九州がんセンターからのサンドウィッチマンの『病院ラジオ』
サンドウィッチマンが全国各地の病院で出張ラジオ局を開設して繰り広げられるNHKの番組『病院ラジオ』。
今朝は福岡市にあるがん専門病院「九州がんセンター」にて。
この番組、初回を見てから大好きになって、ずっと視聴していますが、自分ががんになってから初めて見る回が、なんと、がん専門病院からとはと、朝もはよから興味津々で見始めました。
それで今日、見ていて思ったこと。
以前の私は、この番組を見る時、父と母の、それぞれが長かった人生最期の入院期間に抱いた感情が引き出され、家族の立場で、つらく苦しい気持ちを共有できることが何よりの嬉しさというか、かつては、そういう視点で見ていたのだなとわかりました。
今回出演した患者さんたちは、全員が、がんになった人。
同じくがんになった私には、どんな共感があるかなぁと。
もう共感ばかりなんだけど、泣けるとか、切ないとか、辛いとか、そういう心情からの共感ではないんですよね。
「そー、それそれれ、あははー」「そうだよね、うんうん、ヘヘッ」という感じの、同じ病気仲間と語って、理解し合えて、同病者ならではの時間を過ごしているような、そんな気分になったのです。
なんだろう、この思っていたのと違う感情の出方は、と。
父が人生最期の時を病院で過ごしてしていた1年2カ月。
幼い頃に母親がいなくなり、自分は「母なき子」として悲観的な感情を訴えることが多かった父。
そんな父に対して、私は、お母さんがいなかったことなんて忘れてしまうくらい、「私がお父さんのお母さんになるからね!」という気持ちで、毎日面会に行き続ける決意をして、そしてそうしました。
それは、長い時は5時間とか6時間とか、父とポツポツとゆっくり語ったり、すやすや眠っては目を覚ますを繰り返す父のそばで、本を読んだり、テレビを見たり、ラジオを聞いたり、看護師さんと語ったりして過ごした日々。
『病院ラジオ』には、患者さんの家族も出てきますが、案外ケロッとしている本人に反して、家族のほうが心配や不安ばかりで、心がいっぱいいっぱいになってしまうんだよな、という当時の感覚を思い出しました。
それで、自分もがん患者になった今。
これがまた、ビシッと、しっかりとしていて、告知から入院・手術を経て、これからの再発予防(体に残っているかもしれない見えないがんの退治)治療のほうが苦しいことが多いことを覚悟して、「よし、やってやる!」という気持ちになっているんですよね。
不思議。
番組に出てきた患者さんの一人が、「病気になった自分にどんなったことが起きて、どう良くなっていくのか、それを楽しもうと思って」という話をしていましたが、そうそうそうー、と。
29歳の時に献血の場で白血球が異常数値だからすぐ病院に行ってと紹介状を渡されて、検査して悪性リンパ腫と告知されたというお兄さんが、サンドウィッチマンから、「病気を経験して何か変わったことってありますか?」と聞かれて話してくれたこと。
「人に優しくできるようになったことですね」
それ、なんかもう、大大大共感。
両親が旅立ち、見送ってから、人に優しく親切に、という感情に満ちあふれてしまうことが増えましたが、忘れてしまう時もあります。
それが、自分が病人の当事者になったら、しかも、死ぬかもしれないとされる病気の人になったら、もう、「人に親切に、優しく、許せる人に私はなるっ!」っていう気持ちが高じて、揺るがないものになりました。
ほんとかな?笑
優しく親切でない、許さない私がどこかに潜んでいるかもしれないけど。
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