トライアングルドリーマー         第三話「世界で一番あの人が好き」



「マスタージェノサイダーに攫われてたあ!? 二日連チャンでえ!?」

 MGから解放されたアヤが学校に戻ったのは、既に放課後だった。
 学校から駅までの帰り道。いつもはリカと笑い話をしたり、週末の予定を組んだりするのが日課だったが、今日は違う。
「同じ人間に二日連続で誘拐されるってどーなのよ。アヤシイ宗教の勧誘でももうちょっと間を置くだろうに。それで、大丈夫なの? 頭にチップ埋め込まれたとか、バッタ人間に改造されたとかされてない?」
 アヤは俯き加減でリカに話す。
「私は大丈夫……だけど……ちょっと奇妙な事態になっちゃってるかもしれない……」
「なにそれ。アヤが実は王家の生き残りで、悪者がその血を狙ってるとか? いいなあ悲劇のプリンセス。乙女の憧れだよね。泣いてりゃイケメン王子様が助けに来てくれるんだから」
 相変わらずのリカに、アヤは呆れ気味に小さく笑う。だが、その笑顔もすぐに萎んだ。

「それがさ……マスタージェノサイダーってね……シャインレックスのことが好きらしいんだ」
「……は?」
「ていうか女性だった、マスタージェノサイダー。人の男を横取りするなって怒られた」
「ハァ!?」
 再び耳を疑うリカ。
「な、なにそれ!? MGがシャインにホの字!? アヤとドロドロ三角関係!? 悲劇のプリンセスから一転メロドラマの巻き込まれヒロインってわけ!? 情報量多すぎて喉詰まるっての!」
 恋バナ多き女子高生のリカでも、こんな事例は初めてだった。いや、世界広しといえどそうそう出くわさないとは思う。
「あ、しまった。『他人の好きな人をバラしてはならない』っていう女子高生の鉄の掟を破っちゃった……り、リカ、この話はどうか内密に……」
「それは大丈夫、私の口はジャムの蓋並に固いから」
 口角を上げて親指を立てるリカの言うことはまるで説得力がなかった。
 アヤは頭を抱え、大きく溜め息をつく。
「はあ〜〜〜……なんでこんなことになっちゃったかなあ〜……」
「でもさ、考えようによっては好都合じゃん。あの二人をうまくくっつければいいんだよ。もうシャインにウザ絡みされなくて済むし、いい厄介払いさね。正義と悪のカップルか……二人に子供が出来たらジキルとハイドみたいに二重人格になるのかな」
 ウザ絡みだとか厄介払いだとか、正義の味方がひどい言われようだ。
 とはいえリカの言う通り、これはシャインレックスとMGをカップリングさせれば丸く収まる話だ。
 だが、しかし、そこには一つ大きな問題があった。

「うん……そうなんだけどさ……でも……でもね……それだとちょっと私が困っちゃうんだ」
「困る? なにが?」
 アヤがもどかしそうな態度を見せる。
「私……ね……好きな人がいるって言ってたでしょ」
「あーね、今朝言うてたね。それが?」
「その……私の好きな人っていうの……実は――」
 アヤは大きく息を吐いた。
 しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと、搾り出すように秘密を明かした。
 
「……マスタージェノサイダーなんだ。私が好きな人……」
 
「…………は?」

 リカは三度耳を疑った。
「はぁ~~~!? なんっ……それ……マジ!? スーパー大悪党のマスタージェノサイダーが好き!? 税金も払わない、信号も守らない、その上世界征服しようとしてる超ワルモノだよ!? な、なんで……」
 女はちょっとワルな男に惚れやすいとは言うが、アヤはそーゆータイプではないし、もはやそーゆーレベルの問題ではない。相手はワルの中でも最上級、ワーストだ。いや、この場合最低と言うべきなのか。
 アヤは頬を薄く赤らめ、顔を伏せる。
「私……昔からテレビや漫画とかでも悪役の方が好きだったんだ。正義の味方より怪獣や怪人の方がカッコイイっていうか……ゴジラが東京壊すの応援してたくらいだし……」
「アンタの性癖そーとー歪んでるね」
「……でも、それだけじゃないんだ」
 アヤは両手の指をチョンチョンしながら、気恥ずかしそうに話す。

「二、三ヶ月前に私、風邪ひいて市民病院に行ってね……その時に“ドクタークリムゾン”が病院を占拠して、私……人質にされたんだ」
「えっ!? なにそれ!? そんなの初めて聞いたんだけど!」
 “ドクタークリムゾン”とは、MGと同じく〈ラウンドシティ〉を拠点とする著名な悪党だ。噂では医師になるため二十七回医師免許試験に挑戦したが全て失敗し、逆恨みから医療機関と国家公務員だけを狙う犯罪者になったと言われている。
「めちゃくちゃ怖くって、どうすることもできなくて、もうここで人生終わっちゃうのかもって思うと、涙が出てきて……その時……マスタージェノサイダーが現れて――」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
「ぐはっ……! な、何故だマスタージェノサイダー……我が輩達は同業者……仲間の仕事の邪魔をしないのがこの街の悪党のルールだろう……」
「仲間だと? 警官や政治家ならまだしも、病人や老人を巻き込むような外道と我を一緒にするな。貴様は悪党の風上にもおけん。ムショで頭を冷やせ、ゲス野郎」
「くっ……このドクタークリムゾンが……貴様の様な……全国健康保険協会管掌健康保険の法別番号も知らぬ様な者に……倒される……とは……――」
「フン、試験勉強の前に道徳を学べ、阿呆が」

