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ウエクミ対談シリーズ:市原佐都子

オペラを初めて演出した上田久美子が、東京公演を観劇した様々なジャンルで活躍する知人・友人の感想を聞きながら語り合う対談シリーズ。第3弾は、劇作家・演出家・小説家で、城崎国際アートセンターの芸術監督を務める市原佐都子さんです。市原さんの感じる音楽が持つ力とは?そして話は音楽の起源にまでさかのぼり…!?今までとは少し違う角度からの話となりました。

市原佐都子
劇作家・演出家・小説家・城崎国際アートセンター芸術監督。大阪府生まれ、福岡県育ち。桜美林大学にて演劇を学ぶ。2011年よりQ始動。人間の行動や身体にまつわる生理、その違和感を独自の言語センスと身体感覚で捉えた劇作、演出を行う。2011年、処女作『虫』にてAAF戯曲賞受賞。2019年『バッコスの信女 ─ ホルスタインの雌』をあいちトリエンナーレにて初演。同作にて第64回岸田國士戯曲賞受賞。2021年、ノイマルクト劇場(チューリヒ)と共同制作した『Madama Butterfly』をチューリヒ・シアター・スペクタクル、ミュンヘン・シュピラート演劇祭、ウィーン芸術週間他にて上演。著書に小説集『マミトの天使』(早川書房)、戯曲集『バッコスの信女 ー ホルスタインの雌』(白水社)がある。

歌の起源はセックスアピール?

上田:市原さんは私が一番好きな劇作家さんで、なんと観に来てくださったと知り、お話ししたくて対談をお願いしてしまいました!

市原:すごい面白かったです。文楽って聞いてたんで人形とか出るのかと思ったら違った(笑)。踊りがすごいですよね、『田舎騎士道』では、聖子役の三東さんの踊りがすさまじくて…。どうしようもない話なのに、揺さぶられて、だんだん崇高な話に思えてきて、「人間って…」みたいなところに持っていかれた。

『田舎騎士道』より ©2/FaithCompany

上田:そうですか。

市原:それと日野(アルフィオ)が最高でした。笑ってしまった。こんなことやっていいんだ!って。

上田:帰ってきたぞ!というアリアのところですか?

市原:そう、馬車でなくトラックで帰ってきたことになってましたよね(笑)

上田:原詞では「馬車屋の俺が帰ってきたぞ」と歌うアルフィオに、街の人々が「素敵な仕事で羨ましい」と、熱狂的に歌っていて。いやしかし、これは本当は何を言わんとしている場面なのか…と、歌詞以外の何かがある気がして考えてたんです。そしたら…オスの孔雀が尾羽を広げて自分が優れていることを周囲に見せつけるとか、アルファオスが集団の中で自らの力を示して、群れの仲間は彼に気に入られようと降参する、みたいな感じがするなと…。それで街の顔役みたいなトラック野郎が、男としての精力を誇示して、近所の人たちが必死でヨイショするという場面になりました。格好いいんだけど滑稽に演出することで、当時のマチズモを異化した感じでしょうか。

『田舎騎士道』より ©2/FaithCompany

市原:なんていうか、ちょっと話は馬鹿みたいだったりしますよね?

上田:(笑)市原さんが、オペラの『蝶々夫人』を翻案して『マダムバタフライ』を作られたの、拝見しました。蝶々夫人が、六本木のバーに集まるような、外国人男性目当ての日本人女性に置き換えられてましたよね。過去の価値観で描かれた物語は、男女観とか、『蝶々夫人』だと歪んだオリエンタリズムとか、今、直視すると違和感あるのは同感です。

市原:話を見るというよりも歌を聴くものなんでしょうか?

上田:確かに、オペラを聴きにいくという言い方をしますよね。ストーリーの細部を観に行っているのとは違うのかもですね。音楽に込められている「寂しい」とか「好きだ」とかいう普遍的な感情に共鳴するのかも。

市原:ああ…。

上田:音楽って、それ自体が感情を表しますよね。聴いただけでノスタルジックな気分になるものとか。ある一定の音楽は一定の感情に結びつくというか。私たちは西洋音楽の教育の影響を受けているから長調のメロディを聴くとポジティブに感じたり、短調だと物寂しく感じたりしますよね。これは後天的な刷り込みなんで、西洋音楽にふれたことのない地域で短調のメロディを聴かせると、楽しいと言う人もいるはずですけど。まあ同じ文化圏ではこんな曲を聴いたら自動的にこんな気分になるという文法みたいなものを共有してると思います。音楽そのものがある感情を喚起するから、このアリアのメロディを聴いたらヒロインの悲しみが伝わる、みたいなことが可能なのかも。話の筋でヒロインの悲しみを理解するというよりも。でも歌はどうしてそこまで強力に人間に訴えるのかな…。私、人はなぜ歌うのか知りたくて音楽の起源にまつわる本なんか読んだんですけど、一つの説では、自らが優秀な個体であることを示して異性を惹きつけるために美しいメロディを発すようになったと。他より綺麗に歌える鳥は繁殖に有利なように、人間界でもセクシャルなものと音楽とはどうやら深く結びついているから、それを聴くと本能的にグッとくるように音楽は進化しているのではないかと…。音楽の美しさが生殖ということに関わっている説。

市原:ああ…歌の起源がセックスアピールと考えると、今回のオペラみたいなストーリーになるのもわかる気がします…。多くは恋愛の話ですよね…オペラって。

『田舎騎士道』より ©2/FaithCompany

音楽に持っていかれっぱなしになる

市原:あと、オペラでは、観客が「大きい気分」みたいなものに乗るっていう快感もあるんですかね?皆で一つのエモーションに乗っかる気持ち良さみたいなのあるじゃないですか、そういう…。あの大ホールでの音響というのか、音がバーッ!とこっちにきて、言葉なんか介さず直接的に揺さぶられちゃう感じとかが、普段小劇場とかやっていると無い感覚で。「大きい気分」に持っていかれるという…

上田:怖かったですか?

