映画「君たちはどう生きるか」の感想

宮崎駿監督の最新アニメーション映画「君たちはどう生きるか」を観てきました。

戦争で母を亡くした少年の心の葛藤を描いたお話。
以下ネタバレ注意です。

エンドロールが終わり、照明がついて明るくなった劇場内、若い男性の「全然意味がわからなかった!」という声が響き渡りました。どんな感想を抱こうと本人の自由です。でも確かにその気持ちもわかる。今までのジブリ映画とはあまりにもちがうから。「明るくて楽しくて癒されて感動して面白い」映画を期待して観るとびっくりすると思います。

この映画は観ただけでは完結しないのだと思います。観客一人ひとりが考え、体験しなくてはいけない。巻末に回答が載っている問題集のように、簡単に答えは見つからない。少年の取り巻く世界を描き、切っ先を突き付けられる。「それで、じゃあ、君たちはどう生きる?」って。

じゃあ私はどんな感想だったのかというと、みおわった私の心は「シン……」と静まって、一言でいうなら「ニュートラル」な状態。感情の揺らぎがなかった。怒りも悲しみも、好きも嫌いも何もない。ああ、これは当たり前のことだな、と腑に落ちる感覚。

映画のことはよくわからないけれど、商業ベースの作品は、どうもスリル満点の死ぬことへの恐怖心、生きることへの執着、そういった人間の本能を煽る傾向があると思う。感情を掻き立て刺激されることが快感となり、それがイコール面白い映画、になっているのかなと思う。例えばわかりやすい勧善懲悪のストーリー、主人公が困難に打ち勝つ、危機一髪で命が助かる、大どんでん返しで儲かる、主人公の敵はとことん罰される、そして人生には価値があると思い込ませる……。この映画はそういったものを極力そぎ落とした映画だと感じました。特に「人間って素晴らしい!人生って素晴らしい!自然って素晴らしい!」というわかりやすい人生賛歌はゼロです。それはない。なぜなら人生は空しく苦しいものだから。

「人生とは苦である」とはお釈迦様の言葉。「生老病死」「愛別離苦」は避けて通れない。この作品の中にはそれが身近なこととしてきちんと描かれています。冒頭から実母の死があり、老婆たちがコミカルに可愛らしく描かれている。少年にとって世界は思い通りにいかないことばかり。自己愛の強い父親、実母の妹が継母になるということ、そこに宿る新しい命、そして排他的な田舎の同級生たち。母を失った少年にとって、叔母にあたる人が新しい義母となることはかなり複雑だと思います。実母が亡くなって一年で別の女性を愛する父を裏切者と感じてもおかしくない。潔癖な思春期の子どもにはきついでしょう。しかも敢えてなのか、この継母は口紅を塗り、母である前に女性であることを前面に出してくる。少年はそんな彼女を母とは肯定できず、「父の好きな人」と表現するシーンは印象的でした。憎くはない、でも受け入れられない。しかし拒絶は怒りなのです。無理解、無関心は怒りと差別の始まり。東京から引っ越してきた主人公を排除しようとする田舎の同級生と同じなのです。相手を理解するように努め、受け入れる。そして同じ世界を生きる仲間として協力し合うことが大事。「石の世界」から「上の世界」へ戻ることを決めた主人公が「友だちを作る」と言ったのはそういうことかなと感じました。

「石の世界」の中、インコの王国が出てきます。その大王は王国の秩序を守ることを優先します。主人公が継母を助けようと産屋に入った行動はインコたちから見ると大問題でした。インコたちが主人公を排除しようとするのも当然です、秩序を乱す犯罪者ですから。インコたちは主人公を捕らえて食べようとします。でも主人公の側から見ればそれは敵対行為なのです。立場や時代や国や文化が違えば、「正義」は簡単に移ろいます。戦争は「正義」と「正義」のぶつかり合いです。どちらも自分が正しいと信じているのですから。法律や道徳、世間の一般論に流されて、観念で他の生命を傷つける行為は果たして「善」なのか?自分の中に基準を持つことが必要なのだと少年は気づき、自ら自分の頭を石で傷つけたことを懺悔します。「これは自分の悪意だった」と。

理性を持つ私たち人間は考えなくてはいけない。
動物は背を向けて逃げる敵は追わないけれど、感情に振り回される私たち人間は怒りの衝動に任せ、逃げる敵を追いかけて背中に刃を突き立てることすらするのです。理性を失った人間は本能で生きている動物よりも、よほど恐ろしい。本能で子育てをする動物。虐待をする人間の親。私たちは理性のある人間にならなければいけない。

世界は美しくない。常に勝ち負けがあり、弱者は強者の犠牲となる。足の引っ張り合いがあり、膨張した自我はより快適により楽に生きようと欲深くなる。
過不足なくそんな少年の取り巻く世界が描かれている。
その上で問われる。
「君たちはどう生きるか」

私は真善美に生きたいと思う。
どんなことがあっても、冷静に客観的に真実を見極め、自分の中の倫理に基づき「善」となる行動をとりたい。理性を持つ人間として恥ずかしくないよう、おのれを律し、感情に振り回されず、すべての生命に慈悲の心が持てるよう努めたい。弱者に優しい自分でありたい。苦しんでいる人に親切にしたい。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?