「逃げろっつったってなぁ」
山の苗木畑で働いている。
この街では、お昼と終業の17時に『赤とんぼ』が流れる。こないだまでは
「投票日に用事があるかたは期日前投票を……」
なんて呼びかけられていた。
のどかだ。
それが今朝、仕事が始まってすぐに
「みょ~↑~↑~↑~↑」
って音程が少しずつあがる、あの不気味な警報音がかすかに聞こえてきた。防災無線の本領発揮だ。
そのあと何かをしゃべっているのだが、トラクターがガショガショうるさくて聞き取れない。
経営陣がスマホを見て
「避難しろって。どうする?」
なんて話し合ってる。責任あるからね。
わたしたちパートのおばちゃん、おじちゃんたちは一向に動じない。しゃがんで長靴に小さな苗木をぶつけて、根っこの土を落としているところだ。
「逃げろっつったってなぁ」
広い畑の真ん中だ。ほかにはなんにもない。頑丈な建物なんて、あるはずもない。
スマホどころか時計も身につけてない。自然の中にどっぷり浸かっていると、人間のすることなんて、ちっぽけなことのように思えてくる。
尊厳ってなんだろう。
「ほかにする事ないんだろうかね」
ここで働くおばちゃんのほうが、よっぽど威厳がある。
ミサイルが飛んでくる方角の山々は、黄砂で霞んでいる。
トラクターが止まると、遠くの森からいつものようにキツツキの音が聞こえてきた。
追記
ポルノグラフィティの晴一さんがこの曲の歌詞を書いた日の翌日29日に、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した。なのでタイトルが『170828-29』。晴一さんには予知能力があるんだと思う。歌入れの当日だったので、実際にJアラートが鳴って不安な気持ちがより強まる状況になったからと、あえてリアルとは距離を置いた内容に書き換えたそうだ。
この曲から6年。北海道の上空を初めて弾道ミサイルが飛んだあの日の不安から、何も変わっていない。
日常生活でも人を攻撃するのではなく、いつも心にピースサインを掲げているような人間でありたいと思う。
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