「あ……あの……あっ……ありがとう……ございました。助けてくれて……」
「勘違いするな。我はこの街の悪党の評判が落ちるのを嫌っただけだ。だが……まあ、ケガも無くて良かったな。身体には気をつけろよ」
「っ! ――……は……はい」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
「――絶望に包まれてた私を助けてくれて、ツンケンした態度で、ぶっきらぼうで、だけど気遣いの言葉をかけてくれて……そんなあの人のこと……私……」
「す……好きになっちゃったっていうの?」
 何も言わずに頷くアヤ。
「自分でもヘンだって思う。でもしょうがないじゃん! 好きになっちゃったんだもん!」
 アヤの主張はまるで自分に言い聞かしているようにも聞こえた。
「でもそんな事件初めて聞いたよ。SNSは毎日十八時間くらいチェックしてるから、報道規制されたってところか。悪者が人質を救出したなんて色々面倒だもんね。つかアンタ人質にされすぎでしょ。ガチ悲劇のプリンセスじゃん」
「マスタージェノサイダーは街を破壊する悪党だと思われてるけど、実は誰もケガしないようにちゃんと計算してやってるんだよ。色んな映像や記録を調べたから裏付けもある。だからって悪者にかわりないけど、皆が思うほど最低最悪な外道なんかじゃない。それに……私にとっては命の恩人で……初恋の人なんだよ」
「……」
 リカはコメントに困った。こんな難儀な恋愛、どうコメントすればいいのかわかるわけがなかった。

「ごめんねリカ……こんなこと言われても困るよね」
「そりゃ困るよ。誘拐事件の被害者が犯人を好きになるなんて。まあ、割とそーゆー話って実際にあるらしいけど」
「それもだけど……」
 アヤは一度言葉を飲み込んだ。だが……言わずにはいられなかった。
「……やっぱヘン……だよね。女が女を好きなんて……」
 アヤはリカから目を逸らた。
 怖かった。親友に否定されるのが。拒絶されるのが。ヘンだと言われるのが。
 事前に予防線を張っておかなければ、全てを失う気がしたのだ。
「や、それは別にヘンではないっしょ」
「……え?」
「アヤはマスタージェノサイダーの性別がどーとか、そーいうこと一切関係なく、人として好きになったんでしょ。恋しちゃったのがたまたま同性だっただけのことじゃん。今どきよくある話でしょ」
 あっけらかんと言うリカに、アヤは目を点にした。
「でも……周りから白い目で見られるんじゃ……」
「人の恋愛にどーこー言う権利なんて誰にもないよ。そりゃ世の中にゃ同性愛を嫌うって人もいるだろうけど、人間なんだから好き嫌いは当たり前。それはどーしよーもないよ」
「……」
「誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだから、アヤも他人を気にして自分を曲げることなんかないよ。だけどもし石投げてきたり、端っこ歩けとか言うよな奴がいたらダンコとして立ち向かうべきだけどね!」
 リカは握り拳を見せ、力強く主張した。
「…………そう……なのかな。人を好きになるのって初めてだから、これで合ってるのかな、正しいのかなって……わかんなくなっちゃって……」
「恋愛に正しいなんてあるもんか。しかも私達は十代の若者なんだよ? 高校生の恋愛なんて馬鹿にならずにいられるかっての」
「……ふふ、よくわかんないけど、そう言われると気が楽になった気がする」
「まあ、私はイケメン好きだからアヤの気持ちは理解できないけどね」
「ちなみにマスタージェノサイダーの素顔はキリっとした美形だよ」
「えっ、マジで。カッコイイなら同性も全然アリだよ私」
「ほんと面食いだよねリカ。前にテレビで特集してたイケメン馬にも目を輝かせてたもんね」
「あれは毛並みが綺麗でどんなトリートメントしてんのか気になっただけ」

 馬鹿を言い合い、ひとしきり笑った二人は大きく息をついた。
「それより、どーすんのさアヤ。いつ告んの?」
「へ? ……いやいやいや! なに言ってんのさ! 告るわけないじゃん! ……フられるに決まってるのに告白したって辛いだけだよ」
 アヤは「あはは……」と小さく笑ってみせたが、引きつった笑顔が痛々しかった。
「あの人はシャインが好きなんだから、私の付け入る隙なんてないもんね……」
「……アヤはそれでいいの?」
「……」
「初恋って人生で一度しかないんだよ? 悔いが残らないようにしなきゃ。二人がくっついたら困るってさっき言ってたじゃん。アヤは、本当はどうしたいの?」
「…………私は――」

 アヤが答えに困る中、面倒で厄介なウザ絡み男がその場に現れた。

「やあ、愛しいアヤ。会いに来たよ」

 アヤの恋のライバル、シャインレックスだ。


 つづく


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