふざけてる場合じゃないってマジで!」
「私はマジだとも」
 シャインレックスの顔は人間のソレとは違い、表情をうかがい知ることは出来ない。だが、声色と真っ直ぐな視線から真っ直ぐな想いだけは伝わってきた。
「こっちを見ろシャインレーーーックス! 私を見ろっ! 今日こそ決着を着ける! 最後の勝負だぁ!」
 シャインレックスは愛しい人の手を放して立ち上がり、MGと対峙する。

「愛するアヤのために喜んで戦おう! かかってこいマスタージェノサイダー! 私はお前に勝つ! そしてアヤと法的に結ばれるっ!」
「だから結ばれないってば!」
「ふざけているのかあぁーーーー!」
 MGが操る人型機械兵器軍団が襲いかかる。戦うことのみに特化した、文字通りの戦闘マシーンが一斉攻撃を仕掛けた。
 しかしヒーローは動じない。凶悪な攻撃の雨を躱し、純白の拳で黒い機械を穿つ。真っ白い脚で漆黒の金属に風穴を開ける。悪の機械兵達を千切っては投げ、千切っては投げる。
 業を煮やしたMGが動き出した。腕の装甲が展開し、赤く発光するエネルギーラインが露出する。計り知れない馬力が生み出され、その威力を込めた黒い拳をシャインレックスに叩き込んだ。
 だが彼も負けてはいない。拳を握りしめて反撃し、MGを大きくのけぞらせる。
「っ……! やるな……それでこそ我が永遠の宿敵……」
「愛のために戦う私は絶対に負けない! 恋は人を強くするのだ! 必ず貴様に勝利し、アヤと一緒にウェディングケーキに入刀してみせるっ!」
「ま、まだ抜かすかっ……! 何が愛だ……何がケーキ入刀だ……! そのくだらない願望をブッ壊してやるうぅぅぅぁぁぁぁぁあああああ!」

 ――両者の戦いは激烈を極めた。
 正義の拳が唸り、悪の武装が火を噴く。互いの攻撃が交差し、意地と想いがぶつかり合う。
 壮絶な決闘は永遠に続くかに思われたが……正義(と愛)の力の前に、ついに悪が膝をついた――

「――ぐっ……! おのれっ……! ぅおのれシャインレックス! 覚えていろっ! 次こそは……予算を増やして装備を整え、必ず貴様に勝利してみせるからなァ~!」
 MGが脚部と背部のバーニアを展開し、絵に描いた悪役のような……いや、今時の悪役は言わなそうな古くさい捨て台詞と共に飛び去ってゆく。ちなみに、毎回同じ捨て台詞である。
「平和は私がいる限り、必ず守ってみせるとも! 輝光超人シャインレーックス!」
 勝利のポーズをキメるシャインレックス。彼を祝福するかの如く陽光がキラリと輝いた。
 キメポーズを解き、シャインレックスはアヤに向き直る。
「……約束通り勝利したよアヤ。ありがとう、キミのおかげだ」
「いや別に約束してないんですけど……」
「愛する者のためならどんな困難にも打ち勝てる。キミがいれば、私はどんな敵にも屈することはないだろう。キミという宝物に出会えて私は世界一の幸せ者だよ」
 アヤの表情は曇りきっていた。元々彼女は街の平和を守るヒーローのシャインレックスに敬意を抱いていたのだが、もはやその敬意は消え失せてしまった。
 自分の中で勝手に約束し、勝手に守った気でいるのもそうだが、胸焼けしそうなキザったらしい物言いの数々は耐えがたい。それらの言動がカッコイイ、もしくは女性が喜ぶものと思っているところもキツイ。
「では、改めて……」
 シャインレックスはいそいそと膝をつき、頭を垂れ、手を差し出し、愛する女性へ想いを告げる。

