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遺書


おはよう、君はお元気ですか。

 今からするお話のほとんどは創作で、だから私とは何も関係が無いから、存在しない女の子の話だと思って聞いてね。


まず、これは遺書です。
わたくしという少女は数年前から病室で岩波を読んだり、最果タヒの詩集の本なんかをを読み続けていたけれど彼女の病状が良くならず、彼女は少女としては死んでしまった。私は死ぬ前に少女として形を残したかったからきっとこの文章を書いたの。きっとね。


私は雪の降る街の生まれだったのね。あの街はなにもかもが灰色と白で構成されていて、美しいけれども、どこか死んでいるようだったの。

私はその街の、何も無い田舎特有の、気持ち悪い、仲の良いフリをした教室がどこまでも続くような閉塞感が嫌で、だから東京へ跳び出した。


けれども、東京は小さなあの街の集合体で、あの気持ち悪いお遊戯会の続きは私も行く場所どこまでも追いかけてきたのね。煙草を吸うようになって、知らない男の人と、知らない大人の人とお酒を飲むようになって、

 けれども私のしていることは、あの中学校2年生の学習発表会の後のクラスでの打ち上げ端っこで笑っているまま。あの感覚はいつまでも抜けなかった。

私の故郷の街は、それでも灰色と白色で、その気持ち悪さをかき消してくれていたの。そのことに私は自分をたくさん傷つけて傷つけて、その後で気づいた。どれだけ人を傷つけた人間でも、結婚する時には白無垢やウエディングドレスを着るでしょう。それと同じ。

 私の住んでいた街は、その空虚なモノトーンで、私の少女も守っていてくれたけど、東京は私の少女を守ってはくれなかった。

ネオンライトと植え込みのネズミたちに囲まれてようやく故郷のことを私は好きになれた。

 

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 初めて男の人とセックスをした日のこと。私は初めて好きになった男の子のことを思い出していた。君ではない男の人の背中に必死でしがみつきながら。きっと本心ではない「かわいいね」をCカップの胸で受け止めながら。

 君が観覧車のなかで手を繋いでくれた日のこと。2人で海を見た日のこと。あのときの海の音。


あなたがのとき、私のことを好きになってくれたら、また私の人生も違っていたのかもしれませんね。それか、あなたがあの時私の事を嫌いになってくれていたら、私の人生は違っていたのかもしれません。

どちらにせよ、夢物語で今の私にはどうすることもできませんが。

ひとり暮らしを始めた6畳のワンルームの中でカップラーメンを食べながら、精神安定剤を飲んで副作用で嘔吐をしながら、ふらふらとこのようなことを考えていた。

ツイッターがXに変わって不具合が頻繁に起きるようになって、好きだったアーティストが死んで、好きだったアイドルは結婚した。 

 そうして、私はどんどん終わりへと近づいていった。

 私はわたしとして生活をしながらもう一人の、少女の私は病室にいて横にあるモニターで、バイタルを確認しながら、自分が少女として死ねる日をずっと待ち望んでいたんだと思う。

でもそれはきっと今日だったのかもしれないなと思ったとき、私のバイタルは急激に悪化した。 

 けたたましい電子音が鳴り響く。
 
(精神の死は、少女としての死は、肉体の死と違って部屋の中で祈りを捧げることで、私とは全くかけ離れた場所で行うことができます。)



お医者さんは私の家族を呼びました。14歳の時に自分の腕と一緒に切りつけたぬいぐるみ達が白いベッドの横で、私のことをじっと見つめています。少女としての私の家族はきっとこの子達だけだったんだと思います。それから写真が3葉。なんの写真かは内緒です。

少女としての私はその時やりたかったことを恥ずかしげなくやれると思いました。

死ぬことが分かっている女の子は無敵だから。

私は、そばにいるぬいぐるみ達を抱きしめて3葉の写真に一つずつそっとキスをしました。私の顔色悪く、唇は真っ白だったけれども、写真にはベビーピンクのリップマークがついていました。私はそれを見て、私が少女だったことを忘れられたくない。と思い、ました。
 
けれども時間が足りなくて、私はそのまま死んでしまったの。



きっとこの文章は私の残した想いが、その唇の温度が変わって残ったものなのね。私の知らないところで起きた少女としての私の死。

この遺書を見つけたら、たまにでいいから17歳だった私のことを思い出して欲しいな。

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