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SS 暗い水槽 #爪毛の挑戦状

実験室の水槽は暗い。深海魚のために圧力をかけてある。ほとんど動かない甲殻類や魚が居る。深海魚は発光する場合がある。理由は判らない。エサを捕るためとかコミュニケーション説や光る事で一時的にめくらましみたいな話もある。

「ねえ不思議よね、暗い水槽を見ていると心が和む」
同じ実験室の同僚が変な事を言う。俺は気にしてない。研究者なんてそんなもんだ。奇怪な生き物に興奮する。どんな生態なのか必死で調べる。それが生きがいだ。

「ほどほどにしとけよ、論文を書くんだろ?」
彼女はいつまでも水槽に張り付いていた。

「深海探査艇に乗れる事になったわ」
喜んでいる彼女を俺は心配になる。最近は無人で運用する場合が多い。有人はリスクに感じた。そして老朽化していた有人潜水艇に事故が起きた。船内の操縦席が破壊された。深海探査艇は自動浮上をしたが、死体すら無い。深海の外に吐き出されていた。

「経年劣化ですか」
調査員はそう結論づけた。操縦席だけが破壊されていたが、深海で捕らえた魚たちは無傷なのが皮肉に思える。

俺は船内に残っていたユメナマコを水槽に入れる。暗くゆらゆらと漂う。浮遊性のなまこは水中を漂いながら光る。俺も暗い水槽を見る。同僚の名前を呼んでみた。

ユメナマコが返事をするように光る。

終わり


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