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二世帯住宅が完成しない #15 ため息

朝4時。私はそっと布団をすり抜け、リビングに向かう。

あたたかい飲み物を作り、PCを開く。そしてnoteを書く。
一番集中できるのは朝。私の頭は冴えている。気分は知的な小説家。

カタカタカタ…と執筆すること2時間。時計を見ると、早くも6時前。そろそろかな。名残惜しくもPCを閉じる。

家族が起きてくる前に、私は、夫のお弁当と朝食づくりに取りかかる。気分は良妻賢母の磯野フネ。トントントンとまな板を鳴らす。

夫のお弁当も詰め終わり、手際よく配膳をしていると「ママ~」と目をこすりながら起きてくる娘。「おはよう」と抱きしめる。

これが、私のモーニングルーティン

…のはずだった。

ピロリン ピロリン…
アレクサの目覚ましが鳴る。朝6時すぎ。私は布団の中にいた。

「…やってしもうた。」

アレクサの目覚ましは夫用のもの。
寝坊だ。私は飛び起きる。

母親の挙動が伝播してしまい、息子も起きる。そして、泣く。寝かしつける間もなく、やむを得ず息子を担ぐ。12㎏は、寝起きの身体にこたえる。

息子の不機嫌が伝播し、次は娘も泣き出す。夫もむくりと起きる。目覚まし音としては、オーバースペックな泣き声の大合唱。

家族総出でリビングに移動。オムツを替えるも、息子は不機嫌のまま。娘はブレイクダンスをするように、床で泣き暴れる。

まずい。兄家族が起きてしまうではないか…。

我が家は二世帯住宅を建てたが、住むはずだった両親の代わりに、現在は兄家族が仮住まいしている。完全分離型ではあるものの、生活音は聞こえ合う。

新生児の姪が起きてしまっては、兄夫婦に恨みを買われてしまう。本来感じる必要のなかった罪悪感に苛まれ、起きて早々気が重い。

私はリモコンをつかみ取り、NHKプラスの門を叩く。乳幼児番組「いないいないばぁ!」を再生。子ども達は、鳴り止んだ目覚まし時計のように、スッと静かになった。

胸をなでおろす間もなく、私は急いで台所に立つ。鍋に水を入れ、火にかける。鮭とししゃもをグリル皿に並べ、レンジに放り込む。野菜をアータタタタタと切り入れ、味噌汁を作り、並行して卵焼きを焼く。作り置きの副菜もあったが、弁当箱のスペース的に、もう1品作らなければ…。ぐぬぬ。

夫の出発時間は7時すぎ。弁当を作りつつ、6時半には朝ごはんを完成させたい。寝坊したせいでnote時間がなくなった無念と、夫の遅刻阻止への重圧で、気持ちに余裕はなかった。いつものことだが。

夫は私の様子を見て、不穏な空気を察知する。洗顔などの身支度を終えると、何も言わず配膳を手伝う。弁当の白ご飯も詰めてくれていた。が、

「それェ!おかず用の段!」

般若顔の私に気圧され、夫はビクリとする。

弁当箱は、細長い2段のものを使っており、下段の方が小さく、ご飯を入れるにはちょうどよい。上段の大きい方をおかず用にしていた。いつもおかずを豊富に詰めなければいけないのが難点だ。

鮭と卵焼き、副菜では埋まりきらなかったため、私はきんぴらをアクセル全開で作っていた。

しかし、夫はおかず用の段にご飯をよそっていた。テレコだ。そうすると、おかずは小さい段に詰めることとなり、スペースは狭く、渾身のきんぴらの席がなくなる。

取るに足らない不測の事態。
しかし、この瞬間、私はキャパオーバーに達した。

理不尽な内定取消を食らった きんぴら。我が子の無念を思い、行き場のない怒りを体内から吐き出す。

ハアッ…!

思いきり大きなため息をついた。
空虚に向けているようで、夫への当てつけだ。

「…ゴメン。」と夫が謝る。

わかっている。
夫は気を利かそうとしてくれた。毎日弁当を持たせているのだから、ごはんの段はどっちか覚えていてほしかったが、彼なりのベストを尽くしてくれたのだ。さっきの自分の態度は、夫に気の毒だ。

味噌を解きながら冷静になり、私は自己嫌悪に陥る。

「ハアッ…!」とため息をつかれるのは、私は嫌いだった。
これは、母親の癖だった。

母は昔からヒステリックになると、怒りのこもった大きなため息をついた。言葉にはしないものの、相手は強く非難されているように受け取る。

ストレス解消に深呼吸するのはいい。しかし、荒いため息は、周囲の気分を害する。察してちゃん感も強い。何か不満があるのなら、態度でなく言葉で示すべきだ。

自分がされたことが嫌だったので、不満は都度言葉にするよう心がけ、それを夫婦間のルールにしていた。

しかし、子育てに追われると、なかなか気持ちに余裕がなく、時折夫にやってしまう。私は「他人に厳しく、自分に甘い」集団のトップランナーだ。

昔から、母の癖や性格に思うところは諸所あった。尊敬する部分もあるのだが、私は母を反面教師にしている。しかし、育った環境の影響は大きい。

母の背中を見て育ったためか、つい荒いため息など、母の癖をやってしまう私は、我に返って落ち込む。私も結局、母のようになるのだろうか。血は争えないとは、恐ろしい呪縛だ。

そんな十字架を背負いつつ、夫婦関係においても、私は両親を反面教師にしている。

せっかちな母に対して、父はマイペース。なぜこの2人が結婚したのか私は不思議であった。自分にないものに惹かれるってやつだろうか。

昔は喧嘩しつつも、仲が良かったのを覚えている。しかし、私が中学に入ったころから、両親は常に喧嘩するようなり、母の大きなため息は、1日に何度も聞かされた。夫婦らしい会話はなくなり、我が家の家庭環境は、つけ麺の汁のように急速に冷えていった。

気が付けば、両親は、世間一般でいう仮面夫婦、芸能界でいうカイヤ夫婦となった。

両親の夫婦関係が壊れたきっかけを、私は知っている。

昨年、広末涼子の禁断ロマンスが報道された。彼女直筆のラブレターが出回り、世間が嘲笑した。私は似たような人間を知っており、笑えなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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