「アヤ、キミを愛している。世界の誰よりも、心から愛している。キミのためならどんなことでもする。キミの幸せのためなら何でもすると誓う。どうか私と……結婚してくれ」

 一世一代のプロポーズに対し、アヤは両腕を胸の前で交差して答えた。

「お断りします」


 ――翌日
 市立円卓高校へ続く通学路。華の十代を謳歌する少年少女達が、学校という青春の舞台へ向かって靴を鳴らす。
 そんな中、一人どんよ〜りとした様子でやつれる生徒の姿があった。昨日MGに人質とされた少女――アヤ・サカモトだ。
「よっ、炎上シンデレラガール」
 そんな鬱々ガールに声をかけたのは、彼女の友人であるリカだ。
 いつもの爛漫な笑顔で朝の挨拶――もといジョークを飛ばす彼女の顔を見て、アヤは溜め息をつく。
「茶化さないでよ。こちとら大バッシングされてまいってるんだから……」
「そりゃスーパーヒーローのシャインレックスに告白されてフったんだから世間は大騒ぎするよ。それも公衆の面前で。一晩で世界中からヘイト搔き集めるなんてやるね~」

 シャインレックスは主に〈ラウンドシティ〉で活動するヒーローだが、その人気は世界規模だ。昨日のMGとの戦いも世界中にリアルタイムで配信されており、過去幾度となく繰り広げられてきた悪党達との戦いは、誰もが熱狂する一大スポーツイベントの様相を呈している。
 対して、〈ラウンドシティ〉にはMGの他にも名高い悪党が複数存在している。ドクタークリムゾン、ミリオンズダーク、獣魔皇子、BBB団……邪悪な犯罪者は後を絶たない。
 警察や消防隊等を除けば、この街のヒーローはシャインレックスたった一人。それでも彼はいつも勝利してきた。“正義は勝つ”という子供しか信じないような幻想を体現する彼に、人々は夢と希望を抱いているのだ。
 その正体は一切が謎に包まれており、正体不明というミステリアスな点や、決して悪人の命を奪わない高潔な精神も広く支持されている。
 そんな超がつく人気者のシャインレックスからの好意を拒否したアヤに対し、世界中で批難と嫉妬の声が上がるのは自然なことだ。「シャインをフるなんて何様だ」とか「別に美人でもないのになんであんな小娘が」とか、言いたい放題にめちゃくちゃ叩かれている。
 彼女は一夜にして、世界一有名な女子高生となってしまったのだった。

「どーしてフったのさ? 相手はスーパーヒーローだよ?」
 学校への道をゆっくり歩みながらリカが尋ねる。
「だって……助けてくれて感謝はしてるし、いい人だから好きだけど……そーゆー“好き”じゃないんだよ。そもそも初対面で求婚してくる人とかおっかなくない?」
「もったいないなー。私だったらソッコーオーケーして、侍らせながら我が物顔で街を練り歩くね。どんなハイブランドのバッグよりも羨ましがられるよ」
「リカはゲスいなぁ……シャインが何歳か知らないけど、いい大人が女子高生と付き合うってヤバイでしょフツーに考えて。それに……私、他に好きな人いるし」
「えっ!? マジ!? 初耳なんだけど!? 誰!? ペットの犬とか無しだよ!?」
「リカ茶化すから絶対教えない。とにかく、シャインのことは好きでもなんでもないから」
「あらまあ、それって実は好きだけど素直になれないツンデレっ子のお決まりのセリフじゃん。くふふ、アンタもベタなんだから~」
「違うっつってんでしょが! 他人事だと思って冷やかしてるだけでしょ!」
「そりゃー友達の恋バナと他人のケンカほど茶化すのが楽しいモンはないからね」
「こ、この性悪女……!」
 アヤとリカのぎゃあぎゃあ問答。彼女達を知る者からすれば、いつもの光景だ。
 しかし、今日は違った。
 和やかな日常風景が、突如として異様な光景へと様変わりする。

「待て待てぇーい!」
 突然、アヤとリカの眼前に、空から“何か”が飛来した。
「わっ!?」
 驚きのあまり思わず目を閉じるアヤ。砂埃と衝撃の波が彼女の全身を撫ぜる。
 一体何事か。アヤが恐る恐る瞼を上げると、彼女の眼前には純白のヒーローが立っていた。

