【2019/08/07】ノンストップ・ライティング5(フィクション/六井今日子)

私の知っている素晴らしいこと。ひとつに、学校の広い図書館。ひとつに、夏の木陰でのむつめたい飲み物。ひとつに、柔らかに撫でるまだら模様の猫のあたま。ひとつに、琥珀色に輝く人工の宝石のネックレス。ひとつに、あの日電車の窓から見えたくっきりとしたひこうき雲。ひとつに、店の前を偶然通りかかって買ったもちもちの白いパン。それから、それから、子供の頃挨拶をしていた近所にすむ老犬に、明日初めて行く大きなアウトレットモールに、一週間前にあたらしく出たチョコレート菓子。

私が二度と見たくないもの。遮断機の降りる踏切に迷わず歩いていった小さな猫に、初恋のひとに気持ち悪いと言われたあの日の教室、真っ赤な夕焼けの日に私をつけてきた不気味なおじさん、のどに刺さって3日も取れなかった魚の骨、上司に怒鳴られた会議室、サイズの合わなかった新しい靴、両親に失望された赤点の答案用紙、苦手な虫を触ってしまった手の感触、タイムカードを忘れてしまった日の店長の機嫌の悪いバイト先、それから、それから、手の甲を燃やした火、かぶれさせた花、嫌な噂を流したかつての友達の悪い顔、山盛りのパクチー。


全部私の人生に影響を与えたもの。好きな物、嫌いな物、思い出すといたいもの、あたたかいもの。今なんで笑えてるのか分からないけど、そんなに悲観することもないかと思う、いつもの夜、布団の中。
好きなものばかりになればいい。呪いみたいなことなくなればいい。明日からなんでも美味しく食べられて、人類は幸せで、もちろん私も幸せで、思い出して好きだと思うものだけに出会いたい。明日からずっと平和のままがいい。

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