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二世帯住宅が完成しない #13 蛙の覚悟

「死にたい。」

そう言われてしまい、私は何も返せなかった。

励まそうと思いつく言葉は、どれも軽く感じ、飲み込んだ。
相手は冗談では言っていない。
本心だ。

「長生きしてもな、ええことないで。」

今年97歳になった祖父が言う。
かめはめ波 並みの説得力だった。

日に日に思うように動かなくなる身体、ひどくなる物忘れ。できないことが増え、自分が自分でなくなっていくような不安感。

やり残したことがあっても、自分の身体ではどうにもできない。冒頭の言葉には、そんなやるせない思いがくみ取れる。

97歳にもなると、未来は明るく思えず、早く召されたくなる気持ちも、なんとなくわかる。

10年前に最愛の妻(祖母)に先立たれ、祖父は長くて寂しい時間を過ごしていた。

それに、うちの家系の大半を占める男家族は、めったに祖父に会いに来ることがない。父も兄も、叔父も従兄弟も、お正月に会いに来たらいい方だった。

「便りがないのは元気な証拠」と家族思いな祖父は言うが、冷たい彼らに、私はやきもきしていた。

ただ、そんな祖父は、「奇跡の人」とよく言われる。
なんと、この歳で一人暮らしをしているのだ。

といっても、一人で日常生活を送れるわけではない。
中等度の認知症もあり、要介護1認定を受け、ほぼ毎日デイサービスと訪問ヘルパーを利用し、何とか一人暮らしをしている。

祖父自身も「家族には迷惑をかけたくない」とよく言い、健康には気を遣っていた。そして慣れ親しんだ家に住み続けることを希望していた。

周りのサポートもあってこそだが、何よりすごいのは本人の生命力。やはり戦争禍を生きた人間は強い。

しかし父は、祖父が90過ぎた頃から、老人ホームを勧めるようになった。

「一緒におじいちゃんを説得してくれへんか?」

応じない祖父のことを頑固だと言う父は、私を頼った。
実は、私と祖父は、月1で飲みに出かけたほどの仲良しである。

90代の一人暮らしなんてあまり聞かないし、老人ホームに入ってくれた方が、家族としては安心。確かにそうだが、本人は嫌がっていた。

老人ホームはメリットも多いが、生活ルールがあり、自由な外出もできない。入居者ガチャもあり、人間関係のトラブルが起きると最悪。一度入所すると、ほぼ片道切符なのも難点だ。

祖父と父、どっちの気持ちもわかる。
だが、私は父の味方になれなかった。

「いいかげん、老人ホーム入れよ!」

父の説得は、いつも喧嘩腰だった。こんな言い方で入居を考える人がいるのだろうか。情けなくて、親の顔が見てみたい。

「親に向かってナンヤ!その口の利き方は!」
親である祖父も負けていない。

蛙の子は蛙。ちなみに子蛙の子も蛙。
同席したものの、3人の蛙が囲む空気は重かった。

孫蛙の私は「まあまあ」と間に入る。

「お父さんはそう言うけど、具体的な施設や費用は調べてるの?」
「…」

調べてないんかい。

父は、「祖父を老人ホームに入れること」をゴールと考え、その先を見ていなかった。「結婚」がゴールと勘違いするアラサー女子のように、考えが甘かった。

老人ホームは、施設によって特徴も異なるし、家族が通いやすい都心近くの場所になるほど、費用は高いことが多い。頭金は目玉が飛び出るほどだ。それに入所は本人にとっては、環境が大きく変わるので認知症が進行するリスクも大きい。

生産性のない口論を止めるため、私は父を諭した。
「まず具体的な施設やプランを考えて、本人にプレゼンしたらどう?」

父は「…世話がかかるなあ」と苛立ちながらも、引き下がった。

それ以降、父の老人ホームのススメは、パタッとなくなる。
「今は何とか一人暮らしできてるんやし、もう少し様子見よう。」と手のひらを返した。恐らく父も色々調べて、目玉が飛び出たのだろう。現金なものである。

本来、祖父と父は、2人とも穏やかな性格だ。しかし、2人の相性は悪く、すぐ喧嘩になる。昔から親子でたくさんの衝突があって、今の関係に至っているのだろう。

「よく喧嘩になるけどな、アイツ(父)にも優しいところはあるねんで。」

あんなに喧嘩しておきながら、祖父は私に言う。とんでもない親バカだ。祖父からすると、いくつになっても父は大事な子どもなのだ。

私も父の歳になると、親子で喧嘩するのだろうか。
私も祖父の歳になると、子ども達から疎まれるのだろうか。

孫蛙の私は、先人の生き方を見て、考える。まだまだ人生経験値が足りず、残念ながら想像に欠ける。

私が娘を出産したころ、祖父の認知症は少しずつ進行し、私は赤子の娘を抱えながら、遠距離介護に奔走した。詳細を書くと1億字を超えるので、ここでは割愛する。

祖父のことを大事に思っているからこそ。
でも、ここで徳を積んで、「私は寂しい終末を送りませんように」と願掛けしたい気持ちもあるのかもしれない。

現在、私は2児の子育てもあり、満足に祖父のお世話ができず、不甲斐ない思いである。

幸い、優秀なケアマネやヘルパーのおかげで、祖父は気ままな一人暮らしを継続している。デイサービスのスタッフや利用者さんとも仲良くしているらしい。祖父の人生のエンドロールを彩ってくれる方々には、感謝でいっぱいだ。

父も子蛙だ。祖父のように、どんないさかいがあっても、父は私の味方でいてくれるだろう。だからこそ、私も親の味方でありたい。

二世帯住宅の計画を進めるにあたり、そんな気持ちや覚悟もあった。


ある晩のこと。その覚悟と葛藤しながらも、孫蛙の私は、子蛙の父から来たメールを見て、舌打ちしていた。

「いい加減にしてくれ…」

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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