「やあ、アヤ。会いに来たよ」
 そう、シャインレックスだ。
「はえぇぇぇ!?」

 いつもののどかな通学路に突如現れた正義の味方。アヤは思わず女子高生がやっちゃいけないようなひでー顔で仰天する。
「す、すげー! ホンモノのシャインだー! 生で見るとけっこう背ぇデカいじゃん!」
 画面の向こうの人気者を目の当たりにし、興奮するリカ。
 周囲の登校途中の生徒達も、突然のヒーロー参上に驚きと黄色い声を上げる。
「なっ、なっ、なんでココに……!? 天下のスーパーヒーローが通学路に現れるなんて、交通安全週間でもないでしょ」
「キミに会うためならいつでもどこにだって行くさ。世界の果てでも、宇宙の片隅でも。徒歩で」
 くっさい口説き文句にアヤは苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
「うわ……真顔でそーゆーの言うなんてヒーローだけあって勇気あるよね」

「アヤ、昨日はすまなかった。悪党に攫われた直後でキミも気が動転していただろうに、キミも心の準備が必要なハズだ。私は自分が想いを伝えることしか考えていなかった……許してほしい」
 どうやらシャインレックスは、告白を断られたのはタイミングの問題だったと思っているようだ。流石はスーパーヒーロー、なんと前向きなのだろう。悪く言うならしつこい。
「あ、あのねえ……そういう問題じゃないんだけど……」
「まだ若いキミにいきなり結婚を申し込むのも大人として褒められたものではなかったやもしれん。まずはお互いのことをよく知るためにも健全なお付き合いから始めよう。学業を疎かにさせるわけにもいかない。放課後にアイスクリーム食べたり、映画見たり、悪党をボコボコに殴り倒して交流を深めていこうじゃないか」
「最後のは不健全でしょ」
「キミが望むなら何でもするよ。街を救った謝礼として高級料亭やブティックでも“特別価格”でサービスしてもらえるんだ。服でもアクセサリーでも何でもプレゼント出来るよ」
「物で釣ろうとすな。それでも正義の味方かアンタ」
「ハイ、私、シャインレックスの彼女に立候補します」
「黙ってろリカ」
 リカは自分に素直な性格なのだ。
 横から入ってきたアヤの友人に視線を移すシャインレックス。
「キミは? アヤの友人かい?」
「リカ・マツバラでーす。自分で言うのもなんだけどアヤより見てくれはイイと思いません? 多少費用はかかるかもだけど、乗り換えるなら今の内ですよー」
 ここぞと自分を売り込むリカに、アヤはジトーっとした目を向けた。
「申し訳ない。私が愛しているのはアヤ一人だ。確かにキミも綺麗な女性だと思うが、私は外見だけでアヤに惚れたわけではない。絵画でも一見すると何がすごいのかよくわからないが、魂に語りかけてくるような不思議な魅力があったりするだろう。アヤを見た瞬間、ビビっと運命を感じた。生まれる前から巡り会うことが決まっていたのだと確信したよ。きっと頭上では天使がラッパを吹いて祝福してくれていただろうな。ハハハ」
 さすがのリカも若干引き始めた。
「……アヤ、この人なんかよくわかんないんだけど」
「よかった。リカが冷静に男を判断出来るようになって安心したよ」

