トライアングルドリーマー         第二話「世界で一番アイツが好き」



  街の工業地帯にある廃れた自動車工場。悪党の隠れ家はその地下にあった。
 薄暗い施設内に“終末からの使者”が誇る超ハイテク技術の数々が所狭しと並べられている。どれもこれもが強力無比な破壊兵器ばかりだ。
 そんな秘密ラボの片隅に、恐怖に震える少女――アヤと、この基地の主――MG(マスタージェノサイダー)の姿があった。

「光栄に思え。ここに足を踏み入れたのは貴様が初めてだ。清掃業者すら入れたことは無い。自分で掃除しなきゃならんのはめんどくさいがな。現在、円盤型自動お掃除メカを開発中だ」
 椅子が無いため一斗缶に座らせられたアヤは現状を全く把握できていなかった。世界征服を目論む悪党に二日連続で攫われるなんて一体どれほどの確立であろうか。
 アヤは慎重に言葉を選び、恐る恐る尋ねる。
「あ……あの~…………どうして私ここに連れてこられたんでしょう……私、なにかお気に障ることやっちゃいました……?」
 その質問はMGの神経を逆撫でした。
「お気に障ること……? お気に障るだと!? そんな言葉では生ぬるい! 貴様は我が計画を台無しにした! 我が生涯を左右する壮大な計画をだ!」
「……え、えーと……身に覚えが全くないのですが……私が……あなたの計画を台無しに……?」
「それは――」
 MGが自身のマスクに手をかける。首回りが拡張展開し、空気が抜ける音がした。
 マスクが持ち上げられ、その下に隠された素顔が露わになる――
 
「貴様がシャインレックスの心を奪ったからだぁーーー!」
 
 “終末からの使者”の正体は、金髪の美しい女性だった。
「はえぁっ!?」
 思わず声を上げるアヤ。まさかあの破壊の化身が女性だとは思いもしなかった。それもキリッとした顔立ちの美人さんだ。こんな綺麗なお顔ならマスクで隠すなんてもったいなかろうに。
 しかし、どういうわけかその整った表情は何故か憤怒に満ちていた。
「私の方が先にヤツのこと好きだったのに! 横取りするなんてズルいぞ! 他人の男を奪っちゃダメだって学校で教わってないのか! 義務教育をちゃんと受けろ!」
「ちょっ、ちょちょちょちょ! ちょっと待ってください! あ、アナタ……女性だったんですか!? 『ヴィラン・オブ・ザ・イヤー』に五年連続入賞するほど人気実力共にトップレベルの悪者マスタージェノサイダーが女の人ォ!?」
「女が悪者やってちゃ悪いのか」
「そりゃ悪者なんだから悪いに決まってるッスよ……」
 いや、それよりももっと驚くべき事がある。
 聞き間違いでなければ……とても信じがたいが……
「っていうか……シャインレックスが好きって言いました!? ま、マジですか!? な、なんで!? どぉして!? マスタージェノサイダーがシャインを好きなんて――」
「エミリアだ」
「え?」
「エミリア・ギルアーク。私の名だ。二十四歳。八つの頃から自作で兵器を作っている。十三歳の時に開発した光子力場エネルギー【メガロドライブ】を用いた強化武装装甲服(アームドスーツ)と、機械兵器軍団で世界征服の野望に邁進する世紀の大悪党だ」
「そ、そうですか……ずいぶん利発的なお子さんだったんですね」

 シャインレックスに続き、全てが謎に包まれていたMGの本名と経歴がサラっと明かされ、アヤは気が抜けてしまった。
 マスタージェノサイダー……もといエミリア・ギルアークはマスクを机の上に置き、椅子に腰かけて話を続ける。
「確かに最初の頃はシャインレックスなど私の野望を邪魔する厄介なヤツだと思っていた……ヤツに敗れる度、私は装備を強化して対策を講じ、ヤツに勝つことを目標に努力を重ねた。何度も何度もシャインとの戦いを繰り返し、ヤツのことばかりを考えるようになり……そしていつの間にかヤツのことが……す、好きになっていたんだ……」
 頬を赤らめ、もどかしそうにするエミリアの姿は純情なものだった。
「乙女ぇ……」
「だってそうだろう! 身の危険を顧みず街を守るし、強いし、優しいし、建前だけじゃなく本当に善いヤツだし、いっつも私に構ってくれるし」
 そりゃ悪党が悪いことしてたら正義の味方は構うだろ……と思ったが、アヤはあえて口にしなかった。
「で、でもアナタは悪者でシャインはヒーローですよ!? 邪悪な破壊者が正義の味方のこと好きなんておかしいですよ!」
「しょうがないだろ! 好きになっちゃったんだから!」
 悪者ながらウブな言動にアヤはたじろいだ。
 “好き”は理屈じゃない。それはアヤ自身にも覚えがある。
「貴様はあれか、悪者には恋愛の自由も無いと言うのか。悪党は人を好きになる権利もないとでも? そんな法律があるのか? ん?」
「悪者が法律云々を引き合いに出さんでくださいよ……」
「もはや世界征服など、ヤツと戦うための建前だ。私は『シャインレックスに勝利したら告白する』と心に決めていた。ヤツと戦うごとに戦闘データを蓄積し、スーツも機械兵器軍団も強化を重ねてきた。計算では昨日の戦いでシャインに勝てるハズだった……だが!」
 エミリアが机を力強く叩いた。
「貴様というイレギュラーのせいで計算が狂ってしまった! ヤツは従来のデータ以上の力を発揮し、私は敗北した。しかも! しかもだ! ヤツの心は奪われてしまった! 貴様にだっ! アヤ・サカモト! 貴様のせいで……私のプロポーズ大作戦はおジャンになっちゃったんだぞ! どうしてくれるんだ! 人の恋路を邪魔しやがって!」
 いちゃもんどころか逆恨みもいいところだ。もう悪党としての威厳も威圧感も何も無い。
「そ、そんなこと言われてもですね……」
「貴様に私の気持ちがわかるか! 愛する人が自分では無く別の人間に夢中になるこの悲しみが! この辛さがっ! 好きな人に見向きもされない苦しみがっ!」
 エミリアの悲痛な訴えにアヤは口を真一文字に結んだ。

