見出し画像

THE FIRST SLAM DUNKと私と異常中年男性 ―お前は誰なんだよー

2023年3月に見た映画にずっと心を奪われている。
THE FIRST SLAM DUNKである。
応援上映があると聞けば夜中に画面にかぶりついてチケットを取り、Dolbyを観に大阪まで遠征し、復活上映があると聞けば繋がらない画面に半泣きになりながらもチケットを取った。
イベント以外にも暇があれば映画館に行っていたから、上映終了の2023年8月31日まで、およそ半年で36回ほど観た。
人生でTHE FIRST SLAM DUNK以外の映画に行った通算よりも多く通った。
それだけ通えば何度か「席ガチャ失敗したな」と思うこともある。
キャラメルポップコーンをひたすら食べているカップルの隣になったこともあれば、スマホのバイブを盛大に鳴らされたこともある。よりにもよってあの無音シーンで。
とはいえキャラメルポップコーンは仕方ない。映画館の売店に売っているし、食べるなとは言えないし。スマホのバイブは「機内モードにしとけよ……」くらいは思ったけれど、この辺りはまだマシだ。
これらの迷惑行為が可愛く思えてくるほどの迷惑異常中年男性に出会ってしまったからだ。

忘れもしない水曜日のサービスデー、その中年男性は私の席から右方向に少し離れた後ろの席に座っていたはずだ。私からちょうど見えない位置だったので確証はないが。
最初に中年男性を認識したのは、幼い頃のリョータがミニバスで負け、母とも分かり合えず一人膝を抱えている場面だ。IHに画面が切り替わる直前、試合を観戦していた男性の「兄貴の代わりにはなれないさ」という台詞が挟まる。

「そうかー……」

その声は明らかに画面の外から聞こえてきた。えっ今誰か返事した? スクリーンに向かって? 映画の最中にこんなでかい独り言言う奴おる?
いたのである。
中年男性はそこから調子が出てきたようで、映画の展開に対して一々感想を呟いていた。クソデカボイスで。なにせ少し離れた私にまで聞こえる声量である。
これがたとえば、様々の理由で長時間黙っているのが難しいような人であったなら、私だって何も言うまい。
だが中年男性は明らかにそうではなかった。映画館を自宅と思い込んでいるタイプの異常中年男性であった。

中年男性の独り言は本当にでかい上にあまりにもしょうもなく、そのしょうもなさゆえに、逆に気を取られるタイプのものだった。
劇中、沖縄を離れ神奈川に引っ越してきたリョータが、周囲に馴染めない中、屋外コートである人物と出会う場面がある。彼は挨拶がわりにスリーポイントを打つのだが、それを見た中年男性は一言、

「綺麗だ……」

落ちてんじゃないよ恋に。
その後も彼を呼ぶ友人の「みっちゃーん」に反応し、まるで口に含めるような、ねっとりとした言い方で「みっちゃん、みっちゃん……」と繰り返していたり、三井寿がスクリーンに映ったタイミングで必ず「みっちゃん」と呟いていたため、鬱陶しいことこの上なかった。

中年男性の独り言はしょうもないだけでなく、このように作品に入り込みすぎており、自分が登場人物の一人と錯覚しているタイプのものであった。本人はのめり込んで楽しんでいるからいいものの、こちらは映画を観にきたのであって、知らん中年男性の独り言を聞きにきたのではないのである。ちなみに、もちろん応援上映ではない。応援上映だってこんな奴がいたら迷惑である。
中年男性の独り言と共に物語は進む。試合後半、相手チーム山王工業高校のキャプテン、深津からインテンショナルファウルをもらい、宮城リョータはフリースローを二本打つことになる。原作では「決して得意ではないフリースローを執念で二本決める」とだけあった場面だ。映画では前夜、宮城リョータに何が起こったのか、誰と、どんなやりとりがあったのか掘り下げている。彼の憧れるマネージャーの彩子との、信頼と愛情の滲むやりとりを。
彩子のリョータに対する感情を推し量ることは難しいが、そこには間違いなく、二年間ともに戦った仲間としての信頼があり、蓄積がある。だからこそフル出場で消耗しているリョータに対して、彩子は顔を上げて、はっきりと「あいつは大丈夫です」と言い切るのだ。
その場面を迎えて、中年男性は感慨深そうに呟いた。

「うん。大丈夫」

お前は誰なんだよ。
どの目線でそれを言うんだよ。
お前はリョーちゃんと彩子さんの何なんだ二人の何を知ってるんだ本当にお前は誰なんだよ!!!!!!!