 気付けば、アヤ達の周囲を大勢の生徒や野次馬が囲んでいた。
 それも当然だ。街の守護者であり世界的な人気者のシャインレックスが、一般人も利用する路上に現れたのだから。そのうちパパラッチなんかも寄ってくるだろう。
「うわ……ちょっとヤバイかも……シャイン、ちょっとこっち来て」
 アヤはシャインレックスの手を引き、その場から離れるようとする。
 野次馬達が『十戒』の海が割れるが如く道を開け、二人はその間を急いで駆け抜けた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 アヤがシャインレックスと共に逃げた先は、河川敷の橋の下だった。
「はあ……はあ……ここなら人目もつかないかな……」
「なるほど、ここは見たところいわゆる告白スポットだな。私に愛の告白してくれるんだね、アヤ」
「ちっがーう! スーパーヒーローがラブコメ漫画みたいな浅い認識で勘違いすな!」
「大声を出すキミも美しい……まさに百合の花園に咲く一輪の薔薇……」
「ハナシきーてねーな正義の味方! 百合ん中に薔薇咲いてたら意味わかんねーだろ!」
「大丈夫、落ち着いてくれ。緊張のあまり興奮するのも無理はない。だから私から言うよ。こういうのは男から言うものだからね」
 シャインレックスは背筋を伸ばして息を整え、アヤを真っ直ぐ見つめた。
「アヤ・サカモト、心から……キミを愛している。どうか私と……結婚を前提にお付き合いしてください」
「お断りします」
「ハハハ、即答で冗談を返すキミもカワイイな」
 シャインレックスがカラカラ笑う。フラれたことを理解していないようだ。
「あのね……シャイン、アナタには感謝してる。助けてくれたし、いつも街のためにがんばってる。自分の身を挺してみんなを守るアナタは間違い無くヒーローだし、いい人だと思うよ。でもお付き合いはできません。ごめんなさい」
「おお、交際期間無しで結婚してくれるというのか。恋人関係を楽しむのもアリだったが、キミが望むのなら今すぐにでも式を挙げよう」
「なんでこんなアホがヒーローやってんの」
 なにをどう言ってもうまく伝わらない。前向きすぎるというのも問題だ。
「安心してくれ。私はキミを愛しているが、街を守る使命も決して忘れない。約束しよう……街も守る、人々も守る、キミも守る。この世のあらゆるものからキミを守ってみせる」
 クサイ台詞と共にアヤの頭を撫でるシャインレックス。アヤはゾワワっと鳥肌がたった。
「ちょっ……! やめてよいきなり」
「む? 女性は頭をポンポンされると嬉しいものだと聞いたのだが」
「そりゃ好きな人にされたら嬉しいかもだけど、好きでもなんでもない人に無断で触られたらイヤに決まってんじゃん」
「確かに、好きな人と触れ合うのは胸が高鳴るものだ。さっきアヤに突然手を握られた時は年甲斐もなくドキドキしてしまったよ」
「きっしょ」
 もはやアヤの本音のブレーキはぶっ壊れてしまっていた。
「そもそも素顔も知らない、どこの誰かもわかんない相手にそんな言い寄られても気味が悪いよ。シャインって本当は何者なのさ」
 そう、シャインレックスの外見は異質だ。人間としての肌や顔は一切見受けられず、白い特撮スーツのような見てくれ。アヤが不気味に思うのも仕方がない。

