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記事一覧

SS 井戸の鬼【#子どもの日】 #シロクマ文芸部

 子どもの日が来た。村の大人達は数日前から準備をはじめている。僕は親戚の縁側で足をぶらぶらさせる。畳で横になる従姉は、だるそうだ。 「端午節って何?」 「鬼に憑かれない支度……」  親戚の家にGWにおとずれるのは初めてで父親は親戚たちといそがしそうだ。  従姉は十六歳で県内の高校に通っている。 「小さな子は、鬼になるからね……」 「……迷信だよね」 「前に端午節を、さぼった子がいた」 「それで」 「鬼になった」 「嘘だ」 「なったよ、だから井戸に落としたんだ」 「……

SS 夢 【#春の夢】 #シロクマ文芸部

 春の夢を見たと彼女はつぶやく…… 「――春の夢なんですよ、桜が咲いていてとてもきれい」 「良かったですね」  胸元は鎖骨が浮きでて痛々しい。 「私も桜を見たい」 「もう葉桜ですからね」  布団から体を起こしているのもつらそうに見える。しばらく話して別れの挨拶をそこそこに部屋を出た。部屋の外で待っている母親がつぶやく。 「来年までは、もちません」 「……そうですか」 「婚約を解消しましょう」 「わかりました」  婿入りの予定だった、次男の自分にはもったいないくらい

本当の人生【#風車】 #シロクマ文芸部

 風車が回る、子供が手にもってくるくると回しながら道を走っている。 (俺もあんな風に遊んだ……)  公園のベンチでぼんやりと座る男は、家を追い出されたばかりで途方にくれていた。 (仕事もない……家賃も払えない……)  子供の頃を思いだす、なんにでもなれた。パイロットにも野球選手にも、スーパーヒーローにもなれると思っていた。 (無駄な人生……、もっと真面目に仕事すれば……)  ふと気がつくと、小学生くらいの少女が風車を持って立っている。 「人生をやりなおしたい?」

SS 小さなお店【朧月】 #シロクマ文芸部

 朧月のせいか夜の帰り道が暗く感じる。職場の仕事に嫌気を感じているが転職も難しい。 「こんなところあったかな……」    いつもの商店街を通ると、横の細道にネオンが見える。昔はバーがあった場所だ。かすむような、にじむようなネオンにつられて入ってみた。 「いらっしゃい」  やたらと背の高いドレスの女性が壁に背をつけて立っている。腕が太い。男だ。愛想笑いで足早に逃げた。 「なんだ……ここ」  酔客がやたらにいる。フラフラと肩を組んで歩くサラリーマンやきらびやかなドレスを

卒業

シロクマ文庫の読み上げテスト

SS 明日がある 【卒業の】 #シロクマ文芸部

 卒業の時が来る。あたたかく甘いほうじ茶を口にふくみ、こたつで足を伸ばす。 「清美、学校に行く時間よ」 「もうちょっと」 「本当に遅れるから」  母が眉をひそめる、ぐずぐずとなんでも先のばしにする娘に手を焼いていると思う。自分でもなんで、こんなに腰が重いのかわからない。 (だって今の状態が好きなんだもの)  猫がこたつから顔をだす。茶トラの頭をなでながら至福の時を満喫する。 「ミー子は、学校いかなくていいよね」 「いい加減にしなさい!」  ぐいっと腕を引っ張られる

SS 女工の告白 【チョコレート】 #シロクマ文芸部

「チョコレートの大釜にお嬢さんが落ちたんです。助けようとしましたよ、でも間に合わなかった」  刑事がメモを取りながら病室の女工の話を聞いている。 xxx  私の名前はチヨです、カタカナでチヨです。十四からチョコレート工場で働いています。もう十年くらいです。  仕事ですか? 釜の温度の測定です。大釜は平屋くらいの高さがありますから、らせんの階段で昇って、てっぺんにある温度計を見るんです。たまに変な温度の時は、小さなレンチで叩くと戻ります。それで戻らない時は、ボイラーの人

SS 勘違いのチョコ 【チョコレート】 #シロクマ文芸部

 チョコレートを、渡し間違えた。 「ありがとう、乃愛さん」 「……うん、いいのよぉ~」  やさしげな眼は、喜びで笑っている。吉岡昭博は、私の本命チョコをすぐにカバンにしまった。 (……それは、遥斗に渡すつもりで……)  遥斗が私の席に近づくと、私は、いそいでチョコを出して、眼をつむって差し出す。たまたまそこは吉岡昭博の席だった。  タイミングが遅すぎた、眼を開くと遥斗は、素通りして自分の席に座っている。 (なんて……ドジな……)  背が私より低い吉岡昭博は、雰囲

SS 帰還 【青写真】 #シロクマ文芸部

 青写真が、机に置かれている。 「間取り図ですか」 「かなり古いね」  図面に描かれた線は、輪郭もわからないくらいに古くかすれている。半世紀前の図面から、奇妙な隠し部屋があるとわかる。 「きっとおじいさんの遺産があるんですよ」 「隠し部屋か、ロマンだね」  親戚は興奮で騒いでいるが、弁護士の私は懐疑的だ。 (わざわざ隠す理由がない……)  遺産があるなら私に真っ先に知らされている筈だ。資産家の故人の男性は、何かの特許で財をなした。あり余るほど金はある。 「さっそ

SS 窓を叩く音 【布団から】 #シロクマ文芸部

 布団から猫の手が出る。横向きで寝てると指でさわれる。しばらくさわっていると、すっと引っ込める。 「猫を飼ってたの?」 「いないよ」  飼い猫ではなくて近所の猫だ。二階の窓を開けていると入ってくる。 「窓を開けて寝てるの?」 「開けないと叩くのよ」  夜に鍵をかけない、布団で寝てると静かに布団に入ってくる。  今日は親友と二人でお泊まりだ、二人で一杯しゃべって、とても楽しい。夜遅くなり窓の鍵をあけた。親友の不審げな雰囲気で、また鍵を閉めた。  二人で布団に入って、

SS 恋人【振り返る】 #シロクマ文芸部

 振り返ると桜都が笑っていた。僕は手をあげて桜都と一緒に歩き出す。 「おはよう」 「怜、おはよう」  中学生の僕たちは、たまに一緒に歩く。友達と歩く場合も多いが、二人で歩くときもある。 「怜、恋人はいるの」 「いないよ、いるわけないよ」  桜都のやさしげなクリクリした目と細い顔を見ていると古い本の挿絵のヒロインに似ている。痩せた体は弱く見えるから、余計に保護欲を感じる。 「恋人にならない?」 「別にかまわないよ」  桜都から告白された時に感じたうずくような快感と麻

硝子の風鈴 【書き初め20字小説】

縁側で姉の硝子風鈴が鳴る。命日が近づく。 来週に無料にします。レギュレーションのために有料化です。  夏の風鈴は僕も好きだ。 「義男、風鈴どこにあるの」  夏だと言うのに、布団で寝てる姉の白い顔は死期が近い事は判る。  かすれた声で風鈴の事ばかり気にしていた。 「去年、僕が落としてこわした」 「……そうだったわね」 「買ってくるよ」 「うん……」  ねえさんは風鈴の小さな音が好きだ。どんなに暑くても涼しくなると笑う。硝子屋に行くといつものおばあさんが座っている。

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