この辺りまで来て、私はようやく怒りを感じ始めていた。なにせほぼ冒頭からずっと、聞きたくもない異常中年男性のオーディオコメンタリーを強制的に耳に流し込まれているのだ。地獄か? というかどうやったら映画館でこんなクソデカ独り言ずっと喋ってられるんか? もしくはアメリカ帰り? というかアメリカでもこんな奴いたら大ブーイングだろ!! 重ね重ね言うが応援上映でも何でもないし、応援上映だってここまでひどい奴おらんかったぞ!

辛かった。ただただ苦痛だった。主が与えたまえし新手の苦難かと思った。
しかし、ここまできて、私には別の興味が湧き起こっていた。すなわち、「こいつあの無音シーンでも独り言続けるのか……?」である。
ご存知の通り、この映画には終盤にかなり長く(体感一時間)、無音の状態が続く箇所がある。応援上映では静まりかえり、子供も息を呑んで見守るほどの、限界までテンションのかかった一本の糸のような場面だ。心臓の音がタイムクロックの音とすり替わり、時計の針がてっぺんを指し(ここでDolbyやIMAXでは音が時計回りに聞こえてくる)、誰もが身動き一つ取れない瞬間がやってくる。
あの場面でも、この異常中年男性は喋り続けることが出来るのか?

結論から言えば、出来たのである。

館内は異様な雰囲気に包まれていた。緊張感の極限まで高まった物語と、そんなこと知ったこっちゃねえとばかりに喋り続ける異常中年男性の、嫌すぎるマリアージュだった。こいつ人の心とかないんか??(余談だが、男は背中を痛めた桜木花道が、痛みと戦いながらも必死で、動物的ともいえる動きで沢北からボールを奪い取る「返せ」の場面で笑っていたので、本当に人の心を持っていない可能性もある)
ラスト十秒を切って一点差を追う展開。流川楓が相手のペイントエリアまで切り込み、シュートモーションに入る。だが目の前には河田と沢北の高い壁がそびえている。
しかし、その向こうで桜木花道はパスを呼ぶのだ。おそらく、流川にしか聞こえないほどの声量で。
ボールが桜木花道の手に渡り、二万本練習した、基本的なジャンプシュートを彼は放つ。時計の音は止まり、スクリーンは〇秒を映し出す。ボールは美しい放物線を描いてリングへ吸い込まれ……

「ダメかぁー……」

んなわけある????
こいつスラムダンクを知らんのか?? バスケのルールとしてのブザービーターを知らんのか????
いや別にTHE FIRST SLAM DUNKはスラムダンクを知らなくてもバスケのルールに明るくなくても見られる映画だからそれはいいとして、物語の流れ的にここで点入らないわけある???? ちょっと考えればわからんか???? こいつ生まれて初めてエンタメに触れた人間か???? ガチで人の心とかないんか????

かくして、THE FIRST SLAM DUNKと私と異常中年男性の長きにわたる映画体験は終わった。終わった瞬間、私はロビーに駆け込み、中年男性の独り言を覚えている限り全て書き出していった。
この怒りをネタにして昇華しなければ、私は死んでも死に切れん、もし今私が怒りのあまり憤死したとしたら、知り合い全員の夢枕に立ってこいつの話をしなければおちおちあの世にも行っとれん!! という、断固たる決意だった。
むしろ、主があえて私の近くにあの異常中年男性を配置しあそばした可能性もある。noteのネタにせよとの思し召しで。

普段あまり映画を見ない人間にしては、かなりの席ガチャ外した経験だと思うが、月一とかで映画館に通っているような人は、もっとヤバい奴らと遭遇しているんだろうな……と思う。
全国の映画好きの皆さん、お疲れ様です。


この記事が参加している募集

映画館の思い出

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?