市原:え?

上田:ちょっと一つの気分に持っていかれちゃって怖いなーみたいな。

市原:いや、私はそういうの好きです。音楽の持っていっちゃう感じ、こちらが持っていかれちゃう感じ…そういう音楽のパワーを意識的に自分の作品でも使っているので。今回、ずっと持っていかれっぱなしの感じで、歌の暴力をずっと浴びてる感じ…あ、「歌の暴力」っていう表現は別の場面で誰かが言っているのを聞いたんですけど。こちらがそういう気持ちじゃなくても、歌は、歌の持っている雰囲気に聴く人を持っていっちゃうから。その、持ってかれる感じが気持ちよかったです。

上田:市原さんの『バッコスの信女』っていう作品には衝撃を受けましたけど、あれも最後にコロスの歌で力技で持ってくみたいな感じでしたよね。言葉だけでやっていたのでは至れない境地に行けますよね、音楽で。

市原:それは今回すごく感じました。言葉ではなく音楽によってこの話にある崇高なものを感じてしまう!みたいな。

上田:(笑)崇高なものを感じるって、市原さんのイメージからすると意外…だって斜に構えてその後ろにあるグロテスクさとか感じ取ってそう!

市原:いや(笑)。『道化師』に、教会に行こうという歌が、阪神の応援に行こう、って変換されている場面ありましたよね。その歌を歌いながら皆が野球の応援をしているところが、なんか崇高な感じがしてしまったんですよ!すごい、と思って!宗教にプロ野球を重ねてることに最初は「えっ?」って思うんだけど、見てるとなんか「はぁ〜いいなぁ」と思わされてしまって。なんか崇高さに触れた感じがしました。今回のオペラのPVがあるとしたらあの野球の場面ですね、あそこがグッとくる。

『道化師』より ©2/FaithCompany

上田:また音楽の起源の話ですけど(笑)、もう一つの説として、人間がまだ弱いサルとして隠れる場所もないサバンナの草原で暮らしていた時代に、ライオンなどを威嚇して追い払うために、集団で密集して同じリズムで足を踏み鳴らし、体を叩いて、声を一つに合わせて大きな音を出していたらしいんですよ。そうすることで、バラバラの小さいサルたちのはずが、ライオンからは一匹の大きい生命体みたいに見えて逃げていく、これが歌の起源という説。しかもそうやって声を合わせたりリズムで同調すること自体に、人間は快感を感じるようで、声を合わせて合唱するというのが一つの強固な集団をつくるためのツールになり、皆で宗教歌を声を合わせて歌うことで信仰心を高めるようになったり。今回、野球以外にも、ミサの合唱をだんじり祭りに置き換えたりしてて、どちらもカトリックの信仰を思って歌う歌詞ですが、信仰も、阪神の応援も地域の祭りも、一つのものを大勢で一緒に眼差して、互いにあなたもそうだよねということを確認して、自分が拡張して個を超えた大きなものの一部になれるという点で、根源は通じていると思うんです。たぶん聴いている側も、歌わずともそこに一体化する感覚があって、それが市原さんが言われる持っていかれる感じなのかもしれませんけど。

市原:私が『バッコスの信女』でコーラスの方と仕事した時、コーラスはオーディションで選んだんですが、必ずしも私の作品が好きで来たというより歌いたいから来たっていう方もいて。そういう方にとって、私のセリフを渡されたときに「やっぱり参加をやめます…」ってなったらどうしようって思ってたんですけど…

上田:市原さんのテキスト、刺激強いですもんね。

市原:と思いきや、歌があれば、そういう問題は起きなくて。歌があることによってテキストも受け入れられるんだなって…。その時に気がつきました。

上田:そう…やっぱりそうですよね?!私もそれは感じます!逆にちょっと怖い部分もありますよね?宝塚にいた時に、海外の方からファンレターをもらったんですが、そこに、作品に感動した、ってあったんですけど、「一方で私はミュージカルというものをとても警戒しています」って書いてあったんです。「音楽というものは人を一つにもできる強い力を持っている一方、危険なプロパガンダにも利用されることがあります」って。「あたかもそうであるように信じさせることができる力を音楽は秘めている」って。音楽と歌って、当たり前のように周りにあるけれど、非常に強くて特別なものなんだなと、その時とても不思議なものに感じたのを思い出しました。取扱注意なほど、暴力的な引力がある。ああ、今日はいつもと違う角度からオペラの話ができた気がします。

市原:えー!もっといいこと言いたかった!(笑)

上田:(笑)いやいや、市原さんと話せて、ストーリーの中における音楽、歌ってなんなんだろう、っていうことを考えさせられました。しかも市原さんが、音楽をどういう感覚で創作に使っておられるか伺えて、個人的にすごく参考になりました!


公演情報

愛知公演【3月3日/3月5日】

東京公演は全公演終了いたしました。ご来場ありがとうございました。