「なるほど。キミの言うことももっともだ。では少し私のことを話そう」
 シャインレックスは空を見上げ、自身の素性を語り始めた。
「私の本名は“エル・シャイン”。ここから一万八千光年離れた〈ヴァトリス〉という惑星の出身だ」
「……へ? ……う、ウソ!? シャインって宇宙人だったの!?」
 謎に包まれたヒーローがアッサリ正体をバラしたことに、アヤは度肝を抜かれた。
「秘密結社の改造人間が変身してるのかと思ったけど、いつもの姿が素顔そのものだったんだ……でもすっぽんぽんで歩き回ってるって思うと急にヘンタイに見えてきた。服着なよ」
「百年程前に赤子だった私は故郷を離れ、この地に墜落した。ラウンドシティの象徴である大きな湖は私が地表に落ちた時に出来たものなんだ」
「ひゃ、百年前!? シャインって高齢者? ってか百歳のじーさんが女子高生にプロポーズとか色々問題あるよ。正義の味方のクセに倫理観ガン無視はどーかと思うよ」
「安心してくれ。キミ逹とは肉体の性質が違う。地球人で換算すると三十代くらいだ」
「どっちにしろヤバいよ。それにしても、赤ちゃんの時に故郷を離れたって……もしかして滅亡寸前の惑星から脱出したとかいう少年漫画よろしくなドラマチック経緯が……?」
「いや、野良犬と間違えられて廃棄予定の宇宙船に押し込まれたんだ」
「ギャグ漫画だったか」
「地球に来て二十年程経った頃に故郷の両親から超亜空間速達で謝罪の便箋が届き、初めて自分の出生を知った」
「スケールがおかしいのはスルーするとして……百年間もどうやって生活してきたの? 警察とかエイリアン取り締まり管理局とかに捕まったりしなかったの? 映画であったよねそーゆーの」
「今から七十年程前、国連と友好条約を結んだ。個人的にね。彼らも地球外生命体とは仲良くしたいらしい。おかげで私は地球人としての戸籍をもらえた。今は株取引で生計を立ててる。貯金もそれなりにあるよ。車のローンも返済済みだ。保険も三つ入ってる」
「正義の味方のイメージが音を立てて崩れてゆく……」
「悪党と戦って街を守るのは仕事とは言えないさ。あくまで趣味。休日はボランティアをしているか公園でハトに餌やりをしている。先週は老人ホームで時代劇を披露したよ。桃太郎侍の」
 す、すごい男だ……このシャインレックスという人物、あまりにも善人すぎる。
 優しく、誠実で、貯蓄もある。アヤにとってはこれ以上ない“優良物件”と言える。なにより自分のことを好いてくれているし、必ず大切にしてくれるだろう。
「わかってくれたかな。私とキミは生まれた地こそ違うが、なにも怖がることなどない。私はただ、キミを愛する一人の男なんだよ」

 シャインレックスの言うことはもっともだ。彼を拒む理由があるのか、アヤは自問した。
 彼は良い人だ。それは間違い無い。キザな言動はウザいが、少しずつ改善していけばいい。きっと素直にアドバイスを聞き入れてくれるはずだ。
 彼と結ばれれば将来は安泰だ。リカの言う通り周囲からチヤホヤされるだろうし、世界中からの批難の声も治まるかもしれない。
 だが、それでもアヤは首を縦には振れなかった。
 まあ相手が百歳オーバーの宇宙人ってことは置いておいても、アヤには他に想いを寄せる人がいるからだ。
 十七歳の少女にとって、打算で付き合うよりも、本当に好きな人と結ばれたいと思うのは当然のことなのだ。
「…………やっぱり私は――」
「待ってくれ」
 アヤの言葉を遮り、シャインレックスが手首の装置に注視した。点滅信号を出している。
「警察から緊急連絡だ。六十四丁目にマスタージェノサイダーの人型機械兵器が出現したらしい。大切な話の途中だが、私は行くよ」
「そ、そう……とりあえず頑張ってねシャインレックス」
「ああ、もちろんだ。アヤ、私が生きて帰ってきたら私と結婚してくれるか?」
「しません」
「心配しないでくれ。必ず生きて帰る。その歳でキミを未亡人にはしないよ」
 強い光を放ち始め、輝く光球となるシャインレックス。重力を意に介さず浮遊し、およそ地球の技術では不可能な軌道を描いて彼方へと飛行して行った。

「……幽霊の正体見たり、枯れ尾花……UFOの正体見たり、正義の味方……か」
 呟くと、アヤは十七年の人生で一番深い溜め息をついた。
 面倒なことになった。とても面倒なことになった。一体どうすれはいいのか。恋愛経験の無い彼女にとって、答えの導き方のわからない問題にぶち当たってしまった。
 どうするのが正解なのだろう……アヤがその小さな脳みそをぐるぐる回しながら俯き加減で歩いていると、壁に頭をぶつけてしまった。
 「あたっ」と声を漏らして顔を上げる。そこでようやく気付いた。ぶつかったのは壁ではなかったと。

「あ……」
 漆黒の超合金装甲にトゲトゲしい黒い仮面。見覚えがある。いや、忘れようがない。

「アヤ・サカモト……ちょいと面ァ貸してもらおうか」

 アヤは二日連続でマスタージェノサイダーに誘拐されることとなったのだった。


つづく



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