「私は悪党だが……シャインレックスが……す、好きだ。誰かを好きになるなんて初めてでどうすればいいのかわからない。悪者がヒーローに恋するなんておかしいと自分でもわかっている。だが……それでも好きなんだ! ……私はシャインレックスと……お、お付き合い……したいと思っている。ゆくゆくは……その……け……けっ……結婚したい。も、もちろんシャインがイヤじゃないんだったらだけど……」
 急に及び腰になる悪者。しかもシャイ。ギャップの寒暖差でクラクラする。
「アヤ・サカモト……シャインレックスはお前が好きだと言っていたが……お前はどう思っているんだ。ま、まさか……お前もシャインのことを……」
「……私は……――」

 アヤは沈黙した。
 その沈黙が数秒続いた後、エミリアに乾いた笑顔を見せた。
「……安心してください、マスタージェノサイダー……いえ、エミリアさん。シャインのことは、正義の味方としては好きだけど、異性として……恋愛的な意味で好きではないです。だから……あなたの恋を邪魔する気なんてありません」
「……本当か? 恋敵を油断させてシャインを独占しようってハラじゃないだろうな」
「本当です。私には……好きな人がいるんです。シャインの想いに応えるつもりはありません」
「……約束するか?」
「悪党が約束なんか気にするんスか。でも……約束します。私は……自分の“好きな気持ち”を裏切りたくないから」
「……」
 エミリアはアヤの瞳を真っ直ぐ見つめた。少し潤んでいたが、信用に足る瞳だ。
「……いいだろう。貴様を信じよう、アヤ・サカモト。悪かったな、攫ったりして」
 敵意が無いことを示すためか、エミリアはアヤの肩をポンと叩いた。
「貴様はいい奴だ。私にはわかる。私逹は恋のライバルではあるが……互いの幸せを祈ろう。私は必ずやシャインに勝利し、こ……こっ、告白する。貴様も、貴様が好きだという者とうまくいくといいな。何か手伝えることがあれば言え。大体なんでも出来るからな」
「はは……どーも」
 アヤは苦笑いするほかなかった。色んな意味でおっかないし。

「さて、話がついたところで貴様に相談があるのだが……明日、私はシャインレックスと再戦するつもりだ。さらなる改良を加えた強化武装装甲服と機械兵軍団を率いてな。そこで、申し訳ないのだが貴様にまた人質になってもらいたい」
「はぇ!? い、いやですよ! なんで私が!」
「いいじゃないか、減るもんじゃないし。ちゃんとお金も払うから」
「や、八百長じゃねーか! 色んな意味で悪党だな!」
「場所は昨日と同じ、セントラルスクエアに正午に来てくれ。悪いようにはしないから」
 もうツッコミどころが多すぎてツッコむ気にもならなくなってきた。
「作戦はこうだ。貴様をエサにシャインを呼び寄せる。ヤツが現れ、私との戦いを始める前に、人質である貴様と話をする機会を設ける。そこでお前は、シャインに『あなたのことは好きじゃ無い』とハッキリ言うんだ。ヤツは失恋に打ちひしがれ意気消沈。戦闘力も大幅ダウン間違い無し」
「ひ、卑怯~っ……」
「そして私は勝利し、シャインレックスに告白する。ヤツは恋に破れた上に戦いに敗れて落ち込んでいるところを優しくされ、コロっとオチるという計画だ。どうだ、完璧だろ」
 いや、シャインのことは好きじゃないってもう何度も何度も本人に言ってるんだけど……と思ったが、アヤは言葉を飲み込んだ。
「もちろん協力してくれるな? この私の申し出を断るほど、貴様も愚かではないだろうに」
 アヤはうなだれた。
「……わかりました……それでアナタが満足するなら……」
「ふふふ、そうかそうか。よし、これで全て丸く収まったな。せめてもの礼だ。貴様を学校まで送ってやろう」
「えっ、あ、いや、それは遠慮しときます」
「では代わりにテレポーテーション装置で転移させてやる。肉体を原子レベルに分解して任意の地点で再構築するからミキサーに放り込まれた気分を味わえるぞ」
「歩いて帰ります」


つづく


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