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二世帯住宅が完成しない #14 キーパーソン

「兄嫁ちゃんがね、あんたは育休中何してるのかなって気にしてたよ。」

へえ。

「兄嫁ちゃんはね、育休中のスキマ時間に簿記の勉強してるんだって。」

エライねえ。

2021年春のこと。
私は第一子の娘を出産してから、5か月が経とうとしていた。

同じく兄嫁も0歳の娘(姪)がいて、育休中であった。彼女と母の会話を又聞きした私は、奥歯にネギが挟まったような違和感を覚える。

「お義母さん、義妹ちゃん(私)は育休中に何しているんですか?私は簿記の勉強してますけど。」

これに何の違和感を持たないあなたは、甘酸っぱいカルピスを思わせるピュアな心の持ち主。そなたは美しい。

私はというと、毎朝黒酢の炭酸割を飲み、猪木のビンタ代わりにガツンと闘魂注入する女。京女である彼女の意図を、性悪説で翻訳してしまう。

「お義母さん。義妹ちゃん(私)も育休中で時間が余ってはるでしょうから、お勉強くらいしてはりますよね?ちなみに、私は簿記やらしてもろてます。」

京都弁をよく知らんが、こんな感じだろうか。

もし私が、育休中にリスキリング(学び直し)などせずボーっとしていたら、兄嫁は自分に対する義母のポイントが上がり、メシウマということか。人を踏み台にしてまでの兄嫁の母への懐柔策には、あっぱれやのう。

…と、

一瞬、醜い妄想がトーストした餅のように膨らんだが、「そんなわけないか」と当時の私は、この件を 被害妄想 と脳内で処理した。

「それで、あんたは何かしてんの?」

兄嫁への疑いを必死で供養する私の目の前で、とぼけたことを言う母。
私の口角はアントニオ猪木になる。

「何していると思う?」

当時、私たち夫婦は、両親と二世帯住宅の計画を進めていた。

このプロジェクトにおいて、夫と両親の関係をつなぐ私は、キーパーソンとして家族代表(下っ端)となり、設計事務所とのやりとりや、雑務を担った。

娘の出産前には、設計事務所と契約を済ませ、詳細設計を進めていた。

暇さえあれば、図面を隅々までチェックし、過去の打ち合わせ内容と照らす。トレンドのインテリアや収納などをリサーチし、新たな要望事項があれば書きだす。夫の意見も聞き、両親の意見も取りまとめたメールを作成する。

リスキリングなどしている暇はなかった。(する気もなかったが。)

これだけだと、私はマイホームへの夢を膨らましながら、充実した育休ライフを送っているように見える。しかし、実際はかなりハードだった。

娘を出産し、すぐに設計事務所との打ち合わせも始まる。コロナ禍もあり、主にZoomやメールでのやりとりとなった。

私たちには、担当設計士Sさんが就任してくれた。40前後の2児の母で、一級建築士。きめ細やか、真面目、レスも早い。仕事熱心でワーママの鏡だった。

Zoomでは、家族そろって3時間以上打ち合わせをする。赤子を抱えながらで疲れるが、和気あいあいと仕様を決めていく。即決できない保留事項は、後日メールで意思決定する。施主の意見を反映した図面を作成してもらい、それをもとに、また打ち合わせをする。

それを何度も繰り返し、図面をブラッシュアップさせ、完成へ近づけていく。途中、外壁や床材など手で触れて確かめて仕様を決定する場合は、設計事務所やショールームまで足を運ぶこともあったが、基本的にはオンラインで進めていた。

保留事項は、なるべく早く意思決定しないと、図面の進捗に影響する。スピード感を持って意思決定するよう調整した。

この時期から、祖父の認知症も少しずつ進行し始めた。長男の父を当てにできないと判断したケアマネOさんは、頻繁に私に連絡するようになる。気が付けば私は、祖父の介護にかかる連絡窓口を担うキーパーソン(家族代表)となっていた。

Oさんも40代のワーママ。彼女も仕事に対して熱く、祖父も信頼を寄せていた。人当たりもよく、私とメル友となり、今では祖父の介護以外の話題にもよく花を咲かせる。

慣れない育児をしながら、家づくりだけでなく、ケアマネとも連絡し合い、片道1時間かけて祖父の様子も見に行くこともある。毎日が忙しかった。

浮き沈みの激しい認知症の祖父の遠距離介護は、一筋縄ではいかない。ただ、家づくりも同じくらい、いばらの道であった。

うちは完全分離型の二世帯住宅なので、それぞれの居室スペースについての仕様は、各夫婦で相談して結論を出す。私が取りまとめてSさんにメールする。

…はずだった。

親スペースの保留事項の意思決定などについては、期日までに私へメールするよう両親に伝えていた。

期日に近づいたある夜のこと。
私は夜間授乳の寝不足により、メガネを外したのび太の目のように、瞼の重力を感じながらPCを立ち上げる。

2件メールが来ている。父と母からだ。

「なんで2件やねん。」

愛用のPCに向かって静かなツッコミを入れた。悲しくもPCは、無言で現実を突きつける。

いや…夫婦でとりまとめて1件送ってくれ。

内容を見てみる…やはり意見が割れているではないか。

私は目を閉じ、思い切りため息をつく。

忘れていた。

父と母は仲が悪い…。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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